「“もうひとつの”まごチャンネルの物語」パナソニック 大西正朗さん -後編-
前回に続き、パナソニックの大西正朗(おおにし・まさあき)さんの、レンタル移籍のストーリーをお届けしていきます。前編では、保守的な性格ゆえに行動できないでいた過去のお話、そんな自分を変えようとレンタル移籍に挑んだお話をご紹介しました。
後半では、移籍によって、大西さんがどのように変化したのか? なぜ、挑戦することに抵抗がなくなったのか……。その軌跡に迫ります。
→ 前編はこちら
—”行動する大西”のはじまり
能動的に動き続け、サービス理解が進んだ大西に、チカク共同創業者の佐藤からある提案があった。それは、「新規事業をやりたいなら、フォトブックをやりませんか?」というもの。
もともとチカクでは、既存ユーザー向けサービスのひとつとして、子どもの写真をアルバムにするという「フォトブックサービス」の構想を持っていた。そのため、スマホなどに大量に保存されている子どもの写真から、ベストだと思われる写真をピックアップするという、AIの仕組みをも開発。
しかし、そこで止まっていた。
それを大西が事業化するという話である。
大西にとって、それはチャンスだった。
プロダクト開発だけではなく、サービスの一部に携わるのでもなく、企画からローンチまで、ワンストップで行える人間になりたいと思っていたからだ。また、大西自身も、子どものためにフォトアルバムを作りたいという思いが重なったため、フォトブックというサービスそのものにも魅力を感じる。
「やってみます!」
こうして大西は、フォトブックサービスに没頭していくことになる。
いつの間にか、保守的な大西から”行動する大西”への変化が始まっていた。
—このままだと今までと同じ…
フォトブックの”唯一の担当者”として、大西は、まずは市場にあるサービスの調査から始めることにした。
他社のサービスを利用して比較したり、フォトブック化してくれるメーカーと接触し、プロダクトに関して様々なアイデアを出した。
「どんなプロダクトがいいのか?」
大西はひたすらそれを追求し、新たなプロダクトのイメージが湧くとワクワクした。
しかし、“プロダクト”ばかりを見ている大西に、代表の梶原から、ちょっと待った! が入る。「今、一番不安なことは何? それはユーザーがお金を払ってこのサービスを使ってもらえるかということだよね。だったらユーザーに聞かないと…」
大西は、その指摘にハッとした。
ユーザーファーストの視点を忘れ、「いいものを作ろう。品質を良くしよう」と、ハード優先の考え方で進めてしまっていた。もともと大西は、プロダクト寄りの発想になってしまうきらいがある。
「この思考を変えるために新規事業をやっているのに、このままだと今までと変わらない…」焦った大西は、ここでようやくユーザーに向き合うようになった。
もともと、立てていた仮説は、「忙しくて子どもの写真整理ができない、というニーズがあるんじゃないか。いい写真をピックアップして一冊にまとめてあげたら喜んでもらえるんじゃないか」というもの。
まずは、それら仮説をユーザーに当ててみようということになり、「フォトアルバム」という商品名で、トライアル版として値付けをし、「まごチャンネル」利用者が登録しているLINE@で購入を呼びかけることにした。
すると…。
呼びかけて5分もしないうちに、想定を超える反応があった。
予想を上回る購入者数だ。
フォトアルバムのイメージ。のちに作成した告知チラシの一部
—ユーザーの愛に触れて
購入希望者が集まると、大西は、ユーザー一人ひとりとコンタクトを取り、フォトブックを届けるところまで、ほとんど一人でディレクションした。そして、梶原のアドバイス通り、購入者の中から数名にヒアリングをすることにした。
多くの反応があったことは嬉しいが、まだまだ試作段階。
事業化まで持っていかなければいけない。
数人からヒアリングができることになった大西は、ヒアリング項目を決め、ユーザーに会いに行ったり、電話をするなど、”とりあえず”始めようとしていた。
しかし再び、梶原から「ちょっと待った」が入る。それは「全員に同じことを聞いても仕方ない。1人目の気づきをピボットさせて、次の人にぶつけないと深まらない。常に学びの最大化を考えたほうがいい」というアドバイスだった。
大西は、自分の甘さに落ち込みつつ、ヒアリングを徹底することに努めた。結果、改良すべき点が見えてきた。
たとえば、両親にプレゼントするならもっと豪華にしたいという声や、それぞれの両親と自分の保管用に数冊セットで欲しいという要望など。
しかしそれ以上に、大西はヒアリングを通じて、ユーザーの愛に触れた。皆、「まごチャンネル」に強い思い入れがあるファンだった。
前のめりで協力してくれ、話を聞かせてくれた。そして大西は、こんなにも多くの人を夢中にさせる「まごチャンネル」に改めて感銘を受けた。
—全員にモテようとしている自分
移籍して半年が過ぎた4月。
大西は「母の日キャンペーン」「父の日キャンペーン」を行うことを決め、再び、改良したフォトブックサービスをユーザーに当ててみることにした。
このキャンペーンは自ら設定したもの。
”ここで出す”と決めてしまうことで、逆算して動ける、という理由もあった。
キャンペーンに合わせて、ユーザーから出たリクエストでもある、豪華に見せるハードカバー仕様に対応するなど、ラインナップも増やしていた。それは「ネガティブな意見を改善したら購入率が増える」と考えたからだ。
結果……、
前回同様、多くの反応を得られた。
———しかし。
事業化できるレベルまではまだ持っていけていない。
継続利用までサービスを持っていかないと、事業として成立せず、ローンチできない。
「あとはどんな改善をしたら…」
大西は悩んだ。
そんな大西に、再び、梶原からアドバイスがあった。
「大西さん、全員にモテようとしていませんか? とにかくコアユーザーを幸せにすることを考えないといけない」
確かにそうだった。まずはコアユーザーに満足してもらわないと継続してもらえない。大西は、ユーザーヒアリングなどで得た“コアな価値”に向き合うことになった。
母の日キャンペーン用に作ったメッセージカード
—ローンチできない悔しさの中で
各種キャンペーンを経て、大西はまた前進した。
しかし、移籍終了まで残り3ヶ月後。もうすぐ、挑戦のリミットが来てしまう。
そこで大西は、ある決意をする。
それは”検証の期限を決める”ということ。
これは、メンターの笹原からのアドバイスでもあった。
「挑戦できる期限は決まっている。不確実な中で、ただ進めていくだけじゃなくて、マイルストーンを決めて、検証の期限を設けたほうがいい」
ということだった。
そして、「移籍が終了する2ヶ月前の7月末を、検証の期限としよう。ここの時点で、ローンチできるまでの成果を出そう」、と決めた。
そのためにはコアユーザーに定期利用してもらうことが不可欠。
それが見えたら事業化の可能性が出てくる。
また、どれくらいの利益があったら、会社としてゴーが出せるのか。佐藤や梶原と相談しながら、大西は目標数値を出した。
「7月末時点でなんとか達成したい」
大西は目標達成に向けて、加速させていった。
———期限の7月末がやってきた。
しかし、利益が出るよう、チューニングも行ったりしたが、惜しいラインまではいったものの、結果、目標には達成しなかった。
目標を達成できなかったことに加え、新規ユーザー獲得増に注力する必要もあったため、工数などの関係で、いずれにしても、ローンチは見送りとなった。
この1年間、一生ものの経験をさせてもらったと思っている。
保守的な性格から、行動できる人間にもなれた。
代表の梶原、佐藤を始めとするチカクのメンバー、そしてメンター笹原からの学びも大きい。
ただ、チカクのメンバーに支えられながら、自分なりに精一杯取り組んだサービスがローンチできなかったことは、心から悔しい。
フォトブックサービスは、今もチカクの既存メンバーが引き継いで検証しているものの、大西の中で、悔しさとして強く残っている……。
大西を最も近く見ていた佐藤は、のちにこう語った。
「彼が担っていたのは社内でも極めて困難なミッションでした。それは答えがあるかどうかもわからない類のもの。商品の企画から技術的要素までを、すべてビジネスとしてまとめ上げる必要があるものの、どこかで事業としての破綻が見つかり袋小路に陥っても不思議ではないという見通しでした。
そんな中で、彼をアサインしたのは、移籍初期において、彼が早々に柔軟な変化を見せていたためです。本人は自身について凡庸だという主観を持っているようですが、我々から見れば彼は非常にスタートアップ的でした。自らを変える力を持っていましたから。
結果的に、彼はプロジェクトに目覚ましい進展をもたらしました。今も彼の後任が事業を進めていますし、その土台はほとんど彼が作ったものです。その功績は疑う余地のないものですが、本人は移籍期間内のローンチにこだわっていたので非常に悔しさを感じているようでした」と。
そして、その悔しさこそが、パナソニックに戻ってから、大西を大きく動かすことになる。
チカクのメンバーとの1枚
—パナソニックに戻ってきて。
新しいことへの挑戦に抵抗がなくなった
2019年10月。
大西は1年前と同じ部門に戻ってきた。
ここを離れる前から、新規事業に向けた動きはあったものの、よりそれが求められる環境になっていた。
大西は、「チカクで学んだ事業開発を活かしたい」と強く思った。
一方、“ベンチャーかぶれ”と思われるのでは…、という恐怖もあった。
しかし、アクションを起こさないと何も生まれないことを経験した大西は、意を決して、ある提案をする。それは、チカクでも取り入れていたOKR(※)を活用して、出口探索を行う、ということだった。
※OKRとは、「Objectives and Key Results」の略。組織やチームでの、達成すべき目標と目標達成のための主要な成果を決める目標管理方法のひとつ。企業・チーム・個人のゴールを紐付けることで、タスクや優先順位が明確化できるのが特徴と言われている。グローバル企業が次々と導入していることから注目を集め、日本でも導入が進んでいる。
「まずはお客さんの声を聞かないとわからない。何も始まらない」
身をもって経験した大西のエピソードは、上司にも、チームメンバーにも響いた。
上司は、自らも共に動くことで、積極的になった大西を応援してくれた。
チームメンバーも、もともと「何か動かなければ…」と課題感を持っていたこともあり、一丸となって動いてくれた。
大西は、気づけば、新しいことへの挑戦に抵抗がないどころか、自ら挑戦する力が身についていた。
—エピローグ
2019年12月。
移籍を終えてもうすぐ3ヶ月が経つ。
大西は、パナソニックが主催の「留職シンポジウム」という、レンタル移籍者による報告会で、この1年間のストーリーを話していた。
→ シンポジウムの登壇記事はこちら
発表を終えた大西に、いろんな人からリアクションがある。「自分はこんな活動をしている」「こんな課題を持っている」など、新たなつながりができたり、「その経験を自分のところでも話してほしい」という講演の話をもらったりした。
発信するとつながることを実感しつつ、大企業ならではのネットワークのありがたさも改めて感じたりもした。
「このネットワークをもっと活かそう」
上司の川上(左)と共に登壇する場面も。中央が大西
* * *
2019年12月。
チカクから新たなプロダクトが発売された。
セコムと共同で生み出した、新たな見守りサービス「まごチャンネル with SECOM」である。
大西は両親のために、購入した。
「今回も、喜んでくれるかな…」
両親の笑っている姿を想像する。
そして同時に、
「『まごチャンネル』のように、自分も誰かを喜ばせるサービスをつくりたい」
そんな未来も想像していた。
———きっと大丈夫。
想像では終わらない。
だってもう、大西正朗は変わったのだから。
Fin
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・部下がベンチャーから戻ってきた。その時、上司は?
【レンタル移籍とは?】
大手企業の社員が、一定期間ベンチャー企業で事業開発などの取り組みを行う、株式会社ローンディールが提供するプログラム。ベンチャー企業の現場で新しい価値を創りだす実践的な経験を通じて、イノベーションを起こせる人材・組織に変革を起こせる次世代リーダーを育成することを目的に行われている。2016年のサービス開始以降、計32社78名以上のレンタル移籍が行なわれている(※2020年1月実績)。→詳しくはこちら
協力:パナソニック / 株式会社チカク
Storyteller:小林こず恵
提供:株式会社ローンディール
https://loandeal.jp/