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「大事なのは、顧客とともにサービスをつくること」東芝テック株式会社·永田拓人さん

「ベンチャー企業に行く前は、不安で仕方なかったです。自分には向いていないと思っていたので」と語るのは、東芝テックの永田拓人(ながた·ひろと)さん。そんな永田さんは、所属企業で新規ビジネス領域を開拓する業務に携わる中、事業に役に立つ知識を身につけたいと考え、ベンチャー企業で一定期間働く「レンタル移籍( ※ 東芝テックでは「社内留職」制度として導入)」へ挑みます。
移籍先は、AIスタートアップである株式会社GAUSS。永田さんの不安は的中し、未経験のビジネス領域であることに加えて、これまでの仕事の進め方や、目指すべきゴールの捉え方のギャップに戸惑います。「始めはすべてが未知でした」と語るほど、当たり前が通用しない環境。永田さんがそこで得た学びとは? 移籍後、現職に戻り感じていることとは? 率直な今の思いを聞いてみました。

自分ならではの武器や強みを得て、会社に貢献したい
 

ー まず、東芝テックを就職先に選んだ理由から教えていただけますか。
 
大学では電気工学科に所属し、学生時代からハードウェア、つまり機械そのものの作り方を学びました。卒業後もその学びを生かして、メーカーの企業に行きたいと思っていましたね。東芝テックは、POSレジの技術が業界のシェアのナンバーワンだったことから興味を持ち入社しました。
 
入社してから約13年ほど、スキャナーやプリンターなどPOSレジにつなげるデバイスの設計や開発を手がけていました。その後異動したのが、今後のコアビジネスを構築するための製品企画・開発を進めていくデバイス開発部門だったんです。
 
ー 「今後のコアビジネス」とは?
 
東芝テックはPOSレジに代表されるように、基本的にはハードウェア業界が主戦場の会社です。ただし昨今のお客さまの課題解決においては、ハードウェアを単に提供するだけでは不十分で、提供した後、ソフトウェアの面からのアプローチを強化することが必要とされています。
 
具体的には、既存のハードウェアを中心としたビジネスモデルは持ちつつも、そのハードウェアで収集したデータを生かした「データサービス」を構築する必要性があったんです。私が所属していた部門は、そのデータを収集したり、生かしていくためのデバイスを開発する部門にあたります。
 
ー 従来のビジネスモデルを超える分野を開拓されている最中なのですね。
 
はい。会社はまさに今、ビジネスとして「移行期」に位置すると思っています。もともと当社はハードウェアに強い会社なのですが、その先のソフトウェアサービスの分野に開拓の余地がある状況でした。
 
ー レンタル移籍はどのようなきっかけでしたか?
 
元々は、上司からの打診でした。私自身、どんどん新しいことを切り拓くようなフロンティア精神が強いタイプではないんです。だから「自分で大丈夫なのか?」と、非常に不安に感じていました。正直、話を聞いたとき「自分はベンチャー企業には向いていない」と思っていましたね(笑)。
 
ただ与えられたこの機会を、逆にチャンスだと思って一生懸命取り組もう、と当初はそんな気持ちでいました。こんなことがないと自分から積極的に環境を変えることはなかったと思うので。 
 
ー 行き先のベンチャー企業はどのように選んだのでしょうか?
 
レンタル移籍前のローンディールの研修で、「自分が何をやりたいのか」を考える「WILL発掘ワークショップ」というものに参加したんです。そこで改めて自分のやりたいことに向き合った結果、もっと会社に貢献したいという思いが強くなりました。
 
そこで今後も会社で働く上で、何かしらの自分ならではの武器や強みを得たいと思ったんです。そのような思いから、これまでメインとしていたハードウェア設計ではない分野で経験を得ようと考えました。具体的には、今後、会社でも活用が期待されるソフトウェア技術であるAIの業界で経験したいと考えました。
 
自分がレンタル移籍に行かせてもらうからには、会社に生かせるものを得て帰ってきたかった。会社が自分に与えてくれたチャンスを生かせる、そんな期間になるといいなと思っていましたね。
 
ー 他のメンバーにない知見を得て、所属会社の業務に活かしたいと考えたのですね。
 
はい。その観点で選んだ結果、移籍先はAIやデータビジネスを主な事業とする「AIスタートアップ」である株式会社GAUSSに決めました。
 
環境の面においても、東芝テックでは営業担当や顧客の方々、別の業種の方々と話す機会がほとんどなかったということもあり、これまで接したことがない業種の方々と直接接する経験ができる場所ということも、移籍先を選ぶ決め手になったように思います。

「未知なるもの」との奮闘


ー GAUSSで働き始めた時は、どのような印象を持たれましたか?
 
AIの分野はもちろん、解決する課題も、顧客の業界もそれまで接したことのない内容ばかりで、全く「未知なるもの」という印象でした。ビジネスモデルも異なるので、ハードウェア中心の業務の中で長年培ってきたスキルやノウハウは生かせないことがとても多くて、最初は特に苦戦しました。
 
ー どのような業務を担当されたのでしょうか。
 
システム開発部に所属し、営業担当が獲得したAIソリューションの案件に対して、プロジェクトの進行管理を行うことがメインの業務でした。まずお客さまの課題や要望を聞いて、それを叶えるシステム開発を行うために必要な業務の進行管理、要件定義、設計AIエンジニアとの調整、テストや顧客報告など全般を担当していました。
 
ー たとえばどのような課題や要望に対応するのですか?
 
まず一つのクライアント企業では、建築現場のCO2の削減というものが課題でした。そこで、入庫する車両の種別をAIで自動判別し、車種ごとにCO2の排出量を算出して現場のCO2の総量を測るシステムを構築します。その結果、それまで把握できなかったCO2量を可視化することを狙います。
 
また別のクライアントでは、現場のオペレーションが安全にかつ正確に進められるように、工場内の危険なエリアに立ち入るとアラートを出す仕組みや、ライン作業をスタッフが漏れなく行っているかのチェックをするシステムの構築などが挙げられます。現場の課題をAIにより可視化したり分析して解決につなげる。そんな仕事を手がけていました。

顧客と共につくりあげるということ


ー 柔軟に課題に対応する必要がありそうですね。仕事の進めかたで、特にこれまでのやり方との違いはありますか?
 
たとえば、私が東芝テックで行っていた業務は、ある程度製品づくりのルーティーンが決まっていたのですが、GAUSSでの業務ではお客さまの要件定義からスタートします。お客さまの要望をもとに要件定義するということ自体が初めての経験だったので、最初はかなりてこずりましたね。
 
仕事の進め方という点でも違いました。今までの業務では、ゴールが決まったら後は、ある程度ルーティーンに沿って、進めていましたが、AIを活用した事業というのは、現状「AI」の活用方法を探って検証している実証実験のような業務が多いんですよね。そのため、顧客自体も、どのようなゴールにたどり着くのかが完全にわからない状態で進行することも多かったです。
  
ー「製品を完成させる」といった明確なゴールや、正解がない仕事だと。
 
はい。初めはそんな状況に、ゴールが見えない不安感がずっとありました。本当にこれでいいのかなと。むしろゴールが見えないからこそ、考えて決めるしかない、という状況でした。誰も正解がわからないし、誰に聞いても完璧な答えなんてわからない。だからこそ、GAUSSが大切にしていたのは、顧客が本当にやりたいことを顧客に寄り添って進めていこうということでした。正解がないからこそ、一緒に考えて決める。そんなスタンスでしたね。
 
ー その取り組み方に対しては、どう感じましたか?

 
正直、めちゃくちゃ難しいなと思いました。同時にこれは自分の苦手な進め方だなとも思いましたね(笑)。「顧客に寄り添う」ということは、こちらからどんどん発信をして提案していく必要があるんです。いかに、自分自身がこれまで仕事に対して受け身だったかを実感しました。
 
ー GAUSSではどのような業務の進めかたなのでしょうか。
 
まず、顧客から「こういう感じのものを作りたいんだけど」という依頼をいただき、顧客とキャッチボールをしながら、本当にやりたいことが叶うように一緒に形にしていきます。たとえば顧客の要望に応えるためにAIにこだわらなくて良いということであれば、AI以外のものも提案していくことも時に必要なんです。「双方向でやりたいことを形にしていく」というのが、自分の中ではこれまでになかった考え方でしたね。
 
メーカー企業で働いていると、どうしてもプロダクトアウト的な発想になってしまいがち。AIは正解がない分、顧客と密にやりとりして、話しながらサービスを作り上げるということが大きな違いだと思いました。

※ 本記事は、永田さんがレンタル移籍をしていた2021年10月〜2022年3月のものです。現在GAUSSでは自社プロダクトである誰でも簡単に低価格で導入出来るAIカメラ事業にも注力しています。詳しくはHPにて。https://gauss-ai.jp/

臆せずに聞き、身に着けた新たな知見


ー 移籍中、特に大変だったことはありますか?
 
大変だった記憶しかないのですが(笑)。AIをそもそもよく知らないまま移籍したので、まず知識がない中で進行するのが難しかったですね。社長の宇都宮さんに言われて印象に残っているのは「自分が説明できないことを顧客に説明してはいけない」という言葉でした。わからない中でも、上司や同僚、AIエンジニアのメンバーなど、とにかく聞いて学ぶことを心がけていました。その中でAIは万能ではなく、「100%の精度にはならない」とよくエンジニアが話されていたことも印象に残っています。
 
ー 慣れない環境の中で、頑張れた原動力は何でしたか。
 
早く戦力になりたいという気持ちが強かったんです。顧客に対して遅れは許されないですし、もちろん迷惑もかけたくなかった。だからこそ、わからないことは恐れずに積極的に聞き、与えられた業務を責任持って行うようにしていました。そんな気持ちで業務にあたるうちに、その経験自体が自分の成長にもつながっていた、そう思っています。
 
AIに関しても、完全に理解することは難しくとも、絶対に移籍中に概要をつかんで東芝テックに帰りたいという気持ちが強かったですね。

ゴールへのストーリーを描く

ー 移籍を通じて、学んだことを教えてください。
 
「いかにお客さまが望む最終ゴールにつなげるか」ということの重要性です。例えば、開発中には、どうしても自分は実証実験がうまくいかないといった細かいことで悩んだりしてしまっていたのですが、大切なのはそこではないんですよね。
 
宇都宮さんに、そもそもの顧客の課題がある中で、それに対して「どうストーリーを立てて進めていくのか?」が大切だと言われたことが、とても印象に残っています。
 
ー 「ストーリーを立てて進める」とは。
 
今取り組んでいることが、最終的なゴールにどうつながるのかということを考えて仕事を進めることです。
 
たとえば、カメラで入庫する車の車種を判別するシステムの最終ゴールは、二酸化炭素の排出量をコントロールすること。どれだけ多様な車種を識別して分析できるかという性能や、どれだけ精度の高いシステムをつくるかということ自体はゴールではないんです。
 
実証実験に集中していると、ついそれ自体が目的になってしまいがちなのですが、本当に大切なのはお客さまがやりたいことの「本質」に向かって常にアプローチをすること。そして、その中の一つが実証実験であるという意識を持つこと。この大切さを学びましたね。
 

GAUSSのメンバーと

今できることから生かしたい


ー 東芝テックに戻ってからはどのような業務を担当していますか?
 
移籍前の部署に復帰し、引き続き新規サービスを構築するためのデバイスを開発する業務に携わっています。
 
ーご自身の変化があれば教えてください。
 
移籍中に学んだ、「今行っていることがどのようにゴールにつながるか」ということを意識するようになりましたね。今進めている研究でいえば、製品化した時にどのような結果をもたらすのかなどを考えて仕事をしています。
 
ー 外に出たことで得た、視点や気づきはありましたか。
 
改めて思ったことは、データビジネスにおいてはどの会社も取り組みが進んでいるということですね。同時に、企業間の差がどんどんなくなってきているということも感じます。これからますますデータビジネスに参入する企業が増えていく中で、もっと会社としての特徴を出しながら、危機感を持って取り組まなければとも思いました。大企業の良いところは、シンプルですが、やはり人がいるところです。改めて移籍して、人が多いということは、それだけでメリットがあることも感じました。それを生かす業務体制を組むのが、改めて重要だなと思いましたね。
 
ー 会社のリソースである人の存在を実感されたのですね。
 
そうですね。GAUSSで働いて初めて、ベンチャー企業ならではの仕事の進め方のスピード感があるからこそ形にできることがあるなということも感じました。けれど一方で、東芝テックの既存顧客のボリュームや、緻密な検証に支えられている品質の高さも再認識したんです。
 
それらを「いいとこ取り」できたら良いんじゃないかなと。品質を高めながら、スピード感を持って取り組む。ゴールまでの道のりを細かく刻んで、確実に実績を積み重ねていく、そんなことが東芝テックで働く中で叶えることができたらと思います。
 
ー 最後に、これから働く上で大切にしたいことを教えてください。
 
移籍中にインプットすることが多かったので、まだまだアウトプットしきれていないこともあるかなと思っています。レンタル移籍を経験したから今すぐ新しいことを生み出したり、すぐに自社の新規デバイスの製品化ができるかといわれると、それは正直難しいところもあるなと。
 
けれど今回、AIの知識が身につけられたり、東芝テック時代には会うことができなかった業種の方々にも接することができました。全く違う環境で学んだことで自分の血や肉となっているものを、今の業務に生かすことからはじめたいです。そして自分が今できることから、少しずつ軌道に乗せていければと思います。

これまでの常識が通用しなかった未知の環境の中でも、真摯に顧客と向き合い続けた永田さん。身につけたのは、“顧客とコミュニケーションを取りながらつくりあげる”という仕事への取り組み方でした。その経験や小さな気づきが、チームや会社の中で静かに、けれど着実に広がり、未来のイノベーションの芽につながっていくはずでしょう。

Fin

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協力:東芝テック株式会社 / 株式会社GAUSS
文:大久保真衣
提供:株式会社ローンディール
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