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日本郵便人事担当者に聞く。伝統企業の人事課題と、最適な越境学習の組み合わせ

成熟した大手企業ほど、内向きの圧力が働き、変革を担うリーダーが育ちにくいと言われる。そのような状況を打破するために注目を集めているのが「越境学習」だ。本講演では、人事施策にレンタル移籍を含む「越境学習」を導入している日本郵便の松本祐美子氏と、レンタル移籍事業を手掛けるローンディールの原田未来氏が登壇。伝統企業に起こる人事課題と、それを解決するため、どのように越境学習を行えばいいのかを議論した。

・松本 祐美子氏(日本郵便株式会社 人事部人材育成室 専門役)
・原田 未来氏(株式会社ローンディール 代表取締役社長)

※ 本記事は、日本の人事部「HRカンファレンス2023-春-」開催レポートより転載しております

成熟した大手企業に見られる「人材」と「組織」の課題とは


ローンディールは「日本的な人材の流動化を創出する」をミッションとし、企業間レンタル移籍プラットフォーム「LoanDEAL」を軸に事業を展開している企業だ。2015年創業、2016年には日本の人事部「HRアワード」優秀賞も受賞している。

レンタル移籍のほか、越境・挑戦に関するメディア「& ローンディール」の運営、個人向けのプロジェクト支援プログラム「4th place lab」なども手掛ける。

レンタル移籍は大手企業を中心に、イノベーション人材やリーダー育成への効果などを期待する企業によって利用されている。半年から1年程度、社員がベンチャー企業へ出向のような形で移籍し、事業の立ち上げなどを経験。自社に戻った際には、その経験を活かして活躍してもらうという取り組みだ。2023年5月時点で70社以上、累計260人以上が挑戦してきた。

また、3ヵ月間業務時間の20%だけベンチャー企業に越境する「サイドプロジェクト」、さらにライトな週1回1時間のオンライン研修「アウトサイト」の提供も開始。大企業とベンチャー企業をつなぐハブとなり、企業の組織変革を実現するための越境学習事業に尽力している。

講演ではまず原田氏が、成熟した大手企業における「人材」と「組織」の課題について語った。「事業や組織が成熟すると、どうしても組織内で細分化が起こります。その過程で、意思決定などの成長機会が減少していき、変革を担うリーダーが育たないという課題が生じています。

また、組織が大きくなるにつれて社内調整が増えるため、内向きの組織風土になっていく傾向もあります。すると同質化が進んで、多様性が減退。結果的にイノベーションが起こらない組織になってしまいます」

このような課題の解決策として、原田氏は「越境学習」を挙げる。では、どのような効果があるのだろうか。

「越境学習には、大きく四つのポイントがあります。一つ目は『アンラーニング』で、今ある前提や環境がリセットされること。二つ目は『アウトプット』で、環境を変えても発揮できる力に気づき、自分を相対化すること。三つ目は『インプット』で、自社では得られない機会を通じて新しいやりかたや考え方、視点を獲得すること。そして四つ目が、元の会社に戻り、異なる二つの組織が持つ知が『融合』することです」 

では、実際に越境学習を導入している企業では、その効果をどのように認識しているのか。ここからは、ローンディール社の越境学習を導入している日本郵便の松本祐美子氏が登壇し、トークセッションが行われた。

* * *

原田:まず、越境学習を導入した経緯からお聞かせいただけますか。

松本:私のキャリアは郵便局からスタートし、支社を経て、10年ほど前に本社に配属されました。本社に来て感じたのは、当社が「内向きの大手企業」だということです。人事部で人材育成に携わるうちに、社内だけでなく外を見たり、外部の人と共に働いたりする経験を、研修の中で実現できないかと考えるようになりました。

異業種交流の形での研修や、地域の課題解決をテーマにした企画プロジェクトなど、いろいろなことに取り組んでみましたが、組織への持ち帰りの観点では思ったような成果は得られませんでした。出向や人事異動などの方法もありますが、数年間もの時間がかかってしまいます。

より短期間で効果の高い経験ができないかと探していたところ、レンタル移籍を知りました。研修であって研修ではないこと、本気度の高さ、離職のリスクを限りなく低減するメンタリングの仕掛けがあることなどが決め手となり、導入することになりました。

期間によってニーズが異なる「越境学習」


原田:続いて、アウトサイト(週1回1時間オンラインの越境学習)を導入した経緯をお聞かせください。

松本:アウトサイトは2021年10月に導入しました。現在までに17名が参加しています。本社在籍時にレンタル移籍を導入し、その良さを実感した者が地方支社に赴任した際に支社単位で導入したものです。

その支社では、本社と現場の中間組織という立ち位置のため、外部の人材との交流が少なく、ともすれば本社の指示待ちになりがちという問題意識を持っていました。支社の社風や仕事の仕方の改革を目指してアウトサイトを導入。指示待ち、前例踏襲の課題解決から、自ら考え提案する仕事への意識付けの面で効果を上げていると聞いています。

原田:同じ企業内でも場所や環境によって、社員が外を見る機会に差が出てしまうことはよくあります。どのような職場環境でも、社員全員が外に目を向けることは必要なのでしょうか。

松本:必要だと思います。どの組織でも、世の中の変化をキャッチアップしていなければ、お客さまにどのように向き合えばいいのかがわからなくなります。

原田:サイドプロジェクト(3ヵ月20%の短期越境学習)の導入経緯もお聞かせいただけますか。

松本:最初はスモールスタートでトライアル的に導入しました。その理由は二つあります。一つ目は、投資と効果のバランス。レンタル移籍は、本社1,500人程度の人員の中から、毎年一人に取り組んでもらっていました。まとまった期間にしっかりと取り組み、自社に戻ってくることは、個人の経験値を上げる上でも、また会社組織にインパクトを与える上でも重要です。一方で、当然時間がかかるので、もう少しスピーディーに、また広範に実施できないかと考えました。

もう一つは、当社の方針や方向性とタイミングがマッチしたこと。当グループでは2022年度に、社員の成長に資する副業を認める「戦略的副業」制度を導入したのですが、社員たちは様子を見ている状況でした。サイドプロジェクトは事前のワークショップで自分自身のCANやWILLの棚卸しができ、社外体験の期間を通じて振り返りも行われるので、副業など社員のチャレンジに向けたステップとして活用できるのではないかとも考えました。また、人材育成の領域でも、これまでのような悉皆や指名の研修より、意欲のある人が手を挙げる公募型の研修機会を意識的に増やしており、そうした諸々の施策とタイミングがマッチしたことから、導入を決めました。

原田:ここで視聴者の方から、「会社としてやらなければならないことと、キャリア自律との関係性についてどうお考えですか」という質問をいただきました。いかがでしょうか。

松本:組織に属しているのなら、事業に貢献することを自身のミッションとしてしっかりと受け止めなければなりません。そのうえで、自身の職業人生をどう設計していきたいのか、これまで何をやってきて何ができるのかを認識しておくことは両立できると思います。

会社からの指示や人事配置には理由があります。その理由をしっかりと把握し、その経験すらも自分のスキルや経験値にしていけたらいいですね。

原田:では次に、越境学習について課題と感じていることがあれば、お聞かせいただけますか。

松本:レンタル移籍に関しては、1年に一人と限定し、指名制で行っていました。事前にレンタル移籍の意義を説明し、期間中にサポートする体制も整えていますが、当初はそのあとのフォローがうまくいきませんでした。レンタル移籍を終えて当社に戻ったとき、経験を具体的にどう生かすのか。どの部門に配置し、どのように活躍してもらうのかを明確にすることが大事です。

原田:公募制にしても社員がなかなか手を挙げないという話を、企業の方からよくうかがいます。どのように対応すればいいでしょうか。
松本:当社では、上司が消極的であるケースが見受けられます。越境体験に限らず、部下のチャレンジを応援する気持ちで後押ししてもらう土壌づくりが必要です。そこで、越境学習に限りませんが、経営を巻き込んでのコミットを意識しています。まず役員からのトップダウンで、各部門の部長クラスに対し、その意義や目的、メリットを伝える。そうやって土壌を整えたうえで公募するという、二段構成で取り組んでいます。

原田:上司の方々にとって、部下をレンタル移籍に出すことのメリットとは何でしょうか。

松本:戻ってきた後の意識やパフォーマンスの向上もありますが、越境から戻ってきた社員が外部で学んできた経験や考えを周囲に話すことで、職場の雰囲気や仕事のやり方に変化が表れることもあります。外から来た人に言われるより、同じ職場で一緒にやっている人から「外に行ってみたらこういう考え方でしたよ」と言われる方が受け取りやすいので、自然と上司の意識を変えることにもつながっているようです。

異業種交流や社内副業、出向も積極的に実施


原田:ローンディールが提供している越境学習以外で行っている取り組みがあれば、お聞かせください。

松本:先ほどお話しした「戦略的副業」として社外副業のほかに郵政グループ間での副業や、グループ間インターンシップ、いわゆる社内FA制度であるグループ間社内公募などを導入しています。
自社としては、例えばDXの社内人材育成プログラムを終えた社員にグループ内のデジタル系企業に研修として出向してもらうといった工夫や、社員の専門性を高められるような企業への出向なども行っています。

原田:越境を経験した方の変化を、どのようにご覧になっていますか。

松本:サイドプロジェクトやレンタル移籍の参加者には、大きく二つの傾向があります。一つは自分の現有スキルが相対化され、外部でも通用するとわかったことで、自信へとつながっていること。もう一つは、キャリアを真正面から考える機会となっていることです。

原田:社員の越境学習に取り組む際に、意識していることはありますか。

松本:一つは、上司をその施策のボトルネックにしないことです。管理職のミッションの一つは「人材育成」であり、成長や活躍を目指して自ら手を挙げる部下を応援しようと、メッセージを送っています。

また、社内的にハードルが高い施策は、他との連動性を打ち出すようにしています。どんなに魅力的な施策でも、単体では難しく見えてしまうことがあります。複数の面で効果があることが見えるように意識しています。
また、合意を得るために重要なこととして、安心感とワクワク感をバランスよく共存させることを意識しています。例えば、サイドプロジェクトで言えば、事前に自分自身を棚卸しするワークショップがある、一人ではなく仲間とチャレンジするという安心感。一方で、未知の領域にチャレンジできる、自分がどこまで行けるのかを試せる、大企業にいながらベンチャーでも働けるというワクワク感。このバランスをうまくとることが重要です。

原田:越境学習を経験する方が増えることで、どのような手応えを感じていますか。

松本:組織の新陳代謝が徐々に進んでいるように感じます。社員がチャレンジできる施策を行うことで、社員の受け止め方が変わってきたようです。「研修の仕掛けが変わってきた」「いろんなチャンスを用意してくれる会社になってきた」などと言われるようになり、実際にいろいろな想いを持った人の手が挙がることで、少しずつですが手ごたえを感じています。これからも効果的な越境学習、人材育成を実現していきたいですね。

原田:本日は貴重なお話をありがとうございました。

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