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「自分は本当に製薬業界が好きなんだ」外の世界に出て気づいた思い-小野薬品工業株式会社 大野朋也さん-

「現状維持ではなく、自分をブーストさせたい」。
小野薬品工業株式会社(以下、小野薬品)に勤める大野 朋也(おおの・ともや)さんは、新卒から約20年間勤めた小野薬品を離れ、外の世界を見る決意をしました。2021年10月から1年間、スタートアップ企業の株式会社Lightblue Technologyレンタル移籍したのです。医薬品開発の臨床試験に関わる仕事から、マーケティングの仕事へ。全く違った仕事に取り組むこととなった大野さん。移籍中、今後の会社員人生を揺るがすような衝撃的な出来事もあったといいます。大野さんの1年におよぶ挑戦ストーリーに迫りました。

経験が通用しない環境へ


 ── レンタル移籍の動機を教えてください。
 
私は2001年に新卒で小野薬品に入社し、ずっと一社に勤め続けています。ありがたいことに、ロンドン支社への転勤など、小野薬品内で色々な経験を積ませてもらってきました。
 
ただ、これからも会社員人生が続いていくことを考えると、「一社だけしか知らなくていいのだろうか」「このまま流れに身を任せて、成長し続けられるだろうか」と不安に駆られるようになっていきました。いつしか「自分をブーストさせる機会が必要だ」と考えるようになっていたのです。そのときに知ったのが、レンタル移籍でした。
 
── “ブースト”とは?
 
今いる環境に満足するのではなく、その環境を良くしようとする姿勢を持つことです。私は小野薬品に勤めてから20年以上が経つので仕事の進め方にはかなり慣れてきていて、比較的簡単に仕事を前に進められるようになっていました。そこまで苦労せず深く悩むことも少なくなっていたんです。だからこそ「このままでいいのか」という不安に駆られたんだと思います。
 
「現状維持ではなく、自分を成長させる機会がほしい」、「過去の経験が何も通じない場所に行ってみたい」と思うようになっていきました。
 
── なるほど。環境に慣れているからこその不安があったのですね。
 
はい。慣れ親しんだ環境から離れて他の環境に身を置けば、しんどいと感じることも多いだろうとは思いました。ただ、その分、自分の喜びや楽しみが増えていくんじゃないかと思い、レンタル移籍に手を挙げることにしました。
 
── 移籍先として多くの候補企業があったかと思いますが、Lightblue Technologyを選んだ理由はなんでしょうか?
 
Lightblue Technology は東大発のAIスタートアップなのですが、私自身、AIに興味はありつつも知識がなかったんですね。自分の知見が通用しない環境を求めていたので良い機会になるのではないかと思いました。
 
さらに、AIの分野はIT業界の中でも開発競争の激しい分野だと認識していました。そして、スタートアップはどの企業もスピード感があると聞いていたので、よりいっそうスピードが重視される環境ではないかと考えたんです。自身の成長を加速させるためにはぴったりの会社だと感じました。
 
── レンタル移籍を希望した際に、周囲の方や上長の方はどのような反応でしたか?
 
上長は背中を押してくれました。ただ、チームのメンバーに対しては自分がマネジメントする立場ということもあり、少々後ろめたい気持ちがあったのが正直なところです。でも実際話してみると、「頑張ってきてください」と快く送り出してくれました。

仕事を絞ることの大切さ

 
── 移籍前には、どんなお仕事をされていましたか?
 
開発本部という医薬品開発の最終段階で臨床試験を主導する臨床開発部門で課長をしていました。臨床開発では、薬の安全性性と有効性を評価するために、人を対象とした臨床試験を行います。その試験を通じて得られたデータを解析し、解析結果を国の審査機関に提出するための申請資料にまとめるところを担当してました。
 
── Lightblue Technologyに移籍してからは、どんなお仕事を担当されましたか?

 
マーケティングを担当しました。最初に着手したのはLightblue Technologyのホームページ刷新です。やり方も全く分からないので、ネットで調べながら手探りで進めていきました(笑)。
 
移籍期間の1年を通じて特に注力したのは展示会への出展企画やウェビナーの開催です。共催ウェビナーは3社、展示会出展はリアルで7回、オンラインで3回行いました。
 
── これまでにマーケティングや展示会などに関わる経験はあったのでしょうか?

 
経営戦略本部という部門でマーケティングに触れる機会はありましたが、製薬業界のマーケティングはその他の業界の一般的に言われるマーケティングは全く違うので、これまでの経験は一切通用しませんでした。Webマーケティングや展示会といった施策は完全なる未経験で、最初は本当に何も分からなかったです。移籍した初月に早速展示会への出展があり、実践を積みながら理解していきました。
 
移籍早々大変でしたけど、2ヶ月後には移籍直後からやってみたいと希望していたパッケージプロダクトの業務も担当することができたんです。
 
── パッケージプロダクトとはどういったものでしょうか?

 
Lightblue TechnologyはAI開発型のコンサルティングDXによって個社の現場課題を解決することを主軸とした事業を行っています。パッケージプロダクトは、個社に対して開発したAIを提供するのではなく、より多くのお客様に届けられる形でAIのプロダクトをパッケージ化して売り出そうとしているものです。食品業界向けのプロダクト・建設業界向けのプロダクト、といった形で提供していきます。
 
パッケージプロダクトは収益構造上、今後のLightblue Technologyにとって大変重要なものだと認識していました。なので自分から「パッケージプロダクトもやりたいです」と宣言し、任せていただくことになりました。
 
さらに補助金事業の担当者も担うことになったので、マーケティングと、パッケージプロジェクトと、補助金と、3つを同時に担当しました。
 
── そんなに同時並行で!かなり大変だったのではないですか?
 
そうですね。特にパッケージプロダクトは多くのプロダクトに対して改良を加えようとしていたので、正直パンク寸前でした。そのときに的確なアドバイスをくださったのがメンターの内海さんです。
 
── メンターとどんなやりとりがあったのでしょうか?
 
「担当領域を絞り込むべき」というアドバイスをいただいたんです。当時は、やるべきことが多かったために、何も前に進んでいない感覚に陥っていたんですね。内海さんのアドバイスを受けて代表の園田さんに相談し、2つのプロダクトに担当を絞ることにしました。すると数が少なくなったことで集中でき、パッケージプロダクトの仕事がぐんと進んだんです。移籍期間中の仕事の進め方において、非常に大切なアドバイスをいただきました。
 
内海さんはものすごく行間を読むのが上手い方で、5を言ったら10理解してくださる方でした。すごく話しやすく、相談もしやすかったです。
 
── Lightblue Technologyの組織にはすぐに馴染めたでしょうか?
 
そうですね。若い方ばかりだったのですが、年齢やポジションに関係なくフラットなコミュニケーションをとる文化でした。いい意味で年上扱いしないでくれたんです。そのおかげもあって組織には割とすぐに馴染めたんじゃないかと思います。

「できない理由を探さないでください」。
マインドが変わった厳しい一言


── 移籍を通じて、印象的だった出来事はありますか?
 
自分の思考や行動を根本から覆すような出来事がありました。ある展示会に向けての打合せで、「獲得コンタクト数を上げるために出展企業の紹介マップを作りましょう」という話が出たんですね。マップを作るには、事前に各出展企業の会場での小間位置を知る必要がありました。でも私は、その情報は当日にしか公開されないことを把握していたので、事実として「小間位置の情報は当日まで分かりません」と打合せの場で話しました。
 
すると、「できない理由は考えないでください」と社員から指摘が入ったんです。自分はそのとき、言葉の意図を理解できず、一瞬困惑してしまいました。できない理由を言っているというよりも事実をコメントしただけという認識だったからです。のちに理解しましたが、その打合せで求められていたのは、単に事実を述べることではなく、できる方法、つまり目的を達成するためにやれることを提示することだったんですね。
 
スピードが求められる環境では「できない」で終わるのではなく、代案を示す必要があるのだと痛感しました。コメンテーターとして振る舞っては、ものごとを前に進めることはできないからです。
 
── 胸に刺さる一言だったんですね。

 
衝撃でした。スタートアップはスピード勝負。そのような環境で事実だけを述べれば、後ろ向きな行動・思考の人間であると受け取られるんだと理解しました。
 
もし今、同じ状況になったとしたら、「小間位置は当日まで公開されないので、マップではなく、各企業がどういうことをやっているか紹介するリストを作りましょう」と提案できると思います。
 
── この出来事があってから、大野さんの行動に変化はあったのでしょうか?
 
ありましたね。その後に担当したパッケージプロダクトにおいて、「どうすれば前に進められるのか?」を徹底的に意識するようになりました。それにともなって自分からどんどんボールを拾うようにもなりましたね。
 
企業規模が大きくなると自分の役割だけを担うことも多いと思いますが、スタートアップは人材が潤沢ではないので、ボールを率先して拾いにいく必要があります。
 
結果、エンジニアサイドのボールも自分から手を差し出して拾うようになり、エンジニアの方から「一緒に仕事がやりやすかった」というコメントをいただきました。マインドが変わってから周囲からも安心して仕事を任せてもらえるようになったと思います。
 
── 「できない理由を考えないでください」という一言が、大野さんのスタンスに大きな影響を与えたんですね。移籍期間全体を通して嬉しいと感じたことはどんなことですか?
 
みんなで相談しながら企画を練った展示会で、多くのコンタクトを獲得できたときにはすごく嬉しかったですね。一つの展示会で4000名強のコンタクトを得た展示会もありました。移籍する前のコンタクト数と比較すると、1年で約3倍のコンタクト数に伸ばすことができました。
 
1年を通じて展示会出展を主導してきたことによって、代表の園田さんから「大野さんが展示会出展を担当してくれたことで、Lightblue Technologyの展示会施策が一つ上の段階にあがった」とフィードバックをいただくこともできました。数字としても成果を残せたし、園田さんや社員から「大野さんがいてくれてよかった」という声をもらえて本当に嬉しかったですね。

自身が行動で示すことで、会社全体に影響を与えたい

 
── 現在はどのようなお仕事をされていますか?
 
移籍前と同様に開発本部に在籍していますが、移籍後は、新たな取り組みを行う部署に配属となりました。その部署では、新しい技術を医薬品開発に応用するために調査や分析をしています。
 
調査分析の中では、スタートアップや小規模な企業を調査する機会があるのですが、そのときに移籍経験が生きていると強く感じています。移籍中は、テレアポやお客様へのメールなど、さまざまな形でお客様にアプローチしてきました。最初は躊躇していたものの、回数を重ねるごとに、フットワーク軽くお客様にアプローチできるようになっていったんです。
 
現在の部署でも、意見交換や状況確認の場で躊躇うことなくコンタクトを取れるようになっています。移籍経験の賜物ですね。
 
── 移籍期間を通じて認識した自社の良さはありますか?
 
Lightblue Technologyはスタートアップということもあり、リソースが十分ではなく常にボールを拾いにいかなければならない状況です。一方でそれと比べると小野薬品はリソースが十分にあり、プロフェッショナルも多数揃っている状況なので、そのプロフェッショナルの力が合わされば強い組織になれるんだろうと感じています。
 
潤沢にあるリソースをうまく使っていくためには、移籍で学んだスタートアップのスピード感も生かさなければならないと感じています。
 
── 今後、どういったことに取り組んでいきたいと考えていますか?
 
移籍中に痛感した「できない理由を考えないで、できる方法を考え、ひたすら実行する」ということを、行動で示していきたいと思っています。
 
これは、大企業で仕事をしていると、多くの人が忘れてしまう行動姿勢ではないかと思っていて。行動するとどのような成果が出るのかを背中で見せて、社内に伝播させていきたいと思います。
 
── 移籍を希望した背景に「自分自身をブーストさせたい」という思いがあったかと思います。その点についてはいかがでしょうか?
 
「ブーストさせることができた」と僕自身は実感しています。
 完全に思考回路や行動が変わりましたね。今いる環境に満足するのではなく、この環境をどう良くするのか?と常に考えるようになりました。レンタル移籍を経験しなければ、現状維持に満足していたかもしれません。組織や環境を変えていくためには自分から変わらないといけないと、今は強く思っています。
 
また、僕は本当に製薬業界が好きなんだということも、移籍を通じて再認識しました。移籍したばかりの1、2ヶ月目に、「しばらく医薬品開発に携われないんだ」と少し悲しくなっている自分に気付いたんです。20年間製薬業界にいるので、病気で困っている患者さんに薬を届けることの価値を、自分自身では理解しているつもりでした。しかし、あえて製薬業界から離れたことで、自分が思っている以上に、この業界に対して強い思いを抱いていることを知ったんです。
 
これからも、「できない理由を考えないで、できる方法を考え、ひたすら実行する」を大事に、大好きなこの業界で、良い影響を周囲に与えられたらと思っています。

大企業の安定した環境を飛び出して、スタートアップに飛び込んだ大野さん。「できない理由を考えない」という衝撃の言葉に出会ってから、持ち前の主体性をさらに強めることとなりました。スタートアップのスピード感とマインドを身につけた大野さんは今、会社全体に新風を吹き込もうとしています。20年培った経験に満足せず、チャレンジ精神を持ち続ける大野さんにきっとできないことはない、そう心から感じるインタビューでした。

Fin

【ローンディール イベント情報】

「社外経験は、セルフドリブンな社員を生み出すか?」主体性を持ち周りを巻き込める人材が育つために、欠かせない環境や体験とは?


協力:小野薬品工業株式会社 / 株式会社Lightblue Technology
インタビュー:早坂みさと
撮影:宮本七生
提供:株式会社ローンディール
https://loandeal.jp/

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