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「大企業の営業から、宇宙ベンチャーの事業開発へ。未知の領域で得たものとは」富士通株式会社 松山真さん

今回の主人公・松山 真(まつやま・まこと)さんは、2016年に総合ITベンダー・富士通株式会社に入社し、営業一筋で業務に邁進してきました。
2019年、富士通が「IT企業からDX企業への転換」という新たな経営方針を発表。ITに留まらず、DXビジネスを強化していくことを打ち出したのです。そうはいっても、DXの定義は世の中的にも定まっていなかったため、営業の現場では顧客への打ち出し方に悩んだそう。
 新たな発想を生み出し、答えのない状況を突破するには、どうすればいいのか。その気づきにつながると直感したのが、ベンチャー企業で一定期間働く「レンタル移籍」でした。移籍したのは、小型衛星の開発や打ち上げ、運用サービスなどを提供する株式会社アークエッジ・スペース。宇宙開発という未知の分野に飛び込んだ松山さんは、どのような気づきを得たのでしょうか。

自分を変えるために“未知の領域”へ

 ――入社からずっと営業を担当されてきたのですね。
 
そうですね。クライアント企業を1~2社担当し、そのお客様と深くやり取りしていくスタイルで、私は主に食品メーカーを担当してきました。
 
――そうした中で、なぜレンタル移籍をしようと考えたのでしょう?
 
1つは、富士通が掲げる経営方針「IT企業からDX企業への転換」がきっかけです。いざDXの商談を進めるとなっても、社としても未経験の分野なので、お客様に何を提案したらいいかわからないという現実がありました。
 
きっかけはもう1つあって、お客様の求めていることに対して、これまでの営業のやり方が通用しない、ということがあったんです。どう攻略したらいいかわからない状況でした。
 
こうした2つの“答えのない状況”を経験したことで現場の一人ひとりが変わっていくしか打開策はないと思ったんです。そして、個人が変化するためには、一度富士通の看板を下ろし、自分で考えて行動しないと答えは出ないだろうと。
 
――そのために、レンタル移籍で別の場所に行ってみようと考えたのですね。
 
はい、ちょうどそう考えていた時期にレンタル移籍の話があったので、手を挙げました。富士通の中にもチャレンジできる制度や機会はあふれているんですが、もっと速いスピードで変化したかったんです。
 
スタートアップで働いて得たものを富士通に持ち帰って、答えが見つからない現状に光を差し込みたいという思いがありました。だから、立候補することに躊躇はなかったですね。
 
――大企業からスタートアップという環境に移ることも、不安はなかったですか?
 
いや、行く前はかなり怯えてました(笑)。業界も業種も違う企業に移れば、持っているスキルや得意分野が生かせないかもしれない。さらに、受け入れてくださるスタートアップは即戦力を求めている中で、果たしてやっていけるのかなと。
 
また、特定のお客様を担当していたところから、ユーザーを見つける段階のスタートアップに行くんです。マーケットも自分のミッションも定まっていない環境で、自分の役割から定義しなければいけないことに、漠然とした不安はありました。
 
――一方で、あえてIT業界とは別の業界に移籍したいという思いもあったんですね。
 
そうですね。ITのように既に競合が乱立しているような業界ではなく、まだ産業として立ち上がっていない業界で経験を積みたいという考えがあって。
 
それから、社会課題に対してアクションを起こしている業界に行きたいという思いもありました。富士通で担当していたお客様も、時代の変化とともに社会課題に対してパーパスを掲げるところが多くなっていたので、私自身も視座を上げて、本質的な課題解決を目指す発想を得られるようになりたかったんです。
 
――その希望を満たせそうだと感じたのが、移籍先のアークエッジ・スペースだったと。
 
はい。アークエッジ・スペースは東大発のスタートアップで、学生兼エンジニアのメンバーが中心の会社です。その中で事業サイドを一手に担う代表取締役の福代孝良さんの下につく形での移籍だったので、事業開発の面で自分が果たせる役割が大きいと感じたところも決め手でした。

もっと踏み込むべきだった「社内コミュニケーション」

 
――アークエッジ・スペースに移籍して、まずはどのような業務を任されたのでしょう?
 
福代さんからは、大枠の事業戦略や方針共有はあったものの、特に業務の指示はなかったんです。事業メンバーとしてどんなミッションがあるか、どんな仕事ぶりを期待されているかがまったく見えない状態から、自らミッションを定義して、仕事の幅を広げていかないといけないところは、非常に大変でした。
 
なので、最初はモノマネというか、福代さんが出る打ち合わせに同席させてもらって、現在の事業や議論に上がった課題、自分が担当できそうな業務をキャッチアップするので精一杯でした。
 
――その過程で、自身のミッションや役割は見つけられましたか?
 
最初に見つけたのは、投資家に対して新しい事業領域の事業性を説明するための準備でしたね。ちょうど資金調達を行うタイミングで、月面ビジネスを事業の柱の1つとすることが決まっていたんですが、事業性につながるストーリーがまだ整理されていなかったんです。なので、自分なりに資料を作ってみました。
 
資料を作るうえではインターネットで情報を集めたり論文を読んだり、さまざまな方法で月面ビジネスに関する知識を得ていったのですが、今現在は存在しない月という市場の推論はすごく難しくて、ITという成熟した市場とはまったく違いましたね。その分、新鮮ではありましたけど。
 
――事業や会社のことをまとめるとなると、社内のコミュニケーションも重要になりそうですね。
 
すごく重要な部分で、福代さんやエンジニアの方といかに距離を縮めるかがポイントでした。私もなるべく自分からコミュニケーションを取るように心掛けましたが、できるようになったのは数ヶ月後。
 
エンジニア集団の中に経験のない自分がポツンと入ったわけです。新卒で大企業に入って営業一筋でやってきた人が何をできるのかって、エンジニアの方からしたら、未知ですよね。バックグラウンドが違いすぎるし宇宙開発の知識やノウハウもなかったので、コミュニケーションを取りづらかったと思います。
 
それに、私も遠慮した部分がありました。みんな業務で忙しいので、相手に負担をかけてしまうかもしれないとセーブしてしまったんです。技術的なところは任せっきりで、自分は営業に近い部分に専念しようという考えもあったと思います。今思うと、踏み込みが足りなかったですね。
 
――そこでもっと踏み込めていたら、何かが違ったと?
 
自分のミッションや役割のキャッチアップが、もっと早かったと思います。
後々になってエンジニアの方とも打ち解けてきた時に、「もっと事業サイドと会話したい」と言われました。自分が気を使いすぎずにもっとコミュニケーションを取れていたら、共にいろいろなアイデアを生み出せていたかもしれないと気づかされました。
 
技術的な知識を得るにしても、自分で勉強するより、話を聞く方が効率的だし効果的なんですよね。そこに早く気づけなかったのは、反省点です。最初から嫌われるくらいの勢いで踏み込んでも良かったかなって(笑)。
 
――未知の環境に入っていくうえで、大切な気づきですね。
 
気づきといえば、メンターの畑田さんとの対話でもありました。私は、移籍期間の中でいかに成果を出すかということに、重きを置きすぎていて。
 
その時に、畑田さんから「中長期的に自分がいなくなった後のことも考慮して、『松山さんがいてくれたから、今の姿がある』と言ってもらえる仕事をしてみたら?」というアドバイスをいただいたんです。ハッとしました。
自分の成果や経験ばかりを重視するのではなく、会社をどう成長させていくかを考える。それが自分のミッションを見つけるヒントにもなると、徐々に知っていきました。 

左は代表取締役・福代さん、右は松山さん


持ち前のスキルを生かしながら挑んだ宇宙開発

 
――自分のミッションを見つけたと感じたのは、いつ頃でしたか?
 
移籍して5ヶ月目くらいでしょうか。徐々に案件を任せてもらう機会が増えて、自分で事業を回しつつ、足りないところは社内のメンバーを巻き込みながら進めていけるようになって、「事業を動かす」という自分のミッションが見えた気がします。周囲との会話も増えて、業務も進めやすくなりました。
 
――担当した案件は、どのようなものだったのでしょう?
 
大きく3つあって、1つめは花巻市の教育支援、2つめはルワンダの宇宙産業支援、3つめは海洋分野の衛星利用です。
 
花巻市の案件は、私が携わった時点では衛星を作る方向性だけが決まっていたんです。どのくらいのサイズでどのような機能を搭載した衛星を作れるのかといったことや、細かな金額の調整などを担当することになりました。
 
お金に関する交渉や提案書の作成は営業の分野でもあるので、スキルを生かしながら入っていけたところがあります。
 
――専門分野でありながら、宇宙開発という未知の分野を経験できる貴重な機会ですね。
 
宇宙開発の知識もある程度蓄えていたので、提案の内容などは理解できたのですが、衛星開発となると数年単位の話になりますし、衛星を打ち上げるための安全審査や法律対応など、その一つひとつを提案書に落とし込まないといけないんですよね。市場がない分、契約も同じものはないので、周りに助けてもらいながら詰めていきました。
 
それに民間での打ち上げの例は少なく、不確実性の高いものでもあるので、互いにどこまでリスクを許容するかという線引きも難しかったです。パートナー企業やエンドユーザーの希望に最大限応えつつ、アークエッジ・スペースの事業戦略にも沿う提案を仕立てないといけないところは困難であり、やりがいも感じましたね。
 
――最終的には、参加する皆さんが納得する契約に落とし込めましたか?
 
円満な契約につなげられました。その後、花巻市の高校の特別授業の一環で衛星を打ち上げることがニュースで取り上げられたことで、宇宙開発への関心の高さを知りましたし、携われたことに喜びを感じました。


宇宙のプロフェッショナルとして

 ――2つめのルワンダの案件は、どのようなものでしたか?
 
東京大学、アークエッジ・スペースとの共同事業で、2019年にルワンダでの衛星打ち上げが行われていました。ただ、その後、コロナの影響もあり、共同運用ができていなかったので、リモートでルワンダが参加する共同運用プログラムを考えるべく事業が立ち上がったんです。
 
プログラムの企画段階から私も入ったんですが、衛星の仕組みも理解したばかりだったので、アイデアが浮かぶはずもなく(苦笑)。福代さんがブリーフィングで話していたことをもとにプランを書き起こしたり、ルワンダの宇宙庁向けに説明資料を作ったりすることで、仕組みを深く理解していきました。
 
具体的には、日本の運用局で衛星を管理しながら、ルワンダにも衛星の様子を中継できるリモート運用局を立ち上げたり、ルワンダから衛星に情報を送信して日本の運用局に下ろすといった実験などを行ったりしました。
 
――その中での気づきや学びはありましたか?
 
プロフェッショナルでいることでしょうか。ルワンダでの宇宙開発は始まったばかりなので、現地の宇宙庁の方々も知見があるわけではありません。私達がアドバイザーの立場ですし、相手にとっては私が移籍者であることは関係ありません。私も専門家の1人として見られるので、気を抜かずに備えなければいけないと実感しました。
 
――ビッグプロジェクトですね。さらに、海洋分野の案件にも携わっていたんですよね?     
 
海洋分野の件は、新規事業開発にも携わりたくて、自分から手を挙げました。まだ事業化に動き始めるスタートの段階だったので。具体的には、海洋上の船舶の管理に衛星通信を活用するもの。この時、移籍残り2ヶ月という短い期間だったのですが、関係機関に対するインプットやパートナー企業との座組を考える部分を担当することができました。事業化するための基礎となるところですね。     

――外部とのやり取りがメインとなるイメージでしょうか?
 
そうですね。関係機関やパートナー企業に対して、事業化を進めるに至った背景や政策上のメリットなどを具体化する業務です。研究開発を進める際のロードマップや事業を通じて目指す未来などを、社内外の人とセッションしながら、ブラッシュアップしていきました。
 
――担当された案件すべて、外部の方とのやり取りが中心といえそうですね。
 
もともと外部の方とのやり取りを通じた事業開発を経験したいという思いがあって、その気持ちは福代さんに伝えていたんです。その結果、外部との対話につながる機会を増やしていただけたのだと思います。

“答えのない状況”を楽しむ


 ――踏み込めなかった前半と、案件を任されるようになった後半で、どのような部分が変わったのだと感じていますか?
 
前半は、自らミッションを探そうと思いつつも、福代さんについていきながら仕事を待っていたんだと思います。
でも、それでは経験は増えないし、ミッションも見つからない。だから、打ち合わせなどを通して自分の中でもイメージを膨らませながら、福代さんに
「今日中に提案書を作りたいので、ポイントだけ確認させてください」とイメージを共有して、スピード感重視で自ら提案書や資料作りを行うようにしました。
 
いざ作ってみると、福代さんのイメージを外さない内容で構成できたんですよね。そういう積み重ねで社内の信頼関係を築くことができて、仕事も任せてもらえるようになり、自分の役割の幅を広げられたのだと思います。
 
――とにかく自分から動くことが大事だったんですね。
 
そうですね。移籍を経て、アウトプットの方法が変化しました。かつては内容を100%近く理解してから動いていたんですが、60~70%理解したと思ったら積極的にアウトプットして、やりながら修正していくというアプローチを意識できるようになりました。
 
富士通では、それぞれの専門領域で自分より精通している部門があるので、自分で深めるよりその人達を巻き込み、アサインした方が確実なんですよね。その点、アークエッジ・スペースでは、大企業のような潤沢なリソースはないし、これから市場を作る産業なので、100%理解している人はほとんどいない。やりながら理解し、自分が動くしかないわけです。その経験を得られたことは大きいです。
 
――役割分担されている大企業では得られなかった気づきかもしれませんね。
 
あと、提案書作りなどもそうですが、富士通で培ったスキルセットを抽象化、汎用化すれば、宇宙開発というまったく異なる業種でも使えることにも気づけました。基本的なベースさえあれば、自信を持ってアウトプットできる。自ら動く頻度が増えると自信も勇気もつくし、アウトプットすることで足りない部分も明確になります。自分からアクションを起こすと、いい循環が生まれるんです。
 
――今の松山さんなら、どのような部門に行っても活躍できそうですね。改めて、今回のレンタル移籍で得られた一番の学びは?
 
“答えのない状況”に対して壁を作らず、その状況を楽しむことです。
 
アークエッジ・スペースでは、宇宙に関する技術を社会でどう利用するかという答えがない前提で、一人ひとりが「こういう世界を実現したい」というビジョンを持っているんですよ。だから、答えがなくても突き進んでいける。ひな形や実績、正攻法がなくても、実現したいビジョンや構造を抱いて、そこに向けて行動し続けるというマインドセットが重要なのだと学びました。
 
福代さんは本当にすごいんです。いろいろな人と毎日のように、「こういうことができたらいいね」って語り合うんですよ。実現したい世界を描いて、周囲に伝播して、共感者を増やしてリソースを補っていく。新しいことを始めるには、そういうサイクルを作ることも大切なんだなって。
 
――ビジョンを膨らませるヒントみたいなものは、得られましたか?
 
スタートは、小さなアイデアや実現性のない妄想でいいということ。福代さんの話も、営業出身の私からすると一見すぐには実現性のないことに見えてしまうんですが、体現できるかどうかを考えすぎず、目線を上げていくことで、見えるものがあるんだろうなと思います。

共感者を増やしていきたい


 ――現在は、営業部門に戻られたのですか?
 
はい。ただチーム再編があったので、移籍前とは異なるチームに所属し、担当のクライアントも変わりました。富士通に戻ってまだ2ヶ月なので、経験を生かせているかというと、これからという段階ではありますが、チャンスはそこかしこにあふれているという感覚があります。
 
――どのようなチャンスでしょう?
 
担当しているお客様が、新しいことをやっていこうという課題意識を持っていて、DXも含めたさまざまなキーワードが出てきているので、そこに対していかにドライブできるかが今後のカギだと感じています。
 
私としても新しいビジネスを手掛けたいという思いがありますし、移籍を通じていままでになかった判断軸や視野の広さ、業界をまたいだ人脈など、武器が増えている自覚もあります。既存のリソースにとらわれずに、お客様と一緒に作り上げられるものを純粋に考え、実現方法を模索していきたいです。
 
それから、スタートアップで学んだことや経験を人に伝えていきたいので、パブリックな場での発信は増やしていきたいです。既に一度、事業部内でスピーチをしたのですが、若手を中心にたくさんの質問をいただき、議論にも発展して、いいスタートを切れたと感じています。対話を重ねて、共感者を増やしていきたいですね。
 
――もともとレンタル移籍の動機のひとつでもあった「個人の変化」が、松山さんの中で始まっている印象を受けます。
 
走り始めたところなので、自分で実感している変化はあまりないのですが、根拠のない自信はあるかもしれません(笑)。これからも“答えのない状況”を前にして悩むことはあるとは思いますが、そこに恐怖心はないですし、新しいことに対するモチベーションは高い状態にあります。自分がやるべきことに注力していきたいですね。

DXという新たな課題を前に、自分自身を変えることで突破口を見いだせると考えた松山さん。そのヒントを得るべく出向いたアークエッジ・スペースでは、“答えのない状況を楽しむ”という発想を得ることができました。答えという道がないのであれば、答えという道を自分でつくっていけばいい。宇宙という、これからの産業に携わったからこそ見つけられたヒントをもとに、松山さんは道を切り開いていく最初の一歩を踏み出したのです。

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協力:富士通株式会社 / 株式会社アークエッジ・スペース
インタビュアー:有竹亮介(verb)
撮影:宮本七生
提供:株式会社ローンディール
https://loandeal.jp/

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