【第2章 社長に直訴 】「売る」って甘くない! 〜「排泄予測デバイス」と奮闘する1年3ヶ月の日々〜
<今回のストーリー>
「移籍者たちの挑戦」シリーズでは、大企業で働く社員が「レンタル移籍」を通じて、ベンチャー企業で学び、奮闘し、そして挑戦した日々の出来事をストーリーでお届けします。
今回の主人公は、NTT西日本から、排泄予測デバイス「DFree」を開発・販売しているベンチャー企業・トリプル・ダブリュー・ジャパン株式会社に移籍した新田一樹さん。新田さんは2017年7月から移籍を開始し、1年3ヶ月の移籍を終えて2018年10月に帰って来ました。そんな新田さんのストーリーを全4回でお届けしていきます。
<過去記事>
第1章 「 転職、それとも島流し?」
●強い使命感が生まれた瞬間
移籍して2ヶ月が過ぎた。
少しずつ慣れてきたものの、相変わらずキャッチアップするのに精一杯で、自らアクションを起こすまでは到達できていなかった。
個人向けデバイスの開発において、課題感や何から始めるべきかが見えておらず、アクションを決断できない。
もともと、自分でも行動力に欠けていると思っていた。
無理やり決めないと、動けない。
旅行なら先に飛行機やホテルを予約する、何か新しいことを始める時は先に宣言してしまうなど、自分を追い込まないと動けない。
そんな状況に、ローンディールのメンター細野からも「とにかく動いてみましょう!」と言われ、新田はようやく決意する。
障害者施設や老人ホームなどに自ら出向き、利用者の声をヒアリングしてみることにした。
「そこにヒントがあるかもしれない」
ヒアリングを経て、新田は、個人向けデバイスの開発にはクリアしなければいけない問題が多々あることを知る。現状のデバイスは施設でプロの介護士が扱っているが、個人向けとなれば、家族でも簡単に装着できるような改良が必須だ。その他の課題もいくつか見えてきた。
利用者からは「もっと楽に(排尿のタイミングを)分かるようにしてほしい」「家族でも装着できるようにしてほしい」などの要望が上がるとともに、「トイレに行くのが楽になって本当に助かっている」など、感謝される場面もあった。
ちょうどこの頃、「個人向けはないのですか?」という、商品を切望している一般の方のお問い合わせも多く入っており、新田は商品の価値を強く実感することができた。
「まだまだ、この商品には改良の余地がある。より良い商品にして、個人向けを販売したらもっと多くの方の助けになるかもしれない」
新田の中で、強い使命感が生まれた。
この頃から、新田は自主的に動けるようになっていた。
「もっともっと利用者の声を聞きたい……」
新田は開発に向けた検証を開始した。
もともと問い合わせをするほど必要としている人たちがいたので、協力者はすぐに見つかった。
とはいえ、ヒアリングすることといえば排尿に関することが多く、なかなか他人には話しにくい。モニターから本音を引き出すのに苦労した。
協力者の自宅に何度も訪問し、密なコミュニケーションを重ね、ヒアリングを繰り返した。それでも、思うような話ができないことにもどかしさを感じていた。
●「グッドストーリー」に出会えた!?
トリプル・ダブリュー・ジャパンでは、Slackで「グッドストーリー」というチャンネルを作っていた。スタッフがそれぞれの領域で、「今日こんな嬉しいことがあった、こんな感動的な出来事があった」など、顧客とのエピソードを共有していた。
新田は、このグッドストーリーを読むたびに「すごいなぁ」と思うと同時に、どこか他人事で、自分ではまだ1件も投稿できていないことに焦りのようなものを感じていた。
そんなある日、久しぶりにモニターのお宅を訪ねた時のこと。
すでに製品を渡しており、この日はその使用状況をヒアリングするための訪問だった。久々に訪れた新田をご家族全員が出迎え、この数週間のことを話してくれた。
モニターを引き受けてくれたのは、病気の後遺症で数年前までほぼ植物状態の生活を送っていた男性の方。奥さんをはじめとするご家族による懸命な介護やリハビリの結果、少しずつ動けるようになり、車いす生活を送っていた。
しかし、排泄に関しては奥さんがおむつを1時間おきくらいに確認しては替える、という状態だったため、「自分でトイレに行けるようにしてあげたい」という想いが強かった。
この話を聞いて、新田も心から力になりたいと思った。
あれから数週間。
何度か製品を試し、慣れるまでは時間がかかったが、通知が来るのでそれに合わせて尿器を当てるようにしたとのこと。それでもなかなかタイミングが合わなかったのだが、ちょうど少し前、ようやく尿器で排尿ができるようになったと嬉しそうに話してくれた。
そして、本人はまだ言葉をうまく使えない状態ではあるものの、奥さん経由で「気持ちよかったです」と言っている、と教えてくれた。
新田は胸が熱くなった。
心の底から、嬉しさと喜びが込み上げてきた。
そして、こういう感動をもっともっと作りたい! とやる気が湧き上がってきた。
新田は、会社に帰るなりこのグッドストーリーをSlackに書き込む。
この頃から少しずつこういったエピソードが増えてきて、新田は仕事に強く意義を感じ、自信にもなっていった。
● 大企業で染み付いたサラリーマン精神
少しずつ仕事にも慣れてきた秋頃。
会社で合宿が行われ、社員同士で「何でこの会社に入社したのか?」と話し合う機会があった。
今まで仕事以外のコミュニケーションを取る機会が少なく、新田はここでスタッフの想いを知ることになる。
多くのスタッフが、前職でも介護業界に携わっていて、それぞれ課題を持ち、「介護業界を変えたい!」という熱い想いでこの事業に参画している。
「なぜこの仕事をしているのか? 何を目指しているのか?」
皆それが明確であり、仕事に対して経営者感覚を持っている、と感じた。
また一番ハッとしたのは、スタッフ全員で意見交換をした時のこと。
皆、事業やサービスに対して、それぞれ違う考えを持っており、上司に対しても「それは違う、自分はこう思う、こうした方がいい」と臆することなく話していた。さらに、その意見が有益なものであれば上司を飛ばして採用されるのだ。
NTT西日本では、決裁するときの承認フローはエスカレーター式である。
だから基本的に上司を飛ばすことはできない。
新田は、自身の苦しかった経験を思い出す。
以前の部署でどうしても意見が合わない上司がいて、どんな提案をしても通らないことがあった。でも絶対にその上司の承認を得ないと次に進めない。上司に意見を批判されると納得し、上司に通すための提案に変えたりしていた。仕方ないというか、世の中そういうものだと思っていた。
だから新鮮だった。
同時に今まで自分は、上司の意見を気にしすぎていたと思った。
「必ずしも上司に合わせる必要がないし、正しいとも限らない。自分が正しいと思う意見を言おう」新田は社会人になって初めてその感覚を持つことができた。
● 「直訴」してみた!
合宿を経て、CEOの中西に自ら自分の意見を言えるようになっていた。
今までだったら、中西が「こうだ!」と言えばとりあえず「確かに」と言っていた。それは合宿での出来事もきっかけとなっているが、モニター検証の経験も大きい。
個人向けデバイスのモニター検証でユーザーと触れているのは、ほぼ新田のみ。ある意味社内ではスペシャリティの状況。リアルな現場を見たからこそ、自信を持っていろいろ意見できるようになった。
そこで新田は、大きな提案をする。
「センサー改良のやり直し」である。
この頃、モニターから喜びの声もあがりつつも、排尿のタイミングを知らせるセンサーの精度が低く、座っているとセンサーが感知しないなどの問題が発生していた。
時期的にもプロダクトを作るフェーズなのだが、このままでは使い勝手が悪く、利用してもらえなくなる、新田はセンサーを改良してから販売すべきだと思った。
新たな改良をすることは、発売まで時間がかかってしまうリスクもある。コストもかかる。それでも現場でモニターに触れ、求めていることを理解していた新田は、センサー改良の必要性を訴えた。
検討を重ねた結果、中西はじめ「じゃあ、そうしよう」という話に落ち着き、年末からセンサー改良を行うことになった。
それに合わせて発売が正式に7月に決定した。
●「勇気を持って捨てる」ことも大切
2018年1月。
新田は、自ら「DFree」を身につけ、おむつを装着するなど改良に向けた実験を繰り返した。
座った時に安定してデータが取れないという課題を解決すべく、その精度をあげることに注力した。改良を進めながらプロダクトも出来上がった。
改良を繰り返す中で、新田が大切だと思ったのは”捨てる”ということ。
くまなく全部を検証することはできない。リソースも時間も足りない。
そこで、とことんこだわるべきところと捨てるところを、ある程度、感覚を信じてやらざるをえなかった。
実際におむつをはいて、通知機能を検証する新田
NTT西日本では絶対失敗しないように、考えられる全てのリスクに対処していた。それが絶対的に良いことだと思っていた。
しかしベンチャーの世界では必ずしもそうではない。
求めている人のためにスピード感を持って世の中に出していくことも大切なのだと知った。
発売に向けて多忙な日々を送りながらも、固定概念から解放された新田の心は、軽やかだった。しかし本当の試練はこれから……。
「売る」という大きな試練が待っているのだった。
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協力:NTT西日本、トリプル・ダブリュー・ジャパン株式会社
storyteller:小林こず恵
提供:株式会社ローンディール
https://loandeal.jp