高校生のなりたい職業がたった3つだけ !?「大企業人材が地域の教育現場に飛び込んで見た景色」
ー探究学習の支援を通して、新たな視点を獲得
原田:「地域みらい留学」に参加した大工原さんに、ご自身がどんな経験をして、どんな気づきがあったのかを語っていただきましょう。まずは、手を挙げて参加した理由についてお伺いします。
大工原:私はNECで長年、教育機関の事業に関わってきました。接するお客様も教育関係の方々です。ですので「教育機関の中に自分が入って働く」という体験ができるのは新鮮だなと思い、このプログラムに手を挙げました。
6校ほど紹介いたいだいた中から飯野高校を選んだのですが、どこも魅力的ではあったのものの、飯野高校は特に探究学習に力を入れており、魅力的に思えました。自分も一緒になって伴走できるんじゃないかという期待感もありましたね。
また個人的な話なんですが、ずっと首都圏で暮らしていたので、首都圏を離れて地域に触れることも楽しそう。そんなことも考えていました。
原田:そうして宮崎県・飯野高校に赴いたわけですが、まずどんな印象を受けたのでしょうか。
大工原:プログラム参加にあたって飯野高校側から言われたのは、「中学生の志願者を増やす」「生徒の探究学習に伴奏する」「家庭内でのICTやICTを用いた教育をより充実させる」の3点。実際に赴任してみると、飯野高校があるえびの市(宮崎県)は霧島連峰が非常に雄大で、空気がきれいで食事がおいしく、温泉が豊富な場所という印象でした。
飯野高校は、梅北先生を中心に若くて感じのよい先生が多い。生徒さんも挨拶ができて、素直な良い子が多いと思いました。ただ、将来やりたいことを何人かに聞くと、「介護士」か「看護師」か「自衛官」という3つだったのは疑問でしたね。
原田:具体的にどのような活動をしたのか、お話いただけますか。
大工原:飯野高校での1年間で経験したことはたくさんありますが、その中から主だったもの3つをご紹介します。
ひとつめは探究学習の支援で、これは梅北先生にご指導していただきながら取り組みました。たとえば、地域のいちご農家の方と高校生が一緒に商品を作って、それを道の駅で売るというプロジェクトをやりましたが、こういうのってニュースなんかでよく見ますよね。
実際に中に入ってみると、高校生がかなりしっかりしているというか、優秀だという気づきがありました。私は陰で、普段NECでやっているようなプロジェクトマネジメントを伝えたりしていましたが、主体を高校生に渡しました。高校生たちは見事にプロジェクトマネジメントして、最終的にきちんと商品を売れるようになったんです。成長に伴走することができて、とても外にいては見えない光景でした。
2つめは「授業づくり」です。たとえば「society5.0とは何か」という授業をさせていただいたことがあります。私はNECの人間なので、「society5.0とはこういうこと」と言えるんですが、そもそも「働くことや生きることに、society5.0は何をもたらすのか」といった本質について話す機会はないんですね。そうした根本的な部分にフォーカスした内容にしたことで、私自身も改めて考えるいい機会になりました。
そして3つ目は宮崎県立都城商業高校が行っている「ことの葉プロジェクト」への参加です。「子どもたちのキャリアをこれから考えていく際に、大人としてどういう言葉を授けますか?」という内容の依頼を受けて、私は「大人ではなく自分を信じる!」という言葉を選びました。
教育って真理をついて話さないといけないんですね。私自身がこれまでふわっと捉えていた部分が実はこうだったんだ、というのを明確に感じることができた経験でした。
こうしたさまざまな活動を通して、飯野高校を取り巻く課題も見えてきました。まずは進路の問題です。冒頭でお話ししたように、将来は介護士、自衛官、看護師のどれかになりたいという子どもたちと仲良くなってくると「親には自衛隊と言っているけど本当は美容師になりたい」とか、「看護師をめざして看護学校に行くけど、本当はイラストレーターになりたい」とか。あるいは「介護士をめざしているけどアパレルをやりたい」と話してくれました。
決して夢をあきらめているというわけではなくて、「家計が苦しいからお金が稼げる仕事につきたい」という子どもたちも意外といて、これは衝撃を受けました。
ー子どもたちの未来のために、地域と連携
原田:高校生と触れる中で、地域のリアルな暮らしも見えてきたということですね。
大工原:生活面でも、都市部の高校生との大きな違いを感じました。市主催で「卒業生のおさがりの制服を利用する制度」があるんですが、これを利用している生徒も結構いるんです。
保護者の方々も本当は買ってあげたいんだけど、生活が厳しいからそういう制度を使っているという感じです。あとは、イラストレーターになりたい子がなくなく持っていたPS3を売ったとか、Adobeのクリエイティブクラウドが欲しいけど高くて買えないからフリーソフトで練習しているとか、週末に家族のために山菜採りに行っているとか。そういう話を聞いて、僕自身すごく衝撃を受けました。
こうした課題は高校の中でだけで活動していても解決できなくて、地域に出て行って解決する必要があります。そんな中で、私自身の中に「生徒たちが不自由なく暮らせて、自由な進路希望を持てるようにしたい」という思いが芽生えました。そのためには地域を知って企業と連携することが必要だと思い、地域における課題を調査しました。
そうしてわかった教育面での課題は、大きくいうと「クリエイティブな人材が少ない」「現状を教える人がいない」「地域の未来に夢がない」の3つ。地域の方に問題提起したところ、とても美味しい和牛を育てている「坂元農場」の坂元さんという方が「自分が地域のために協力する」と言ってくださいました。
そこで、えびの市の民間有力事業社3社でアライアンスを組み、道の駅の指定管理制度の入札にチャレンジすることにしたんです。道の駅の収益で地域商社を作り、利益の一部を飯野高校などに還元することで、子ども達の未来に夢を持たせてあげたい、という狙いでした。残念ながら入札で既設の事業者さんに敗退してしまいましたが、地域の事業者さんたちが初めて地域のために、自分たち民間の力でなんとかしようと思って取り組んだという意味で、爪痕が残せたんじゃないかなと思っています。
ー高校1年生を対象に、キャリア教育を変革
原田:他にも周囲を巻き込んだチャレンジをされていましたよね。
大工原:「子どもたちが知っている大人が自分の親や親戚くらいしかいない」ということも大きな問題だと考え、キャリア教育の見直しも行いました。
従来の「インターンシップ」に代えて、「ジョブシャドウイング」を導入したのですが、これは地域で活躍している社会人の方々に張り付いて、その人が働く意味とか生き様みたいなのを見てきなさい、というもの。25名程度の社会人に対して、75名の生徒が日替わりで実施しました。また、終了後には生徒によるレポーティングと共有会を行うことで、自身の対象者以外の働き方や生き方に対する学びを最大化しました。
宮崎県小林市のキャリア教育を担当している教員さんたちが集まる研修会への参加依頼もいただくなど、新しい形のキャリア教育の目を残せたのではないかなと思っています。
そんな中で、地域活動の集大成として携わらせていただいたのが、飯野高校のロジックモデル策定です。飯野高校は文科省から普通科改革事業のモデル校として指定されていますが、どうやって改革していくのかを、インプットからアウトプット、アウトカムまで梅北先生と一緒に考えて活動しました。こうした過程のなかで、「地域において高校が果たす役割とは?」「どんな人材を育てていくべき?」といった本質について考えることができ、深い学びがあったと思っています。
1年間の「大人の地域みらい留学」を終えた今も、参加前に揚げていた自分のWILL「世のため、人のため、困っている人たちのためにより良い世の中を作っていきたい」は、変わることはありません。でも、以前に比べてそうしたことを気軽に言えなくなってしまったな、というのが正直な感想です。
社会問題は複雑に絡み合っています。一例をあげると、ある中学校から入学志願者を増やしたいと依頼をいただいたのですが、そもそもバスがないとのこと。じゃあバスを増やしましょうというと「いやいやそんなことしたら鉄道会社が赤字になるからバスは出せない」となってしまうんです。
これまでNECの中で仕事していた自分は、「井の中の蛙になっていたんだ」と気づかされ、振り返ると少し恥ずかしく思います。社会課題に立ち向かっている人たちは、1人の力で変わられるとは思っていないけれど、それでも諦めたら淘汰されてしまうからと、歯を食いしばってやっています。
そんな中に自分が入れていただいたことで、「少しでも良くしたい、現状を変えたいという思いを持ち続けながら、皆でアクションを続けていきたい」と考えるようになりました。この気持ちをこれからも忘れずに働き続けたいです。
原田:1年間そばにいた梅北先生からひとことお話をいただけますか。
梅北:学校現場としては、企業の方が職場に入ってくるというのはこれまでありえない話でした。ですので我々も新鮮で、濃い1年だったなと思いますね。
学校の教員文化は企業の考え方とはまったく違うので、実際生徒を目の前にあれこれやってみるとうまくいかないことも多々あったと思いますが、「こういう考え方もあるのか」と、生徒も先生たちも学ばせてもらったと思っています。
特に、大工原さんには「物事をロジックにやる」というプロセスや課題解決の手法など、これまでの学校になかったものを持ち込んでいただき、感謝しています。
原田:最後に。「大人の地域みらい留学」プログラムの立ち上げに携わってくださった一般財団法人地域・教育魅力化プラットフォーム 理事・会長の水谷さんからもひとことお願いできたら。
水谷:今日の話を聞いて、想像以上に本質に深く触れるところまで入られたことにびっくりしたというか、少し震えるくらいの感じがありました。高校生たちが「親にはこう言っているけれど、本当は違うものになりたいんだ」と話してくれるような距離感にならないと、教育の本質には触れられないですよね。
いちご農園のプロジェクトについても、「高校生は経験や知識がないだけで、持っているエネルギーや開ける可能性がはるかに大きい」というのを感じられるだけの距離感になったというのも、すごいことです。たとえば大企業で「うちの事業部長より新人の方がはるかに上だよね」って言えないですよね(笑)。もしくは感じることがあまりないというか、そうではないと思っているところにバイアスがあると思います。
日本の教育界で職員室の壁というのは大きくて、普通の学校は教員免許がない人が職員室に入ることはないというのが現状です。そんな中で、大工原さんが本質のところまで踏み込んで「人間の可能性とか豊かさや美しさとは何なのか」という距離感まで入られたのは、ちょっと震えましたね。
原田:このような取り組みは、なかなか企業の短期的な売上にはつながりません。企業としてはどのように評価すべきでしょうか。
水谷:若者に選ばれる企業になる、ということではないでしょうか? 今回の取り組みを通じて、大工原さんはNECさんから機会をもらって、確実に人生が変わるような機会を提供してもらった。そういう機会を提供してくれる企業とそうではない企業、これからの若者はどちらを選ぶのかは明白です。人口減少が進んでいく中で、社員に機会を提供していくことの重要性はますます高まっていくと思います。
原田:大工原さん、最後に一言いただけますか。
大工原:改めて、貴重な機会をありがとうございました。この1年間で飯野高校や、えびの市、宮崎県などの方に教えてもらったことを胸に、日本の教育セクターから課題解決に少しでも役立てるように、今後はNECでの日々を送っていきたいなと思っています!
原田:これまで、大企業とベンチャー企業といった企業間での越境プログラムに取り組んできたローンディールにとって、今回の大工原さんの経験は質的に大きく異なるものでした。それは、企業ではなく「教育」という全く価値観やロジックの異なるセクターに越境したということです。だからこそ、地域における高校生のリアルな姿に触れ、地域企業が果たすべき役割を考えることができたのだと思います。
「企業と教育・地域」の越境は中長期的に取り組んでいきたいテーマとして、今後も試行錯誤をしていきたいので、ご興味のある企業の方がいらっしゃいましたら、お気軽にお声がけいただきたいなと思っています。それでは、今日はありがとうございました!
Fin
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【大人の地域みらい留学】
大人の地域みらい留学は、ビジネス経験豊富な人材が、地域や地元の高校の課題解決に取り組むことを通じて、新たな成長の機会を得るプログラムです。事例をより深く知りたいという方はまずはお気軽にお問い合わせください。
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