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会社にないなら自分たちでつくろう。ひとりのリーダーシップが、大企業を動かす-三菱重工業株式会社 岸 秀隆さん-

「ないならつくればいい。大企業の外に出たことでその発想を取り戻した」。そう話すのは、三菱重工業株式会社に入社して約16年間、航空宇宙部門に所属し、戦闘機や旅客機の開発・生産に携わってきた岸 秀隆(きし・ひでたか)さん。宇宙旅行を実現することを夢見て、三菱重工業に入社しました。

1つの部門に長く在籍し、夢を持って働いてきた岸さんでしたが、担当していた国産旅客機「MRJ(三菱リージョナルジェット)」の開発がストップすることに。それでも、立ち止まることなく、新たなチャレンジが必要だと2022年秋から半年間、多言語コミュニケーションツールの開発を行うベンチャー・Kotozna株式会社レンタル移籍したのでした。

そんな岸さんは、ベンチャーでの経験を経て、理想のリーダー像をつかんだと言います。現在は自社に戻り、仲間を巻き込みながら、未来に向かって大きなチャレンジを始めています。ピンチをチャンスに変えた岸さんは今、どこに向かっているのでしょうか。


組織を変革するリーダーに


――入社16年目でレンタル移籍を決意した理由は、どこにあったのでしょう?

10年ほど国産旅客機「MRJ」の開発に携わってきたのですが、残念ながら2020年にその開発を一時ストップすると、会社が発表しました。今年2月には正式に中止となりましたが、2020年時点で私と同じ部門にいた人が退職したり、別の部門に異動したりする中で、自分もこのままでいいのかと考える機会が多くなったんです。

同時に、社内にいる優秀な人たちのポテンシャルをもっと引き出せれば、三菱重工業で新しいことができるのではないか。その人たちをリードしたり、より強みを生かすには、どうすればいいか考えるようになって。外に出て働いてみる経験がそのモヤモヤを払しょくするきっかけになるのではないかと思い、立候補しました。

――三菱重工業でのレンタル移籍は初めてだったそうですね。

そうですね。航空部門のメンバーに募集がかかり、自分含めて立候補した中から選考が行われました。社内の事務局は「これから中間管理職になる層のリーダーシップを育てたい」という思いが強く、組織を変革していくリーダーをつくろうという狙いから、ミドル層が対象になっていたそうです。

選考過程の面接では、「5年後の三菱重工業で、どのように活躍したいか」というプレゼンもしましたね。

――社内で、未来の人材を育てようという思いが強まっているように感じますね。

面接で事業部長や部長とも話したのですが、「こういうチャンスは滅多にないから、頑張って成長してきてくれ」と、ポジティブに応援してくれている感覚がありました。

航空業界全体が新型コロナウイルス感染症の影響を受けて、航空部門の人員もコロナ禍以前の半分近くに減り、他の部署や会社に移った人がたくさんいます。だからこそ、今は変わらないといけないというマインドを持った人が多く、新しい取り組みの推進につながっているのだと思います。

プロジェクトを一任されて


――そんな中で、移籍先をKotoznaに決めた理由はなんでしょうか?

理由はいくつかあったのですが、大きかったのは、代表の後藤さんの近くで働きたかったからです。ケンコーコムという会社を立ち上げ、上場させた方で、Kotoznaは2社目。どういう思いを持って働いているのか、どのようにメンバーを率いているのか、興味があったんです。

その他にも、さまざまな国籍の技術者が働く多様性のある組織であることや、移籍後にプロジェクトを任せてもらえることに魅力を感じ、多様性のある組織でリーダーシップを発揮できるチャンスだと思って、移籍を決めました。

――どのようなプロジェクトを任されたのですか?

決済関連サービスのプロジェクトでした。当初は、実地での検証まで目論んでいたのですが、社内テストにこぎつけたところで移籍期間が終わってしまいました。

――なかなか思うように進められない時期があったのでしょうか?

最初の頃は、「リードしてください」と言われるものの、どう動けばいいかわからないというか。要件定義の時点でいろいろな人から「岸さん、どうしましょう?」と聞かれるんですが、ホテル業界も決済のことも全然知らないので、判断できなかったんですよね。

わからないことだらけの中で、限られた情報をもとに決断していかないと先に進まない状況は、大変でした。

――どのように乗り越えていったのでしょうか?

とにかくいろいろ調べましたね、ホテルのことも決済のことも。インターネットで調べるだけでも情報が出てきたので、なんとか進められました。法律とかも検索すれば出てくるので、航空業界のほうがよっぽどニッチだったんだなと(笑)。

あとは、もともと人とのコミュニケーションは躊躇せずに取れるタイプなので、わからないことがあれば社内の人や提携先のJTBの方に聞きながら進めていきました。

後藤さんからは「この人に聞いてみて」と、いろいろな方を紹介していただきました。ビジネスを進めるうえで、やはり人とのつながりって大事なんだと気づかされましたね。後藤さんの人柄にも、学ぶところがありました。

――後藤さんのどのような部分から学びを?

まさに、私がテーマとして掲げていたリーダーシップスタイルの手本だったんです。

後藤さんは派手な人ではないですが、毎週いろいろな情報を自分の言葉で社内に発信したり、フットワーク軽くいろいろな地に赴いて関係を築いたり。その姿を見て、メンバーに発破をかけるだけがリーダーシップの取り方ではないんだと知りました。

確固たる意志を持って、自ら行動していく。それがリーダーに必要なものであり、私に合っているリーダーシップの取り方だと感じましたね。

オープンマインドが生んだ新しい社内のつながり


――ちなみに、レンタル移籍では週報・月報を書いて、自身の活動を振り返りますが、岸さんはそれを、あえて社内の方にも広く共有していたそうですね。

移籍する前から興味を持ってくれた同僚には、恥ずかしい部分もさらけ出してオープンにしたいと思ったので、共有しました。

共有することで、その人の考えるきっかけ、行動のきっかけになったらレンタル移籍の意味もより出てくるのかなと思ったので。

――共有した方から、リアクションはありましたか?

私が明らかに落ち込んでいるとわかるような内容を書いたときに、「大丈夫ですか?」「無理しないでね」と、やさしい言葉をかけてくれた同僚が何人かいました。そういう人が近くにいると思ったら、本当に救われましたね。

また、人材の在り方やリーダーの存在意義について発信したときには、「大企業だと難しい課題だよね」「こうしたらいいんじゃないか」と、意見を出してくれた人もいて、メールでやり取りするようなこともありました。社内の人とこういう話ができると思っていなかったので、オープンにして良かったなと思います。

今は三菱重工業に戻っていますが、「実は毎週読んでいたよ」とか「頑張りに刺激された」と、声をかけてもらうこともあります。今考えると、週報や月報の共有は、自ら動くリーダーシップに通じるところもあったのかなって。

――週報や月報を書くことで、岸さん自身も気づきはありましたか?

言語化する大切さを実感できました。メンターの方が、よく「それで岸さんはどう思った?」って聞いてくださったんです。起こった事をただまとめるのではなく、その時の自分の感情や変化も含めて言語化すると、内省につながるのだと知りました。

たとえば、移籍中に展示会に参加したことがあるのですが、ただ展示会に出て何が起こったかだけではなく、その時自分はどう思ったか? と考えてみたところ、顧客と直に接する機会を楽しいと感じている自分に気づいたんです。また、顧客の意見をすぐに取り入れて、製品を変化させていくスピード感にも面白さを感じていることもわかりました。

なので、三菱重工業に戻ってからは、日本の航空会社の方々と直にお話しする機会を持つようにして、現場に行かせてもらっています。三菱重工業では、普通に業務していたら顧客と触れる機会がないんですよ。だからこそ「顧客と接するって楽しんだ!」ってことをまずは自分が動いて、周囲に見せていきたいですね。

展示会のブースにて
移籍者・岸さん(左)とKotozna・Abbyさん(右)

「ないならつくればいい」
動き始めた新しいプロジェクト


――半年間の移籍で、ベンチャーと大企業に違いは感じましたか?

感じましたね。ベンチャーの代表の方にも何人かお会いしたんですが、皆さん「社会の課題をなんとかしたい」と、会社を立ち上げている。その意志があるからこそ「こういう組織にしたい」という思いも強い。

その代表のもとに集まるメンバーも、「こういうキャリアを積みたい」「こういうスキルを身につけたい」「この代表と働きたい」って、働く理由やWILLが明確な方が多いです。

大企業だと、もちろん意志を持って働いている方もたくさんいますが、そうじゃない人もたくさんいるのが事実です。働く仲間の意志によって、こんなにも組織の雰囲気や風土に違いが出るのかと思い知らされました。Kotoznaという会社で、そんなメンバーと協力して働く機会を得られたのは本当にありがたかったです。

もう1つ、世の中にないものはつくる、という感覚も学びました。大企業だと世の中にないものはリスクと考えてしまうこともありますが、ベンチャーではチャンスととらえる。「ないならつくればいいじゃないか」と。その感覚を手に入れられたのは大きいと思います。

――「ないならつくればいい」。そうやって企業は新しいものをつくり続けてきたはずですが、大きな組織にいるとうっかり忘れてしまいそうですね。

そうだと思います。私自身、「宇宙旅行を実現する」という夢を持って入社したものの、いつしか目の前の業務をこなすことに甘んじていたのだと感じます。新しいものをつくることを、自分事として捉えていなかったんです。

今、自社では新規事業を立ち上げるプログラムがないので、それなら自分が動いてつくればいいって思えています。大企業だからこそ実現できることもありますし、仮に私個人が失敗したとしても、会社として立ち行かなくなるほどのことではない。それならチャレンジしたほうがいいだろうって。

――早速はじまりそうですね。

実はもう動き出しています。航空・宇宙部門の仲間数人と話して、新規事業をつくる教育プログラムを提案しようかなと。社内公募で航空・宇宙分野の新規事業を集め、社内・社外で評価してもらうものを想定しています。

すぐに新規事業は生まれないかもしれないですが、メンバーそれぞれが経営者視点でビジネスを考えたり、自らの手で企画をつくったりすることで、新しい種が生まれるのではないかと、仲間たちと話してるんです。

――すでに仲間がいるのですね。

レンタル移籍に行く少し前に、私が所属している旅客機の部門で「新しいことをやろう」と声を上げる有志組織ができたのですが、そのメンバーに声をかけて、進めています。

三菱重工業では、ほかの部門にも有志組織があって、徐々に横のつながりができ始めて、昨年くらいから新しいことを生む動きが活発化してきているんです。恵まれたタイミングで移籍を経験できたなって、感じます。

会社としてどう動いていくかはまだわかりませんが、有志が声を上げ始めている今はチャンスなので、これからも意志を持って行動して、さらに仲間を増やしながら進めていきたいですね。

ちなみに、今も副業でKotoznaの事業に携わらせてもらっているんです。三菱重工業にも後藤さんにもOKをいただけたので、できる範囲で関わっていきながら、両社にとっていい効果を生み出していきたいですね。


レンタル移籍で、自分なりのリーダー像を見つけてきた岸さん。半年間ブレずに働き続けられたのは、三菱重工業のサポートも大きかったといえそうです。また、岸さんも自身だけでなく三菱重工業を変えるため、積極的に動き、活動を公開してきました。そのアクションは社内に波紋を生み、メンバーを巻き込みながら動き始めています。ひとりの一歩が組織を変える。そんな事例の1つとなっていきそうです。

Fin

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協力:三菱重工業株式会社 / Kotozna株式会社
インタビュアー:有竹亮介(verb)
撮影:宮本七生
提供:株式会社ローンディール
https://loandeal.jp/

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