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ロート製薬CHRO髙倉さんと考える「10年後に向けて、今、人事は何をすべきか」

経営資源の中でも、競争力の源泉となる「人」への注目が高まる中、5年後、10年後を見据え、企業人事は今何をするべきでしょうか。私たちローンディールは、大企業の人材が一定期間ベンチャー企業で働く「レンタル移籍」を通じて、これまで、「リスキル・学び直しのための取り組み」「社員エンゲージメントを高めるための取り組み」などを、企業人事の皆様と共に実践してきました。
 
そこで今回、2022年5月、人的資本経営の実践事例を豊富に盛り込んだ「人材版伊藤レポート2.0」が経産省より先般公開されたことを受け、委員として「人材版伊藤レポート2.0」に携わったロート製薬CHRO髙倉千春さんをお招きし、人的資本経営の実践について考えるセミナーを開催しました。その一部を要約してお届けします。
 
▷参考:人的資本経営の実現に向けた検討会報告書~人材版伊藤レポート2.0~

動いていく戦略に対して、「担い手」の備えが大事

 
原田:髙倉さんは、「人材版伊藤レポート2.0」の作成に関わられたということで、最初にその話をお聞かせいただけますか。
 
髙倉:今回の特徴としては、“投資家の視点”も交えて、「人材版伊藤レポート2.0」ができたということでしょうか。
 
原田:「投資家が人事・人材戦略に強い関心を寄せている」というようなこともレポートに書かれていましたが、やはり、投資家の注目も集まっているのでしょうか。
 
髙倉:私が外資の製薬会社にいた頃の話でいうと、実は投資家が人材戦略に関心を持つのは「当然の視点」だったんです。人材に対する投資は、胸を張って株主と投資家に話していました。薬の開発の費用と引けを取らないくらいの費用を取っていますって。
 
というのも、そもそも戦略ってつくったら終わりではなく、動いていくものですよね。その「動いていく」ということを企業がちゃんと捉えられているか、というのが投資家にとってはすごく重要なわけです。要するに、持続的な発展や成長を裏付けるのは、戦略を変化させていくことだけではなく、その担い手がいるのかどうか。
野球にたとえるなら、ベンチストレングス。つまり、選手層の厚さ、豊富な人材がどれくらいいるのか。いないのだとしたらどうするのか、ということです。

ロート製薬CHRO・髙倉さん


原田:なるほど。
 
髙倉:ですが、こうした視点は日本はまだまだ低いんですね。そんな中で今回、投資家の方が、「将来に向けてちゃんと備えがあるのか、どう向き合ってるのかが、これからの企業価値を高める上ですごく重要」とお話しくださったので、画期的だと感じましたね。
 
原田:「経営戦略」と「人材戦略」の連動が欠かせない。その前提を改めて認識をしないと、日本企業は次にいけないんじゃないかということでしょうか。
 

ファシリテーター:ローンディール代表・原田

 
髙倉:そうですね。日本企業の良いところは、新卒から段階的にしっかり人材を育てるので、長期的な基盤がすごく盤石。一方で、戦略ポートフォリオが変わって、人材要件も変わった時に、どう対応するんだろう、というのはずっと感じていたことです。
 
教育投資の面では「リスキル」を取り入れたり、社内に人材がいない場合は外部から呼んでくるということも考える必要がありますが、日本はまだまだ低いと思います。
 
私がいた外資では、7:3の法則っていうのがあって、キーポジションに誰かを当てようとしたら7割は中から、3割は外から人を入れましょうと。そうやって社内だけではなく、社外にどんな人材がいるかっていうのも常に見ていました。
 
原田:戦略に合わせて必要な人材を、ということですが、変化が激しい時代の中で、そもそもの経営戦略をきっちり立てること自体が非常に難しくなっていると思います。
 
髙倉:その通りで、予期せぬことがたくさん起こる環境の中で、整えられるんだろうかとかという話題はかなり出てきていますし、不透明さはますます増していきます。方向性は決めたとしても、以前のように「これをやるにはこのアクションが何年後に必要で...」というような、動きはなかなか打ち出しにくい。
 
だからこそ、やっぱり人が大事なんじゃないでしょうか。柔軟性が高く、好奇心を持って、「将来の世の中のためにこういうことをやってみよう」と考えられる人たちがどのぐらい集団の中にいるかっていうことがかなり重要になってくるのでは。
 

職種・役割を超え、自分の"したい"を語れるか

 
原田:先ほどおっしゃったような社員の意欲というのは、教育や経験で、育まれるものなのでしょうか。
 
髙倉:程度の差はあるけれど、みんな元々自分のパーパスを持って、会社に入ってきてると思うんですよね。採用って、職業人生の中で「こういうことをやってみたい」っていう個人のパーパスと、会社の掲げるパーパスがシンクロした時に決まると思うので。
 
それをどう育むかというと、ロート製薬では、個人と会社の“共成長”が大事と言うことをお話ししています。今までは、企業が掲げる上位概念に社員がついてくることでうまくいっていたんですが、これからは社員一人ひとりが主役になっていく時代。社員を主役にしていく、あるいは社員の心に火をつけて、もっと個人に焦点が当たる人事制度が必要です。
 
ロート製薬で、複業兼業を解禁したときに会長の山田がはっきりと「会社が社員の職業人生の目的を叶えられるということは5・6割あればいい」と話しているんですね。つまり残りの4割程度の「こういうことがやりたい」っていう熱量は、複業や兼業など、外の機会を活用することで進化させるということ。それは、会社にとってもプラスになります。
 
日本企業は、人的な流動化が制限されてるところがあるので、会社公認の複業みたいなことをやっていかないといけないと思うんです。なので、「レンタル移籍」の取り組みも個人的に応援させていただいてます。
 
原田:ありがとうございます! そのくらいパーパスって人それぞれだし、大事ということですね。

 
髙倉:自分のパーパスってなかなか見えなかったりすることもあると思いますが、外の世界で働いたり外の人と接することによって、「自分はやっぱりここを大事にしてる人間なんだ」とか、「この会社で働く意味はこうだったのか」って再認識することができるんです。
 
ちょっと話が変わるんですけど、グローバル企業で人事トップをしている元同僚が言っていたんですが、採用の際、過去のパフォーマンスや経歴は聞かないらしいんですね。後でいくらでも調査できるので。代わりに、「あなたが自分の部下を採用するときに、どういう質問しますか?」と投げかけるそうです。
 
そこで、たとえば「営業成績をどうやってあげたのか?」というような質問を連発で挙げてくるようなら、それはパフォーマンス成果重視の人。「その仕事にはどういう意味があるのか」「どういう価値観を持ってるのか」ということを探ろうとする質問が出てくれば、パーパスを大事にしているということで、採用するとか。そんな話をしてくれたことがありました。
 
原田:まさに同じ話が「レンタル移籍」でも起こっていて。大企業の人がベンチャーに行くときって、スキルでマッチングするわけじゃないんですよね。ベンチャー企業ってやることがどんどん変わっていくからマーケティングできる人とか営業できる人っていう視点で採っちゃうと、数ヶ月後には要らなくなるかもしれない。そうじゃなくて、ビジョンとか価値観が一致するかどうかっていうことを重視する傾向があります。
 
髙倉:「どういう価値観で仕事に臨んでるか」を重視する潮流になってきていますよね、世の中が。これって、「企業が何のためにあるのか」っていうこと自体が変わってきたということだと思っていて。これまでは、企業目標があって、それに対して成果を出すことが求められたのが、今では違う。企業の社会的な価値だったり、そこで働く一人ひとりが「なぜこの会社なのか」を問われているわけです。
 
原田:ポジティブにとらえると、変わっていくチャンスなのかなと思うんですが。
 
髙倉:そうですね、ただ、経営幹部だけではなくて社員全員に求めるとしたら、簡単なことじゃないと思っています。「どういうふうに仕事をしていきたいか」「働く上での価値観」って、どれだけの人が答えられるんだろうかと。
 
たとえば、「マーケティングをやりたい」「もの作りをやってみたい」とか、そういう人はいても、「どういう社会的な価値を出すために、マーケティングというスキルを活用したい。なぜなら、将来にはこういうものが必要だから...」、というようなパーパスも含んだ文脈で自分の職業を語れるかどうかっていうのは、難しいことなんじゃないでしょうか。
 
原田:そうした一人ひとりの持っている多様なパーパスを、経営戦略に統合しながら、かつ、人材戦略と連動させるって本当に難しいですよね。
 
髙倉:だからこそ、企業もパーパスが何かっていうことをしっかり明言できないとダメなんでしょうね。自分たちの企業活動が何のためにあるのか、社会にどんな価値を届けるんだっていうことがちゃんと言えないと、“共成長”になりませんから。
 
それから、合わせて考えていきたいのが、「ジョブ型」ですね。「ジョブ型」が日本でも広がりつつありますけど、個人的には「キャリアが狭まる」ことを危惧しています。
 
「社会にこういう影響を及ぼしたい」っていうのがパーパスだとして、「自分はマーケターとしてそういうことをやりたい」みたいなことが「ジョブ型採用」になるわけですが、これだけ複雑な世の中でひとつの軸だけでいいんだろうかって。
 
たとえば人事として、事業戦略に関わるとなったときに、事業のことが理解できていないといけないので、やっぱりどこかのタイミングで事業部を経験しておかないとダメだよねって話になるわけです。そこも考えていかなければいけないポイントですね。

人事の最大の武器はコミュニケーション

 
 原田:これまでのお話を踏まえて、今後、経営戦略と人事戦略を連動させていくことを考えたときに、企業の人事部門は、まずどういう動きが必要なのでしょうか。
 
髙倉:レポートの中にも、「人事はどうあるべきか」っていう項目があるんですが、いずれにしても今までの人事機能では対応できないと考えています。
 
まず、経営に近いところの人たちは、将来の動向を見据えて動いてくわけです。人事の方は痛感されているかと思いますが、育成するにしても採用するにしてもリードタイムが長いですよね。リードタイムが長い仕事をやるということは、将来を見据えるということなんですよね。新規事業のために、どこに相応しい人がいるのか、外に探索に行く際も、先を見て動く必要があります。
 
そうやって、将来を見据えた上で、経営幹部に対して「もっとこういう要件にした方がいいんじゃないか」って意見を言えるくらいにならないといけないんじゃないでしょうか。
 
そのためにも、ずっと戦略ばかりをやっていても現場のことを忘れちゃうし、現場だけでも戦略を立てられない。なので、今までみたいに「研修担当」「制度担当」など機能分担せず、総合的に経験したり、部門を行ったり来たりするのがいいんじゃないでしょうか。
 
アメリカで言えば、「専門家は社内に抱えなくてもいい」という考えが浸透しています。デジタルやITが進んでいることもあって、プロフェッショナルな外部業者の方はたくさんいらっしゃる。そういう人たちとコラボレーションすればいいわけです。
 
原田:HRTech的なものをしっかり活用していくことで、人事が本来の動きに集中できるわけですね。
 
髙倉:そうしていくことが大事でしょうね。
 
会場より質問:弊社では業績が良いときには教育訓練費用をかけるものの、業績が悪くなると真っ先に削減対象になるということがこれまでの状況。特に投資家目線を意識すると、人的投資のROIも求められると思いますが、数値化が難しい現状もあるので、どのような点に注意が必要でしょうか?
 
髙倉:人的投資って、長期的な投資なんですよね、だけど、業績を挽回するときには当然その担い手が必要なわけです。「長期的視点で投資しておかないと、挽回がない」っていうことをどれだけ経営幹部と一緒に話せるかということが肝になるんじゃないでしょうか。「リーダーの輩出」とか、「エンゲージメント」とか、いくつかのKPIを置いて、経営側と話をしてみる。まずはそこからかなと思います。
 
当然、業績が良いときも悪いときもあるので、会社として人的投資っていうのをどう考えるのかっていうストーリーをあらかじめ作っておく必要があるでしょう。それを人事から社会に示して、投資家にも発信していく。
 
人事というのは、コミュニケーターなんです。人事の最大の武器はコミュニケーション。それをもっと活用していくことが大事だと思いますね。
 
原田:5年後・10年後の人的資本経営に向けて、まずはコミュニケーションを増やしていくことが一歩かもしれませんね。

 
髙倉:いろいろ課題は多いと思うのですが、これだけ人事が着目される時代は今までかつてないので、ぜひ皆さん、いろいろ活発に議論いただけたらと思います。今回のレポートも、「行政がこう言っているからこうしよう」ではなく、自分たちはどういう方向に進みたいのか、各企業が主体的に考えて動かないと、借りものになっちゃいますよね。私も、次の時代に向けてみなさんと一緒に人材戦略を考えていけたらと思います!
 
原田:ありがとうございました!

 
 
Fin
 

Profile
髙倉 千春(たかくら・ちはる)さん
ロート製薬株式会社 取締役 CHRO

1983年、農林水産省入省。1990年にフルブライト奨学生として米国Georgetown 大学へ留学し、MBAを取得。1993年からはコンサルティング会社にて、組織再編、新規事業実施などにともなう組織構築、人材開発などに関するコンサルティングを担当。その後、人事に転じ、1999年ファイザー株式会社、2004年日本べクトン・ディッキンソン株式会社、2006年ノバルティスファーマ株式会社の人事部長、人事リーダーを歴任。2014年に味の素株式会社入社後は、グローバル人事部長としてグローバル戦略推進に向けた全社的人事制度の構築と実施をリードした。2020年4月から現職。

協力:ロート製薬株式会社
Report:小林こず恵
提供:株式会社ローンディール

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