ベンチャーから帰ってきた大企業の研究者が、素早く新規事業をスタートできたワケ
現業と並行して携わり始めた「新規事業開発」
――平井さんはレンタル移籍を終えて、元の部門である解析技術研究センターに戻られたということですが、新規事業にも挑戦されているとか?
平井:はい。移籍前と同じ仕事をしつつ、半年前から新規事業開発のチームと兼務という形で働いています。業務のうち、2割程度を新規事業に充てているかたちです。
――新規事業は、移籍前から携わりたいと考えていたのですか?
平井:そうですね。移籍前から考えていて、やりたいテーマもあったのですが、やりたいという想いをうまく周囲に伝えられていませんでした。
戻ってからは、まずは、自分がやりたいことを具体化しながら、社内の新規事業の動きを知るために、社内の新規事業担当者にヒアリングをして、すり合わせながら進めています。上司とも毎月のように対話し、「自分はこう思っている」「このテーマが合致しそう」と伝えて、合意形成していきました。
――その結果、新規事業開発チームとの兼務が決まったと?
平井:はい。「自身でやりたい」と感じたテーマの担当者に上司が話をつけてくれて、携わるようになりました。2024年4月からは新規事業の比率が5割に上がりました。
有川:そんな感じで新規事業が始まったんだね。徐々に割合が増えてるなんて、すごいじゃん! ちなみに、どんなテーマを担当しているの?
平井:二酸化炭素を吸収して固定化した素材を用いて、toCサービスを展開する企業と顧客価値の仮説検証を進めつつ、toB企業と環境性の価値を訴求したものづくりをしていきたいと考えています。
有川:エシカルな文脈で製品をつくっていくということですね。そのテーマは、事業部でハンドリングしているんですか? それとも単独のチーム?
平井:事業部には紐づいていなくて、研究開発の一部署です。
有川:研究開発が主導だと、仮に失敗したとしても、事業に縛られずに、そこで得た技術や発見、人材を新たなチャレンジにぶつけられるところがいいよね。
平井:そうですね、自由度は高いと思います。一緒に進めているメンバーも研究開発の所属なのですが、「今までやってない新しいことにもチャレンジしていこう」と、体験型ショールームの企画なども進めています。
有川:移籍中に「社内でイケてる人を探したほうがいいよ」って話したけど、見つけられたんだね。これまでと違う取り組み方でチームを牽引する人と出会うと、自分自身も変化していくから、平井さんにとっていい出会いになっていそうだね。
平井:はい。未来社会の体験型ショールームの開設や、社会実装に向けた実証パートナーとのコラボ出展という社内でも例を見ない取り組みで、刺激を受けています。
新規事業は理屈だけでは実現できない
――ベンチャーを経験する前の平井さんだったら、現在のように動けていたと思いますか?
平井:無理だったと思います。やりたいテーマを見つけたとしても、周囲にうまく説明できず、たとえ携われたとしても、解析技術研究センターの立場で技術的な発展に寄与するという部分的な関わり方しかできなかったと思います。今、顧客と直接会って用途探索や価値について議論するようにしているのですが、そうしたビジネス全体を考えることには関与できなかっただろうなと。レンタル移籍を希望したのも、新規事業開発のノウハウを身につけたかったということもありますし。
――結果、ノウハウが得られたということでしょうか?
平井:結論からいうと、魔法みたいな方法はなかったです(笑)。「これが正しい進め方だ」なんていう正解はなかったですし、色々試しながら、とにかく地道に顧客価値の仮説検証をやり続けていくことが大事だと思いました。
有川:平井さんには、電極材料の開発をやっていただきながら、研究開発以外の仕事にもチャレンジしてもらいたくて、顧客検証もお願いしていました。すごく安心してお任せできましたね。元々技術力もあるし、やる気もある。数ヶ月でちゃんと成果も出していました。
平井:開発においては、大企業で実施されるウォーターフォール型ではなく、MVP(Minimum Viable Product)で、スピード感を持って進めることを経験できました。また、顧客との商談を任されることも。その際、どんな準備をしたら良いのか、人を惹きつけるにはどのような話し方が良いのかなど、経験を通じて学ぶことができました。
「オープンイノベーションは、どういう動き方をするべきなのか」を体感したことで、研究者には足りない視点に気づくことができて、いい経験になりましたね。ただ、最終的には「主導する人」次第なんだなとわかりました。
――「主導する人次第」。それはどのような経験から、その気づきに至ったのでしょう?
平井:とにかく、主導する本人が「どんな想いでやっているのか」。それを周りの人に伝えなきゃ始まらないんだとわかりました。
有川さんに「新規事業をやりたい」と話したときに、「視座をもっと上げたほうがいいんじゃないか」というアドバイスをいただいたんです。当時の私は、ビジョンややりたいことが明確ではなく、うまく言葉にできていなかったんですよね。
有川:「新規事業開発に携わりたい」と話してくれたのですが、「なんでやりたいの?」と質問すると、歯切れのいい答えが返ってこなくて。
――そこで「視座を上げる」というアドバイスにつながったのですね。
有川:自分を起点にキャリアや将来を考えたことがないんだろうと感じたので、移籍後半は「戻ったらどうするの?」「今の話じゃ僕には響かない」って、壁打ちをずっとしました。平井さんは業務に関する苦労はほとんどなかったと思うのですが、自分との向き合い方に苦労したんじゃないかと思います。
平井:そうですね。有川さんから「想い」を問われました。住友電工では論理的な説明を求められることが多かったので、やりたいことがあっても「この人たちがこの技術を必要としているから」といった理由を説明し、自分の想いは後回しにしていました。でも、新規事業をやるには、理屈じゃない想いを持っていないといけないんですよね。
有川:平井さんとは3ヶ月間、週1で1on1をして、「なんで新規事業をやりたいのか」「自分はどういう人間か」を振り返ってもらうために問いかけていたので、最後は想いを語れるようになってきたなと感じていました。研究者としてとても優秀だったからこそ、その先のビジョンも聞きたかったので、うれしかったですね。
平井:移籍中はメンターの方についていただくのですが、メンターの渡辺さんにも想いの言語化を手伝ってもらいながら、やりたいことの欠片をつないでストーリーにするという作業をしていきました。想いを伝えられる話し方ができるようになった実感がありますし、住友電工でも「こういう想いがあるからやりたい」とちゃんと伝えることで納得してもらえるんだ、という驚きがありましたね。
新規事業に挑むために、後継者を育てる
――ところで、有川さんは大手電機メーカー勤務の経験がありますが、大企業の新規事業において、どのようなことが大事だと思いますか?
有川:大企業の組織体制やビジネスモデルって、非常に効率化されているので、個人の想いを投影しなくても進んでいくんですよね。ただ、その中で新しいことを始めるには、「自分はこういう人間だ」と言えることが必要になってくるんです。
平井:有川さんもそうした経験があったということですか?
有川:私も大企業に勤めていた頃に、会社のプロジェクトに一生懸命になって、自分を忘れそうになった時期があったんです。そのときに、人がつくった仕組みの中で言われるがままに仕事をするのではなく、自分で新しい価値をつくっていきたいと思って動き始めたんです。新規事業開発の部門への異動などを勝ち取る中で、想いの大切さ、想いを発信する必要性に気づきました。
やっぱり漠然とやりたいことを発信しても、人は動いてくれないんです。社内外の人を見ると、「自分はこうしたい」「自分はこういう人間だから、これができる」という話し方をしている人は説得力があって、周囲も動かしていたんですよね。そこから私も内省して、自分の人間性を言語化しました。言葉にして伝えると、仲間やサポーターが増える、ちょっと予算がつくといった小さな成功体験が積み重なり、やる気が増していくんです。
平井:わかります。想いを周囲に伝えたら、「そんなふうに思っていたんだ」って興味を持ってもらえたんです。住友電工の松本会長が語っている書籍には、「会社は夢を実現する場所だから、想いを持って新しいことにチャレンジしよう」といったことが書かれています。上層部もそういう考えを持っているから、想いを言葉にしたほうが伝わるのだと感じます。
有川:移籍中に「常に上司と対話して、自分は新規事業に携わりたい人間だと伝えることが大事」って話したけど、平井さんはそこも実践していて、すごいと思うよ。対話を積み重ねることで、異動を勝ち取っていけるんだよね。
平井:まさに実感しているところです。想いをただ発信すればいいというわけでもなく、ちゃんと上司と対話し、合意形成をすることも大事だと教えてもらいました。
いきなり「100%新規事業をやりたい」と言っても難しいですし、私が担当している業務は後継者がいないこともあって、急に抜けると上司も事業部も困ります。だから、上司と相談して、後継者をつくるところから始めることになり、1年かけて後継者を育てることになりました。
有川:エース社員は上司から重宝されて、評価も上がる一方、異動しにくくなるジレンマがあるんだよね。特に大企業だと、部門ごとに人事が分かれていることもあって、やりたいことが実現しにくい環境だったりするから、段階的に異動を実現している平井さんは本当にすごいと思うな。
平井:ありがとうございます!
研究部門主導だから、新たなチャレンジができる
――先ほど有川さんから「研究部門で新規事業開発をすると、チャレンジしやすい」という話がありましたが、事業部主導とは別の可能性を秘めているということでしょうか?
有川:私の経験上の話ですが、事業部主導だと事業部が抱える事業の隣のことしかできないと思うんです。事業部長からすると、飛び地のアイデアは非効率に見えるので、予算の取り方やチームの動き方が制約されやすいのではないかと。一方、研究部門だと、事業化の壁は高いものの、ある程度自由に検証を回せるので、チャレンジしやすいと思います。
平井:今のテーマは、どの事業部と繋げて進めていくのか選択肢がたくさんある状況で、仮説検証を通して選択肢を絞り込んでいくプロセスを進めており、自由度は高いですね。
有川:純粋に新規事業開発に取り組める部署があるのは、会社にとっても健全だと思うな。事業部と比べると予算は小さいかもしれないけど、バイアスがかからずに素早く検証を重ねられるので、いろいろな可能性につながっていくでしょうね。
――まさにこれから可能性が広がっていくところですね。最後に、おふたりがこれからチャレンジしたいことを教えてください。
平井:ベンチャーで働いてみて、「新規事業に絶対うまくいく方法はない。人次第」だということがわかりました。なので、今取り組んでいる新規事業において、想いをもって取り組めるメンバーを巻き込みながら、一緒に何か実現できたらいいなと思います。先ほど話した体験型ショールームにも招待して、さらなる展開につなげていけたらいいなと。そうやってまずは自分からどんどん動いて仕掛けて行けたら。
有川:「新規事業に携わりたい」から、さらに解像度が上がって、いい変化じゃないですか。私も平井さんのように、一緒に新たな価値創造に取り組んでくれる方を見つけて、自分の経験を還元しながら、チャレンジしていきたいです。2016年から取り組んでいるBCIのプロジェクトもまだまだできそうなことがあるので、引き続き発展に励みます。その経験をひとつのストーリーにして、人に伝えていくということもしたいですね。
平井:そのストーリー、ぜひ読みたいです。楽しみにしてます!
大企業社員からベンチャーの創業メンバーとなった有川さんの経験に触れたことで、やりたいことを実現するコツに気づいた平井さん。大事なのは論理的に説明するだけでなく、なぜやりたいと感じているのか、その想いを伝え、周囲の人を巻き込んでいく。それを自ら率先してやっていくということでした。平井さん自身がまさに今、それを体現し始めています。近いうちにそれは、間違いなく社内に伝播していくことでしょう。
Fin