「大企業人材を外に送り出した役員のホンネ」
チャレンジできる環境だった
【細野:モデレーター】これまでのキャリアを振り返っていただいて、どのような遠心力と求心力が会社にあったのか、まずはみなさまご自身の経験をお話しいただけますか。
【伊藤】私は文系の大学を出て製造業に入ったので、最初はどのようにキャリアを築けば良いかわからない状況でした。そんな中で、「5年先はああいう人になりたい」って、ロールモデルを見つけられたことが、求心力になってたように思います。
遠心力でいうと、40歳で課長をしていた時、イタリアの会社に派遣されました。3000人ぐらいの規模だったんですが日本人出向者はたった1人。まさにレンタル移籍者と同じような状況ですね(笑)。発展途上だったデンソーは、海外に出て行って事業を成長させていましたので、その一端を担うことになりました。ミッションから自分で考えて動かなければいけないという、これまでのスキルが生かせない中で、良い経験をさせてもらったことが大きかったと思います。
【辻中】入社してからの小野薬品を振り返ると、極めて保守的だったと思います。ただ、当時の研究開発部門が非常にユニークな商品を世に出していたんですね。新しい治療のあり方を啓発していく仕事で、皆で知恵を出し合いながら、やりがいを持って取り組んでいました。そういう働き方がとても楽しくて、求心力になっていたんじゃないかなと。
その後、会社が新しい領域に手を広げることになって、新たな知を求めて、キャリア採用をどんどん増やしていった時期がありました。そうした中で、私自身は、同じ価値観を持った仲間と共に成長したい、会社のミッションに共感する仲間と成功したい、そんな思いがあったのですが、一緒に汗をかける仲間と、一方で、残念ながら去っていく選択をした人たちがいて。それを乗り越えて今があるのかなと思います。
【林】求心力という点では、入社当時から権限をかなり任されたことが大きかったんじゃないかなと思います。何社か担当を任されて、悪い言い方をすると丸投げです(笑)。ポンと渡されて「これをやっておいて」と言われても何もわからないので必死になって勉強しなければいけないわけで。
最初は大変ですけど、自分自身で意思決定できたり、事業の進め方に関する権限を握っているので、大失敗もありましたけど、どんどんやればある程度成果も出ます。今思い出すと上司の手のひらで転がされていただけだったかもしれませんけど(笑)、そうやって、任せられてるっていうことがモチベーションアップに繋がっていたかなと思ってます。
ちなみに、約30年間NECに所属していますけど、転職しようと思ったことは一度もありません。勇気がないだけかもしれませんが。ただ、他の事業部門への異動は自分から希望を出していましたね。おかげさまで6部門ぐらいを経験することができまして、これが私にとっての遠心力だったように思います。
外に目を向けていかなければ
【細野】面白いですね。企業の成長フェーズに合わせていろんな経験をされていらっしゃる。今なぜ、皆さんの会社でレンタル移籍のような遠心力を働かせる取り組みをされているのか、背景を教えていただければ。
【伊藤】もちろんすべてではないですが、大体の社員が自分の成長と会社の成長がシンクロしていたというのが今までの時代だったかなと。それは成長産業に身を置けたからだと思います。日本だけじゃなくて海外にも成長の機会があって、当時は生産、開発、マネージメント、いろんなところで自分を試せる場があったんじゃないでしょうか。
これからは100年に一度の自動車産業の変革期で、今までの延長線上ではないイノベーションを起こしていく必要があるわけです。ですので、もっと外に目を向けて、新しいビジネスパートナーと新しい技術を生み出していかなければなりません。当然、遠心力が必要になってきます。
【林】ベンチャーに行くことで、今の社会に対応したスピード感と、オーナーシップ力が身につくんじゃないかと。普通の企業の中にいると、環境上それを育成することが難しいので。大きな組織になるとどうしても機能分担されていって、それはそれで必要なことなんですけど、社長並みのオーナーシップを持って自分が何でもやる、自分が意思決定しなきゃいけないっていう感覚を見つけることが、これからの時代、大事になってきますよね。
【辻中】新たな手をどんどん打たなければいけないということは皆わかっているので、自分の想像力の及ぶ範囲においてはチャレンジしてくれるんです。しかし、その外へ踏み出す勇気が持てていないように思います。それではやはり機能別組織の中で、全体を俯瞰して見るような目が養われていないのではないかなと。
そんなときにレンタル移籍を紹介していただいて。「自分は研究だから、販売部門だから」、そんな言い訳ができないところに身を置いて、覚醒してもらえたらと考えました。先ほど登壇してくれた大内さんも、こんな言い方は失礼かもしれないですが「本当にベンチャーで通用するのだろうか」と(笑)。それが、本当にたくましくなって帰ってきてくれて。他の社員も移籍中ですけど、皆それぞれ、求心力を持った社員として活躍してもらえたらなと思っています。
躊躇なく手を挙げてもらえる環境を
【細野】会場から質問が来ています。「遠心力を働かせるべき人材はどうやって社内で発掘していくのでしょうか」ということですけれども。辻中さんいかがでしょうか。
【辻中】既に頭角を現しているような人に白羽の矢を立てるという方法もありますが、新規事業においては違うように思います。社内の新規事業を見ていると、これまで目立った活躍をしていなかったような人がすごく覚醒していく様を目の当たりにしてきました。やっぱり顧客を見つけてニーズを探りに行くようなことを繰り返すことによって、自分のWILLみたいなものが見つかってくるんでしょうね。段々と覚醒してきて、すごく魂のこもったプレゼンができるようになったりするわけです。
ですので、見つけにいくというよりも、むしろ“等しく機会を与える”ことが必要なんじゃないかと考えています。ただ、手を挙げることに躊躇する人が多いのも事実。余計な仕事に携わることによってチームに迷惑がかかるんじゃないかと。なので「そんなことは心配するな。穴は会社の責任で埋めますよ」と。「躊躇なく手を挙げてください」って、会社側がちゃんと発信して、そうした成功例をどれだけ共有できるかが大事なんじゃないかと思います。
【林】辻中さんがおっしゃったように、今抱えてる仕事の状況を心配したり、家庭の状況とかもあって難しいという方もいます。だからこそ何よりも大事なことは上司の理解なんですよね。上司がそれを許容するかどうか。上司が理解して背中を押す環境にあるかどうか。極論、それだけだと思っています。
成長できるよう、背中を押したい
【細野】レンタル移籍も、上司の方によって移籍者の活躍が変わってくるので、上司の存在がとても大事だと我々も思ってます。一方で、背中を押しすぎて、遠心力が働きすぎると優秀な人材が辞めちゃうんじゃないかという懸念を持つのでは。
【辻中】ベンチャーというまったく見知らぬところでもがき苦しんで稼いだとか、顧客に評価をいただいたとか、そうやって周りから頼りにされることで、もっとやりたいという、次に進むバイタリティーを得ているのが見て取れました。
私どもはレンタル移籍を始めて1年目ですので、帰ってきてどうかというところはこれからですけれども、彼らが中心となってプロジェクトを進めていけるような成長の機会をつくれたら。そして、彼らの存在が社内の求心力となって周囲の社員の成長に繋がっていく、そんなサイクルができればと考えています。
【細野】なるほど。エネルギーを持った人の存在が求心力になっていくと。
【伊藤】ミッションが高い目標であればあるほど、その目標を達成するために、積極的に外に出ていろんなことを勉強したり、人と会ったりということが必要になってくるわけです。そうやって外で得たことを生かして、周りを巻き込んで、会社のミッションを達成していく。そこまでを後押ししてあげるのがいいんじゃないでしょうか。
それから社員の立場に立つと、やっぱり選択肢が多いこともすごく大事です。デンソーの場合、いろんな海外拠点がたくさんありますので積極的に派遣したりとか、全く異業種に派遣するとか。自分を磨く選択肢がたくさんあると、求心力になるんじゃないかなと思いますね。
【林】若い社員が以前、「仕事のモチベーションがあがった」というので、理由を聞いたら、本社ビルのトイレがウォシュレットに変わったからだって言うんです(笑)。求心力になるポイントって本当に人それぞれですし、一律的な人事施策ですべての人を救うことはできないと思ってます。なので社員それぞれにとっての求心力は何かっていうことを、極力わかってあげることも大事かなと思ってます。
そして最大の求心力は、会社が仮になくなったとしても、「あなたは行くところがありません」ではなくて、違う会社に行っても働ける社員を育てること。それが何よりも大事なんじゃないかと思います。
【細野】改めて、本人が本当に成長できる機会であれば背中を押す。この遠心力こそが、求心力に繋がっているのだと、みなさんの実体験から感じられました。ありがとうございました。
Fin
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