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「ひとりの研究者がビジネスの最前線に飛び出して得たもの」 IHI 水谷 拳さん-前編-

これまでとは、まったく違う分野の仕事をしてみたい――。ふとそう思った経験は、誰しもあるものでしょう。総合重工業メーカー・株式会社IHIに勤める水谷 拳(みずたに・けん)さんは、入社5年目。大学で「燃焼」に関する研究を進め、その知識を活かして熱流体研究部に所属。ガスタービンや火力発電設備の開発に携わってきました。IHIに入ってからの3年間は、実験と向き合う日々が続いたのです。

ある時、自らの将来に疑問を抱いた水谷さんは、新たな道を模索し始めます。その先に見つけたものが、「レンタル移籍」でした。2019年4月から2020年3月にかけて移籍した企業は、製造業に特化したクラウドサービス「アペルザクラウド」、エンジニア向けポータルサイト「アペルザカタログ」などを提供している株式会社アペルザ。“製造業”という共通点はあるものの、業務内容はまったく異なる企業でした。

研究者として1つの事象を探究してきた水谷さんが、ビジネスの場に飛び出して感じたこととは? 1年間の移籍の先に見えてきたものは、“お客様の成功のため”という意識だったようです。

研究職とまったく違う分野に飛び出すことは不安だった

――水谷さんは、どのようなきっかけでレンタル移籍を知ったのですか?

 私が所属していた熱流体研究部の当時の部長が、「来年からオープンイノベーションやベンチャーとの関わりを主目的とした部署を新設して、新しい研究開発の仕組みづくりを進めようと思う」と話していたんです。その内容に強く魅かれて、部長に「その部署に入れてもらえませんか?」と打診した時に、「いくつかのベンチャーとコンタクトを取る中で、レンタル移籍という制度があるって聞いて、自社でも導入しようと思っているんだけど行ってみたらどうだ?」って教えていただいたんです。

――上司からの提案だったんですね。そもそも異動を考えていたんですか?

 当時、入社3年目に入り、自分の能力をこのまま「燃焼」だけに向けていいのかな、って強く感じていました。社会の流れを見ても、自分には他に進むべき道があるのではと考えていた時に、部長の話を聞いたんです。

 いいタイミングで聞けたので、その話に乗ってみようと思って、「ぜひレンタル移籍に行きたいです」って、私からお願いしました。

――社内での異動とレンタル移籍はまったく別物ですが、不安や迷いはなかったですか?

 当然ながら、不安はありました。ずっと研究者として生きてきて、社内の人との関わりもほとんどなかったので、会社がどう動いているのか全然知らなかったんです。だから、急に研究以外の世界に行ってやっていけるんだろうか、って不安でしたね。

 一方で、行ってみたらどうにかなるんじゃないか、って思いもありました。新しいことに挑戦したい気持ちも強かったので、とりあえず行ってから考えようって。

――思い切った感じですね。同僚の方の反応はいかがでしたか?

 部長はすごく親身になってくれて、人事部に確認を取ったり契約書を作ったり、奔走してくれました。自分のためにここまでやってくれるのか、って感動しましたね。別の部署の同期に「来年から別の会社に行くんだ」と報告した時は、「面白そうなことやってるね」とか「なんで、そんなキツそうなことするの?」って言われましたけど、基本は応援してくれている感じでした。


「トップの言葉への共感」が移籍先を決めた理由

――移籍先を決める際の条件などはありましたか?

 大きく2つありました。1つはスタートアップであること。大企業ではあまりやらないようなことを試して、ダメだったら変えて挑戦するトライアル&エラーのプロセスを体験したかったんです。もう1つは、AI関連のスキルやデータ分析を学べること。この2つに焦点を当てて、絞っていきました。

――その結果、アペルザに決まったんですね。

 実は、もともとは別の2社の面接を受けていたんです。ただ、どちらも私のスキルと求める人材がマッチせず、移籍は実現しませんでした。その時に、ローンディールの方から紹介していただいた企業がアペルザだったんです。

 最初は、製造業関係なら自分の知識も活かせるかな、くらいの気持ちでした。でも、社長の石原誠さんと話した時に、“製造業が抱える課題を解決する”という大きなビジョンを掲げたベンチャーだと知ったんです。それまで製造業に携わる1人として私も課題に感じていたことを、身を削って解決しようとしている人がいることに感銘を受けて、「ここに入りたいです」って伝えました。

――条件にもマッチしていましたか?

 製造業の課題をITの力で解決するベンチャーというところで、条件にも合っていましたが、それ以上に石原さんのビジョンに共感したことが大きかったですね。これは移籍してから気づいたことですが、ベンチャーで活躍するには、トップの考えにいかに共感できるかが重要ですよね。

――規模感が小さく、トップともダイレクトにやり取りできるからこそ、より重要になりますよね。いざ、大企業からベンチャーに移籍して、いかがでしたか?

 石原さんとの面接の後、当時のCTOとエンジニアのリーダーとも面接をしたんですが、想像以上にフレンドリーに接してくれました。入社後もオン・ボーディングとして、社内のルールや社員同士のコミュニケーションの取り方を教えてもらったんですけど、マンツーマンで半日くらい説明してくれたんです。歓迎してもらえているんだな、ってあたたかさを感じました。

――水谷さんが移籍した時、アペルザはどのくらいの規模でした?

 当時、社員が50人くらいだったと思います。その中の数名はフルリモートで、大阪に拠点を置く人もいました。海外からもエンジニアを呼んでいて、それぞれの働き方が尊重されていて、面白いなって感じましたね。


些細な情報でも「全社」に伝達することの重要性

――まったく新しい環境で、まず任された業務はどのようなものでした?

 最初は、プロダクト部というエンジニアチームに配属されたんです。お客様がウェブ上で行ったダウンロードなどの活動履歴を分析して、ロイヤリティの高いユーザーの特徴を見つけ出すという課題をいただきました。データ分析やAIの活用という分野だったので、自分の興味にも合致していましたね。

――興味のある分野とはいえ、いままでと違う業務に戸惑いはなかったですか?

 移籍直前の1ヶ月間、当時の所属部門と機械学習の分野を研究している部門との業務に参加させていただき、基礎的なデータの取り扱いなどを教えてもらったので、アペルザでも思ったよりすんなりと内容を理解することはできたと思います。

 ただ、実際に働き始めると、全然違いました(苦笑)。うまく仮説を立てられないし、必死に仮説を立てて検証してみてもうまくいかない。そういうことが続いて、当初は精神的にやられたことを覚えています。

――うまくいかなかった時、どのように乗り越えたのでしょう?

 まずは、ひたすら調べまくりました。ネットでもなんでも使って、この方法でもない、あの方法でもないって。それでもうまくいかない時に、CTOやリーダー、同僚の方々に「うまくいかないんですけど、どうしたらいいですか?」って聞いて、いろんな意見をいただきながら、進めていった感じでした。

――同僚の皆さんとのコミュニケーションは、スムーズに取れたんですね。

 いや、正直に言うと、ちょっと難しかったです。というのも、移籍直前に若干かじったとはいえ、データ分析はまったく経験のない分野だったので、質問しても「それってどういうこと?」って返されてしまうことが多かったんです。質問の意図を理解してもらえない感じですね。

 その原因は、私がしっかり理解していなかったことにあると思います。自分が何をしたいのかがあいまいなまま、周りに質問を投げていたから、相手もどうアドバイスしたらいいかわからなかったんだと思います。迷惑をかけてしまいました。

――質問の仕方などは、改善していけました?

 自分なりにいろいろ考えるんだけど、このまま質問しても返してもらえないだろうって不安になって、考え込んでしまうことがありました。6月くらいまでは、その繰り返しだったかもしれません。ただ、その中でも、社内全体に共有したデータなどを見た事業部や営業部の方から「これ面白いね」「こういうこともわかる?」ってフィードバックをもらえることもあって、モチベーションを保てましたね。

――別の部署からのフィードバックがダイレクトに届くって、大企業ではなかなか経験できないことですよね。

 そうですね。IHIでは営業部の人とまったく会ったことがなかったし、事業部で知ってる人も開発部隊の技術者だけだったんです。その点、アペルザでは営業さんが隣に座っていたし、オフィスにいるだけで会社を構成するさまざまな人に会えて、すごく新鮮でした。こういうデータを出したらこの部署の人に役立つかもしれない、って想像できるようになりました。

――社員が少ないからこその利点にも、たくさん気づけそうですよね。

 アペルザの会社としての在り方でもっとも感銘を受けたのは、トップの意識が共有されているところです。全社でのウィークリーミーティングとマンスリーミーティングに必ず石原さんも出てきて、石原さん自ら「現在の経営状態はこうなってます」とか「この部門にもっと力を入れていきたい、なぜなら……」って話すんです。

 IHIのように大きな組織だと、1つのプロジェクトが立ち上がった経緯やトップの心情といった情報は削ぎ落されて、社員には簡潔に伝わってくるんですよね。だから、なぜそのプロジェクトが必要なのか、推測するしかない場合もありました。もし、社員が悪い方向に推測したら、モチベーションも上がりにくい。私自身も、何のためにこの研究をしてるんだろう? って疑問を抱いたことがあったので、石原さんのように細かなことも包み隠さずに社員に伝えることは、とても大事なことだと感じました。

 IHIに戻ってきた今は、情報を包み隠さずに伝えていくことの大切さを、社内でも広めていきたいなって思っています。コミュニケーションの場を、もっと作っていけたらいいですね。

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キャプション:アペルザのメンバーとの1枚。3周年イベントにて。最前列右から2人目が水谷さん


経験のない世界に飛び込み、新しい挑戦の難しさを痛感したという水谷さん。しかし、移籍して4カ月目となる7月以降に、環境が大きく変わったそうです。その変化によって、水谷さんはどのようなスキルを身につけることができたのでしょうか。後半のエピソードは、次回お送りしましょう。


→ 後編はこちら

【アペルザさんより採用情報のご案内】

今回、水谷さんがレンタル移籍をしたアペルザさんでは、様々なポジションにて採用を行っていらっしゃるとのことです。ご興味ある方は、ぜひ以下の「採用情報」ページより、ご覧ください。

【レンタル移籍とは?】

大手企業の社員が、一定期間ベンチャー企業で事業開発などの取り組みを行う、株式会社ローンディールが提供するプログラム。ベンチャー企業の現場で新しい価値を創りだす実践的な経験を通じて、イノベーションを起こせる人材・組織に変革を起こせる次世代リーダーを育成することを目的に行われている。2015年のサービス開始以降、計38社97名のレンタル移籍が行なわれている(※2020年7月実績)。→詳しくはこちら


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協力:株式会社IHI / 株式会社アペルザ
インタビューアー:有竹亮介(verb)
提供:株式会社ローンディール

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