「霞ヶ関から出て、非営利組織の現場で働いて得たもの」厚生労働省 三宅 華子さん
背中を押した「厚労省の外の世界を知りたい」という思い
── はじめに、三宅さんが公務員を選んだ理由を教えてください。
小さい頃から漠然と家庭環境が子どもに与える影響と学校教育の役割に関心があり、教育学部に進みました。今思えば、父親の仕事の話をよく聞かされていたからだなと、まさに自分自身、家庭環境に影響された人間だと思います。
その学部時代、友人に誘われて参加した児童養護施設での学習ボランティアで衝撃を受けました。「かわいそう」とも違う、自分とは異なる環境下で生きる子どもたちの存在をリアルに実感したからだと思います。足の裏に伝わる施設の廊下のひんやりとした冷たさや、後ろから抱きついてくる子ども達の姿を、今でもはっきりと覚えています。
そうした背景から、教育や福祉に携わりたいという気持ちを持ちながら、リアルを知れば知るほど、地道で遠い道のりだなという恐れもあり、就職活動では、最初、民間企業を受けていました。
ですが、多くの企業を見る中で、民間では限界があること、自分に嘘をついて働くことはできないことを再確認して。最終的には「全ての子どもたちに、健全に発育できる環境と、能力を発揮できる機会を」との思いで厚労省の門を叩きました。
── 児童福祉への興味関心が公務員を目指すきっかけだったのですね。三宅さんが今回レンタル移籍を希望された理由は何でしょうか?
私は現在2人の娘がいるのですが、子どもが生まれてからはキャリアに悩むことの連続でした。特に2人目の育休は夫の地方出向と重なり、悩んだ末、同行して3年弱キャリアのブランクがあります。その後、復帰して人事課へ配属になりました。
人事課では若手職員のケアや省内改革に携わりました。霞ヶ関から若手が流出しているとの報道がよくなされていますが、厚労省もまさに若手職員の離職が問題となっていたんです。若手職員の悩みやニーズに耳を傾け、省内の若手改革チームで議論をする中で、自分と同じような悩みを抱える女性職員や、若手世代に向けて、自分にできることはないだろうか、厚労省の働き方やキャリアの築き方を変えていくこと、そのためにも霞ヶ関流しか知らない自分を変えていけないか考えるようになりました。
そこで、レンタル移籍の存在を知った時は、これだ!と思いました。
まさにスタートアップやNPOなどの現場で働けること、自分で移籍先を選択できることなど、若手職員のニーズにあうものだと思ったからです。まだ厚労省では取り入れていなかったので、ぜひ取り入れてはどうか、そしてまずは自分自身が行ってみたいことを上司に伝えました。その後、実際に厚労省でも試行実施されることに。上司には以前からキャリアの悩みを打ち明けていたので、背景を理解してくれたのだと思います。
「支援」と「協働」を学ぶため、非営利組織へ
── 今回、民間企業ではなく非営利組織を選ばれた理由を教えてください。
2点あります。一つめは、半年間、厚労行政分野の支援の現場にどっぷりつかってみたかったことです。特に自分の原点である児童福祉に関する分野に関わりたいと考えていました。もう一つは、私の考えですが、これからの行政は、民間企業やNPOの力をうまくお借りしながら、協働して課題解決を目指していく必要があると感じていたことから、非営利組織の視点でそれをどう実現していくのかを学びたかったことです。
今回移籍したグラミン日本は、マイクロファイナンスにより貧困層の自立を支援する活動をしているグラミン銀行のビジネスモデルを参考に、2018年に日本に創設されました。グラミン銀行は、過去にはノーベル平和賞を受賞したこともあるので、名前をご存じの方も多いのではないでしょうか。
グラミン日本では、日本の相対的貧困の解決に向けて、シングルマザーをはじめとした女性に対するマイクロファイナンスやデジタルスキルのリスキルプログラムの提供を行っています。厚労行政分野の支援の現場を持ちながら、企業や支援団体、行政と連携し、事業共創によって社会課題の解決をも目指す、非常にユニークな組織。まさに「支援」と「協働」を推進している団体なので、行政としてのあり方を学ぶ良い機会になると思いました。
── 移籍後、どういったお仕事を担当されましたか?
最初に経験したプロジェクトは、コロナ下で失業又は減収したシングルマザーの方々にデジタルスキルを身につけていただき、その就労を支援するプログラムの提供でした。働く意欲がありながらも、安定した収入と子育ての両立が叶う職業に恵まれない方を対象としたプログラムで、「フラワープログラム」と呼んでいます。
私は第2期のプロジェクトマネージャーとして、プログラムの企画・運営から、面談を通した参加者の方々の伴走支援、労務管理等を行いました。
── プログラムの内容を教えてください。
3ヶ月間、グラミン日本の直接雇用の下で「RPA(ロボットによる業務の自動化)」をテーマにオンラインでカリキュラムを受講いただくとともに、OJTとして、グラミン日本の実際の業務のRPA化に取り組んでいただきました。参加者の中には、就職経験のない方や、パソコンに初めて触れる方もいらっしゃいましたが、最終的にはOJTの課題であるロボット開発・テストを完成させることができました。
また、ビジネスコミュニケーションなどのソフトスキル、人生設計を踏まえた家計管理の方法などのライフスキルも重要です。加えて様々な背景を抱えた方々が自信を持ち、一歩踏み出すには、安心できる場やともに励まし合う仲間の存在が欠かせません。
このため、プログラムでは「互助」の仕組みを非常に大切にしており、毎週参加者全員が、お互いに感謝やフィードバックを伝え合う「フラワーラボ」を開催したり、チームで学び合うチームMTGの開催。伴走支援としては、Slackでのコミュニケーションのほか、週一程度の1on1の場を設けたり、メンタリングをしていましたね。
これらを一体的に提供することで、就労と自立に役立つようなプログラムを設計しました。参加者の方から、「職業訓練でPC講座を受講したことはあるけど、一人で学びを進めなきゃいけなくて途中で離脱してしまった。グラミンのプログラムの方がずっと楽しい」と言っていただけたのは嬉しかったですね。
「共感」と「ドライ」。
支援者として活動して知った難しさと感動
── 実際にプロジェクトに取り組んでみていかがでしたか?
正直すごく難しかったです。「こんなことを言ったら失礼ではないか」など、参加者の方々に何て声をかけていいのかもわからず、プログラムの進行も緊張しまくりでしたし、最初の頃は顔が引きつっていたとグラミン日本・理事長の百野さんには言われましたね(笑)。
また、「リスキル」とひとことで言っても、PCに全く触ったことがない方にRPAを習得してもらうのは、生半可じゃないと感じました。加えて、仕事の進め方に慣れるのも大変でした。「フルリモート」下で、最初の頃はZoomの操作にも、議論をまとめながらオンライン会議を進めるやり方にも慣れない。毎日本当に穴に入りたくなるようなことばかりで(笑)。いかにこれまでの働き方が世間とずれているか、を実感しましたね。
加えて、厚労省では、いわゆる“ゼロイチ”と呼ばれるような仕事は少なくて。前例やベースの考え方など、応用できるものが多かったのですが、グラミン日本では、着任早々「何も決まってない」中、手探りで時間割やコンテンツを決めるところからスタートしました。裁量権も大きい中、思うようなアウトプットが出せなくて、スタートアップの洗礼を浴びた思いでした。
そんな中で、百野さんに「1on1をしよう」とお声がけいただきました。相当、煮詰まった表情をしていたのだと思います。
── 1on1で悩みは晴れましたか?
百野さんから、
「今の三宅さんは、運営しているプログラムの参加者と同じだよね。一緒に成長する気持ちで、取り組んでみたら」
とお話いただきました。プログラムの参加者が抱く不安や戸惑いを理解して、同じ気持ちでプログラムを走らせることが大事だと教えてくださったんです。できないことは真摯に受け止めて、自分も成長していく心構えでやっていこうと、悩みながらも進めていこうと思えるようになりました。
── それは良かったですね。
ただ、最後まで、「共感とドライの両立」は難しかったですね。支援者の方に共感しすぎた場合、依存が生じてお相手のためにならない可能性があるし、ドライになりすぎた場合、信頼関係が壊れ、離れていってしまう可能性があるからです。
実際にあった出来事を挙げると、卒業後の就労も有望だった参加者の方が離脱してしまったことがあります。それまで一生懸命プログラムに参加されていた方が、一度、無断でチームミーティングに遅刻されてきたことがありました。今後就労いただくことも考え、無断遅刻を注意したところ、それをきっかけに、その方の運営側に対する信頼が崩れ、最終的に離脱することとなってしまいました。
最初は、なぜそれだけのことで、と正直びっくりしましたが、その方にとっては「たったそれだけのこと」ではなかったのかもしれません。信頼関係が構築できているかどうかの判断を見誤っていたところもあるでしょう。
声かけひとつで、人生を良い方向に後押しすることも、お相手を傷つけてしまうこともある。伴走支援は、人の人生に介入する、すごく難しい仕事だということを実感しました。同時に、離脱者を出してしまったことへの責任と、どう対応していたら良かったのかと、ぐるぐる自分の中でも引きずってしまいましたが、最終的には「その方の選択」と受け止められて。割り切ることも、支援者としてバーンアウトしないためには重要なことだと、身をもって感じました。
── まさに支援の現場を体験されたんですね。
はい。厚労行政分野は、非営利組織など現場の方々の力をお借りして支援を届ける施策が非常に多いです。行政としても、伴走支援に取り組んでいらっしゃる非営利組織の活動をもっと理解して、共感を持って協働すべきだと感じました。
とはいえ、難しさばかりでなく、人が変わる瞬間に立ち合えた感動も大きかったです。
失業をして、失意のどん底にあったPC未経験の方が、自分で自分の道を切り開こうと前向きになられたりと、自分がプログラムを企画・運営し、伴走支援することで背中を押すことができるんだ、と実感できたことは非常に嬉しいものでした。
参加者お一人おひとりの声をいただくことができ、またプログラムを通じて参加者と一緒に成長できて、私自身がギフトをいただいた思いです。
移籍を通して得た3つの変化
── 難しさと喜びの両方を肌で体感されたんですね。移籍を通して得た、ご自身の変化はありますか?
そうですね、大きく3つあります。
1点目は、支援のあり方に対する視点が変わったことです。
先に申し上げたとおり、私はどこかで、シングルマザーの方々は、何か特別な存在のように感じていたところがあったと思います。ですが、お一人おひとりと関係を構築していく中で、「支援」というのもおこがましいな・・・と。「支援者」と「支援対象者」というより、どうしたら様々な環境・境遇の下にある方々が一歩踏み出せるよう背中を押すことができるか、ということなのかと。おそらく、これは厚労行政の他の支援の現場でも同じことなのではないかと思っています。
2点目は、アウトプットを自覚するようになったことです。
メンターの宮本さんとの1on1で、「百野さんからはもっとアウトプットを期待されている」という話を聞いて衝撃でした。やるべき仕事はちゃんとやっているし、それなりに成果は出しているつもりだったのに…と。一方で、百野さんからの「三宅さんの考えを教えて」に、ちゃんと答えられていないことにも薄々気づいていて。
「間違ったことを言ってはいけない」「バランスのとれた発言をしなければいけない」という観念に囚われ、自分の考えを持つことをさぼっていたというか、どこかで線引きをして、“中の人”になりきれていなかったように思います。百野さんからは「グラミン日本の人間としてどうしたいか」を考え、行動することを期待されていたんだと思います。
── そこをどう突破したのでしょうか?
宮本さんから、
「間違ってもいいから自分の意見を伝えること、完璧でなくともアウトプットを出していくことが大事。『自分はどうしたいか』を出していっていい」
とアドバイスをいただきました。みなさんのフォローもあって、もっと自分を出していこうって。そこからは、一気にアウトプットできるようになった気がします。自分から能動的に動くようになり、グッと周りの方との距離も縮まりました。
── 三宅さんにも伴走者がいたからこそ乗り越えられたんですね。
そうですね。自分もプログラムの参加者と本当に同じだったと思います。
最後、3点目は、現場の肌感覚を得られたことです。
支援現場の経験以外にも、労務管理や雇用・業務委託契約、助成金の申請、他の企業・団体との提携……など、本当にありとあらゆる経験をさせていただきました。非営利組織としての視点を獲得できたことで、現場にとっての使いやすさや、本当に必要な支援に考えを及ばせられるようになり、特に大事な気づきだったと思います。
百野さんからも移籍開始時からずっと「ここが一番大事」というお話をいただいていました。だからこそ、様々な機会を与えてくださったんだと感謝しています。
レンタル移籍経験者としての自覚をもって
── 厚労省に戻ってからは、どういったお仕事を担当されていますか?
現在は家庭福祉課という児童福祉やひとり親世帯の支援に関する部署に配属しています。当初の児童福祉への思いや、今回の移籍経験等を汲んでもらえたのかもしれません。
── レンタル移籍の学びを現在の部署で生かせそうでしょうか?
現場で経験したことをそのまま施策に反映できる、という単純な話ではないと思っていますし、新たな分野について勉強する必要を痛感しているところでもありますが、機会をとらまえて経験を生かしていきたいと思っています。
現在は帰任直後に成立した改正児童福祉法の施行に向けた検討を進めているところです。シングルマザーの就労支援の経験が直結するという訳ではないですが、現場の視点をもって施行に向けた検討を進めていきたいと思います。日々の業務の中でも、現場に近い感覚を持つ人間として、現場のために拾えるもの、対応できるものは積極的に意見していこうと考えています。
今後も引き続き自分にできることを模索し続けます。
── 帰任して数ヶ月ではありますが、組織にもたらした変化はありますか?
まずは自分ができる範囲で、自分のラインで1on1や週一のテレワーク、朝メールなどの業務改善を始めました。人事課時代にも1on1の実施を検討したことがあったのですが、今回改めてその有用性を強く感じ、取り入れることにしました。
移籍期間中、メンターとの1on1やシングルマザーの方との1on1では、「どのようなトピックについて話したいか」「どのような対応を求めているのか」をあらかじめ記入して臨んでいました。その取り組みがすごくいいなと思って、メンバーとの1on1でも専用の記入シートを導入しています。あとは、仕事のスタイルも変化しましたね。
── 具体的にはどういったことでしょうか?
グラミン日本はプロボノ集団で、同質性の低い組織です。バックグラウンドや価値観の違いから、認識にずれが生じていることもあるので、丁寧なすりあわせが重要です。これはこれまで厚労省でも培ってきたものでもありますが、自分で考えたことをアウトプットして、周囲の意見を集め、収れんしていく。代表の百野さんに鍛えていただいた力は、現職でも生きています。
── 最後に、今後の三宅さんの目標を教えてください。
省外に出た経験を持つ人間として、霞ヶ関と現場の架け橋になりたいですね。非営利組織の中に入って一緒に取り組んだからこそ、現場の活動の重要性を知る機会になりましたし、持続可能な活動となるよう行政がフォローするという観点も必要だと感じました。現場でどういった活動がされていて、何が大事なのか、どういった難しさがあるのかを我々自身も深く理解し、協働を強めていけたらと思っています。
また、今回チャレンジさせていただいた人間として、これまでと同じことをしていても仕方がないと思っています。お恥ずかしいですが、「組織に変化をもたらす役目を期待されている」という自覚が勝手ながら芽生えたからだと思います。
今後は、移籍で培ったネットワークを活かした勉強会を提案したり、より良い働き方を実践・提案したりと、動いていきたいですね。レンタル移籍の経験を今後の自分にどう生かしていけるか、私自身の課題として取り組んでいきたいです。
6ヵ月間、非営利組織の現場に立ち、シングルマザーの方々の背中を優しく押し続けた三宅さん。自らの考えを表明することに苦手意識を持っていた三宅さんですが、レンタル移籍の経験を通して内省を重ね、新たな自分に出会うことができました。元来抱いていた公務員としての思いに加えて、現場の経験、たしかな自分軸を手に入れた三宅さんは、今後ますます活躍の幅を広げていくことでしょう。
Fin
9/14(水)【ローンディールフォーラム2022】
企業の遠心力と求心力
3年振りにローンディールフォーラム開催!
ゲスト:南場智子氏、入山章栄氏 他
第1部では、レンタル移籍経験者をお招きし、社外経験の意義や自社での活用方法、さらにエンゲージメントまで話を広げて伺います。第2部は、新規事業・既存事業変革、そして人材育成を統括する大企業の経営層をお招きし、会社側の視点からお取組みを伺います。そして、第3部では、経営トップやグローバルに高い見識をお持ちの経営学者を特別ゲストとしてお招きし、「企業の遠心力と求心力」についてのお考えをご披露いただきます。
リアル会場とオンラインとのハイブリッド開催です。ご来場の皆様からの質問・ご意見も伺いながらインタラクティブに進めてまいります!
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