中外製薬、初のレンタル移籍者が会社の外で挑戦して得たものとは?
抱えていた不安を払しょくするために選んだ、期間限定の挑戦
―まず、レンタル移籍に参加した理由をお聞かせください。
石部:自分から手をあげて応募しました。今の部署で面白い仕事をしている実感はありましたが、当然うまくいくことばかりではなく、不安になることもあって。そんなときにレンタル移籍の募集開始を聞き、「ベンチャーを経験したら何か見えてくるかもしれない」と思い、社内の尊敬する先輩たちに相談してみました。そしたら「合っていると思うよ」と言われたので、思いきって応募してみました。
村田:僕は、所属部署の上長から「このプロジェクトに興味ない?」と声をかけられたのがきっかけです。レンタル移籍が社内で始まったのは知っていて、面白そうとは思っていましたが、踏み出せないでいました。そんなところに話が来たので「それならば!」と悩まず参加を決めましたね。
―ベンチャー企業ではどんなことに取り組みましたか?
石部:トラベルドクター株式会社という、病気療養中の方の旅行をサポートする会社に移籍しました。正社員は3名だけで、みなさん医療従事者の方でした。お客様との旅行に同行もしましたし、一方で、「組織を今後どうするか?」「どのように資金を調達するか?」などまさに「経営」を一緒に考えたりもしました。
本当に何でもやりましたね。代表の伊藤さんと動いたり考えることが多かったこともあり、「僕の身体の半分くらいは石部さんだ」と言っていただいて。本当の社員のように、右腕を超えた存在になれたようで嬉しかったです(笑)。
村田:自分は「まごチャンネル」という、お孫さんの動画や写真をスマホからご実家のテレビへ送れるサービスを展開している株式会社チカクに移籍し、主に新規サービス企画と既存ビジネスのカスタマーリレーションに関わりました。
新規サービス企画においては、ターゲット調査や協業先との契約回りや協業先から委託された業務内容の整理と実際の運用フローの整備、FAQの作成など、また、to Bのビジネス企画にも携わりました。それからプロダクトチームが開発したアプリやデバイスのテストにも関わりました。
「自分がやるしかない」という環境下で得られた新たな視点
ーお二人とも幅広く様々なことに取り組まれたんですね。石部さんはまさに「組織経営」に携わる機会だったと思います。苦労もあったのではないでしょうか。
石部:そうですね。「トラベルドクターは、何をどこまでやるべきなのか?」ということにひたすら向き合っていました。
たとえば、お客さまである病気療養中のご家族の方からは、「どれだけ生きられるかわからないので、本人をどうしても旅行に連れていきたい」という要望がありました。
お受けしたい一方で色々なリスクもあり、「トラベルドクターで責任を持ってお受けしてよいのか?」など、答えのない問いに向き合うことも多かったですね。「自分はここまでやってあげたい!」「企業としてはリスクではないか」といった議論を日々重ねました。
ーこれまで石部さんが経験した意思決定プロセスとはどう違ったのですか?
石部:ぶつかり合いながら日々議論することがまさにそうですが、これまでとは全く違う意思決定プロセスを経験しました。「事前にやることやゴールを決めてロジカルに進行していく」という形とは反対で、徐々に合意が形成されるプロセスでした。内容によっては1ヶ月かけて議論したとしても何も進まず、モヤモヤすることもありました。でもそれが結果として良かったんですよね。
というのも、僕の最終出社日に、トラベルドクターの理念を言語化した「フィロソフィー」が出来上がったのですが、それを見たときに「ああ、これは1年かけて様々な議論をして、初めて出来上がったものだな」という実感がすごくあったんです。
喧嘩に近い議論もしましたが、対話を通じてメンバー間で「トラベルドクターはどう在りたいのか」という考えが磨かれ、結果としてみんなが納得できる「トラベルドクターの理念」にたどり着くことができました。「ロジカルに進めていくだけが方法じゃないんだな」と、新鮮でした。
また、「事業を続けるにはどうしたらよいのか」という視点で考え続けた期間でもありました。この視点で考えることはいままでありませんでした。事業が続いていくことが当たり前だと思っていましたから。でも、ベンチャーはそうではなかった。「来年事業を続けるためにどうするか」という問いが常に目の前にあって、そのために「誰かがやってくれる」じゃなくて自分自身が提案したり、時に決断もしなければならない。初めての経験でした。
積極的に周囲に発信できるようになった
ー村田さんは、サービス企画に幅広く携わったということですが、これまでの業務とはどのような違いを感じましたか。
村田:まず仕事の進め方がこれまで自分が経験したものとは違い、最初はスピードについていくのがとても大変でした。資料を作るにしても、これまでは1週間くらいかけてじっくり作り込むのが当たり前だったのですが「30%でもいいからその日中に見せること」が求められました。そうした環境に大きなカルチャーショックを受けました。
また、日を重ねる中で実感したのは、期待値をすり合わせることの大切さです。「30%でもいいから」と言っても何でもいいわけではなく、依頼者との前提の期待値が合っているからこそ成り立つ話です。なので、周囲とコミュニケーションを細かく取り続けることが重要でした。ただ、頭では分かっていてもなかなか体が動かない、ということが長く続きました。
ーとある協業案件では、チカクメンバーから「村田さんがいないと成り立たなかった」という声もあったと伺いました。カルチャーショックを受けた状態から、動けるようになるまで色々あったのではないかと思います。村田さんのなかで何かが変わった瞬間があったのでしょうか。
村田:移籍最後の3ヶ月で、協業案件実務がいろいろと重なっていて、「考えている暇はない、やるしかない!」と吹っ切れたのだと思います。レンタル移籍には、お1人メンターの方が伴走してくださるのですが、担当メンターの酒井拓さん(酒井さんはロボットベンチャー・ユニロボット株式会社の代表者)からも「気づいているなら自分から動かないと。少ない人数で運営するベンチャーだからこそ、担当範囲が終わったら放置ではなく、全体を見てその後の進捗も気にかけて、その後どうなったかを追っていく。そうした意識を持つことが業務に携わるうえでの責任」と言われました。そこから一層、自分で動くことを意識するようになりました。
正直、ベンチャーに行く前は待ちの姿勢でいることが多かったのだと思います。移籍中の経験を通じて、動くことの大切さを体感し、今、中外製薬に戻って約1ヶ月ですが、自分から「これ教えて」「こういうことをやっていきましょう」など積極的に周囲に対し働きかけることができるようになったと実感しています。
自分の動き方が変わったのは、大きな変化だったと思います。「村田さん、帰ってきて変わったと聞いたよ!」と言われることもあります(笑)。変化を求めて移籍に参加したので、周りに伝わるくらい変化したのは良かったと思いますね。
大企業人材は、ベンチャーでも貢献できる
ー「ベンチャーに移籍してこそ」の経験として、他に印象深いものはありましたか?
村田:「本当に優先してやるべきこと」を常に考える、見極める必要があることを学びました。その観点も、これまでは意識しきれていなかったことでした。たとえば、チカクでは一度「これをやろう」と決めたことでも、翌日に「本当に必要か?」という疑問が出てきたらしっかり議論をします。優先度や目的を言語化しないと、時間を割いて取り組む価値が曖昧になるし、他のメンバーからも「それって本当にいる?」と指摘されてしまいます。
目の前の仕事に没頭していると、どうしても"HOW(どのようにやるか)”から考えることが多くなってしまいます。でも本来は、組織の大小にかかわらず、優先度を考えて業務をすることが大事。まず大切なのはWHY(なぜやるのか)ということ。そうした当たり前のことに気づかせてもらったと思っています。
石部:僕は「大企業人材は、ベンチャーでもすごく貢献できることがある」と知れたのも印象的でした。多分、大企業の人って自分の経験やスキルの価値に気付いていないと思うんですが、大企業で当たり前にやっている仕事のプロセスは結構磨き込まれているんだなと。
たとえば、これまでのビジネスマネジメントの経験を活かして、「こういう仕組みやツールがあったらいいと思う」という提案ができ、実際に仕組みを変えてみなさんにも喜んでもらえました。そこはすごく貢献できましたし、自信になりましたね。
ー新しい環境の中で、「自分自身」についても新しい気づきはありましたか?
石部:移籍が終わる頃、トラベルドクターのメンバーに「この期間は、僕にとって自分を再発見できた旅でした」と話しました。これは自分の中でもとても腑に落ちている表現なんです。
これまではあまり業務の中で“自分の想い”みたいなことを考えることはなかったのですが、トラベルドクターでメンバーが個々の想いを共有し、理想を築き上げていくプロセスを経験したことで、自分の想いがどこにあるのか、考えるいいきっかけになりました。
自分のことって、意外と気づかないですよね。全然違う場所で、違う経験をしたからこそできたので、この経験に感謝しています。
今、担当している生成AIのプロジェクトを進める際にも、対話をしながらメンバーの想いを引き出していくようなことができたらと考えています。ちょうど「僕らの仕事の意義とは」を言語化しているタイミングなので、この機を活かしてチームで考えていきたいですね。
村田:チカクに移籍して、「僕はこれまで周囲の視線や評価を気にして生きてきたんだな」と気づかされました。振り返ると「失敗できない」という想いから、躊躇して一歩踏み込めないことがよくあったんです。
チカクに移籍した当初、「村田さんだからできること、貢献できることは必ずあるはずだから、それを少しでもやって欲しい」と言われました。その時は「そうは言っても、まずは評価される成果を出さないと…」と思っていましたが、移籍当初に伝えられた視点を意識していくことで、徐々に「自分の評価がどうか」よりも、「組織で自分のできることをどのようにアウトプットするか」に意識がむくようになりました。
冒頭に述べたように、自分がやらなければならない状況になったことが大きかったですが、それに加え、「これまで気にしていた周囲の評価なんて、気にしたところで自分でコントロールできないし、大したことないな」と思うようになりました。それも自分から動けるようになった理由の1つかもしれません。
外の世界から自社を見ることで、仕事の意味や価値を認識できる
ーレンタル移籍を通じて得た知見や経験、また「新しい自分」との出会いを経て、お二人が一層パワーアップされたのだなと感じます。今後中外製薬で取り組みたいことはありますか。
村田:大きな気づきの1つだった、「本当に必要か?」という優先順位を考えて取り組むことを、自分の中でも意識しつつ周りにも伝えていけたらと思います。その上で「優先度が高くないね」とわかったら、「とりあえずやってみる」よりも「積極的にやめる」ことも必要だと思うんですよね。
もちろん、とりあえずやる、が大切な局面もありますが、すべてがそうではないと思うので、そういった考え方もあると伝えていけたらと思います。
石部:僕は「自分が今の姿勢をいつまで保てるか」もひとつの挑戦だと思っています。戻ってきて3ヶ月ですが、レンタル移籍を通じて気づいた「自分にとって大切なこと」や、今持っている自分の想いを貫き続けていきたいですね。
村田:僕もそれは同じです。
石部:想いを貫き続けていくということは、移籍前のモヤモヤとはまた違うモヤモヤが生まれそうですが、モヤモヤに向き合い続けることが大事だというのが、これまでと違う点ですね。
ー最後に、レンタル移籍に挑戦してみたい、会社外でも挑戦してみたいと考えている方にメッセージをお願いします。
石部:外の世界を見た方が良いと思います。大きな組織だとどうしても、目の前の仕事と世の中の距離が遠くなってしまいがち。特に製薬業界は5年10年かけて製品が社会に出るので、自分の関わった仕事の実感が得にくいこともあると思います。
でも一度会社の外に出ることで、自分の仕事がどう世の中に影響しているのか、たとえば10年かけて創った薬が世の中にどう影響しているのかなど、改めて気付くことができるものがあると思います。
村田:チカクでカスタマーリレーションの仕事もしましたが、お客様からの声を直接聞くことで、「製品の価値に共感していただけた方が、製品をご購入くださるんだな」と改めて実感しました。お客様との距離を縮められると、より自分たちの仕事の意味や価値を認識できるし、まさに“WHY”を考える機会にも繋がると思うんですよね。そういうタッチポイントを増やしていく重要性も、今回の経験で気づけました。
石部:レンタル移籍は、特に社歴が長い人におすすめしたいですね。僕と村田さんも十数年 、中外製薬で働いていますが、社歴が長い方が外を見た時に感じる差分がより明確なんじゃないかなと。
期限も限られていますし、このような経験ができるのはとても貴重だと思いますね。
村田:少しでも興味を持ったなら、まずは一歩踏み出していただければと思います。違う環境で挑戦してみたい、自分の中に変化を起こしたいなど、何かしら望むものがあるなら、ぜひ積極的に手を挙げて欲しいですね。他社では50代でレンタル移籍にチャレンジされている方もいました。年齢や経験も関係ないと思うので、ぜひ興味を持った方が会社の外の世界に挑戦してほしいなと思います。
Fin
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