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なぜ、小野薬品工業は「経営者育成」でベンチャーを経験させるのか? 導入から3年で見えてきた効果と課題

「果たしてベンチャーでの経験は、経営者育成につながるのか」。
これまで累計14名をレンタル移籍に送り出してきた小野薬品工業株式会社。同社は経営者育成の一環で、社員をベンチャーに送り出しています。実施から3年。ベンチャーを経験して戻ってきた社員にどのような変化があったのでしょうか、そして見えてきた新たな課題とは? 今回、小野薬品工業でレンタル移籍を導入・推進したOIP(Ono Innovation Platform)室のである藤山昌彦さんと、レンタル移籍を経験した大野朋也さんにご登壇いただき、経営人材の育成に焦点を当てながら、会社全体での取り組みや変化などを語っていただきました。その一部を、要約してお届けします。

【登壇者】
藤山昌彦さん | 小野薬品工業株式会社 BX推進部 OIP室 室長 
1999年ライオン株式会社入社。研究開発部門にて日用品や化粧品の商品開発を担当した後、新規事業開発部門にて、新規アイディアの創出や事業開発支援業務を経験。2021年に小野薬品工業株式会社入社、BX推進部にて「イノベーションに挑戦する風土」を醸成するための取組みである「Ono Innovation Platform」の運営に携わる。

大野朋也さん(レンタル移籍者) | 小野薬品工業株式会社 開発本部 プライマリー臨床開発統括部 臨床開発2部部長 
2001年小野薬品工業に研究員として入社。その後、開発本部、英国現地法人、経営戦略本部での経験を経て、レンタル移籍直前は開発本部にて医薬品開発の臨床試験に関わる業務に従事。約20年間勤めた小野薬品を離れ、外の世界を見る決意をし、2021年10月から1年間、株式会社Lightblue にレンタル移籍。

ー経営資源を使いこなせる人財が必要


川井:まずは藤山さん、小野薬品工業さんの人財育成プログラム「OIP(オノ・イノベーション・プラットフォーム)」について教えていただけますか。

(株式会社ローンディール 川井敏昌)

藤山:OIPは「オノ・イノベーション・プラットフォーム」の略称で、2021年6月にスタートしました。そもそも小野薬品の人財育成は経営者・グローバル人財・DX人財・イノベーション人財という4つの軸で考えられています。OIPはこのうちのイノベーション人財を対象としており、挑戦する人財を育成し、小野薬品の風土を変えていこうという取り組みです。これまでに社員の30%以上にあたる約1200人が参加しています。

なぜこの取り組みを始めたかというと、弊社は先発型の薬品を作っているメーカーですが、新薬を生み出し続けるのは非常に難易度が高く、いい薬を作り続けるのは大変だという事情があります。また、一度すごくいい薬を作ったとしても、特許の権利が切れると後発型の医薬品が出てきて、いずれは競争優位性が失われてしまう。弊社としては創薬事業を強化するだけではなく、海外展開や新規のヘルスケア事業を拡張していく必要があり、ベースとなる人を含めた企業基盤を強化しなければならない、という危機感があります。

加えて、弊社は研究開発にもっと大きな投資ができるように成長したいと考えており、そのためには次々とイノベーションを生み続けなければなりません。その起点となるのは経営資源を使いこなせる人だと考え、人の育成に力を入れている、というところです。

(藤山昌彦さん | 小野薬品工業株式会社 BX推進部 OIP室 室長)

川井:その一環で「レンタル移籍」を導入いただいているということですね。

藤山:はい。OIPの構造をご紹介すると、まず「学習と経験の場」、その後に「挑戦の場」と2段階に分かれています。「学習と経験の場」については、修羅場(難易度)別に分類しているのですが、修羅場度が低いのは、セミナーやワークショップなどですね。ビジネストレンドや課題解決手法を学ぶほか、「自分は何がやりたいんだろう」というWILLの発掘・強化を行なっています。

一方で、修羅場度が非常に高い場として位置づけているのがベンチャー企業へのレンタル移籍プログラムです。ベンチャー企業では会社の看板を外して、マルチタスクでいろいろな業務に取り組まなければならない。そういった中で、圧倒的な当事者意識や行動力が身に付き、挑戦に対するレジリエンスみたいなものも鍛えられると考えています。

今年で3年目を迎えて、これまで合計14名を送り出していますが、ただ出向させるだけではなく、赴任先で力を発揮してもらうためのフォローアップや、会社全体に挑戦の風土を広げていくためにはどうしたらいいのかなど、考えながら取り組んでいますね。

「挑戦の場」としては「ビジネスコンテストHOPE」を行なっています。これは、社員が気になっている課題や身のまわりの困りごとについて、「こういう事業で解決できるんじゃないか」と考えて応募する制度です。企業理念に合致したものであれば、医薬品以外の新規事業も広く募集しています。

ー上層部を巻き込むことで「経営者育成」につながる


川井:仕組みとしてとても出来上がっていて、順調に運営されている印象を受けます。特に驚いたのは「2年間で30%以上の人がOIPに参加している」という数字ですが、どうしたらそのような規模で展開できるのでしょうか。

藤山:いろんな理由があると思いますが、まずはトップに理解があることでしょうか。みなさんOIPに対してポジティブな発信をしていて、ビジネスコンテストの説明会や最終審査会に社長が登壇したり審査員として参加したりしています。

レンタル移籍に関しても、社長も役員も「出向させることで人財が育つ」という期待感がすごく大きいんですよ。将来の小野薬品を考えたときに、どういう人に声をかけるのか、どういう基準で選ぶのかなど、役員も一緒に考えていて、「今の仕事を心配せずに出向してこい」と後押しする雰囲気がありますね。社長自ら「将来の小野薬品を背負えるような人間をしっかり選んでくれ」と言っていますし、今後はこうした難易度の高い修羅場経験を積んだ人間が、会社を経営していく可能性もあると思います。

出向中にも週報の共有や報告会の実施など、送り出した人間がどう変化していくのか、「役員にもちゃんと見てもらうようにする」というところが大事かなと。

川井:もともとイノベーション目的で取り入れたレンタル移籍プログラムが、経営者育成に広がっているということなんですね。ちなみにこれまでの経験として、成果が出ていると思うポイントと、試行錯誤しながら課題となっているポイントがあると思いますが、いかがでしょうか?

藤山:成果の一つとして、レンタル移籍に先陣を切って挑戦した人が、次に挑戦する人に火をつけている部分があります。面接で応募理由を聞くと、「同じ営業所で出向した方が頑張っていたので」と答える人が結構いて、社員同士の横のつながりというところでも挑戦の風土が広がっていると感じます。

また、違う業態を経験することで、大きく変わったという人も出てきていますね。「小野薬品にいたらこんな風な発想をしなかったんじゃないかな?」という、経営者に近い視点でモノを考えるような発言や行動が見て取れます。

帰任後についてはまだ一年弱しか経っていないので明確な成果は見えてないのですが、「すごく変わった」と評価をされる方も出てきているので、そういった方々がこれからどんどん活躍するんじゃないかという手応えはあります。

一方で課題としては、送り出した皆さんが変化して、小野薬品に帰ってきてから力を発揮して事業に貢献している、ということをずっと見せ続けていかなければならないということですね。今後は効果測定をする必要があると思い、そのあたりに難しさを感じています。

ー「自分の事業である」という意識が強く芽生えた


川井:ではここで、実際に移籍された大野さんにご経験をお話いただきたいと思います。ちょうど一年前に戻ってきて、帰任後には課長から部長に昇進されていますが、経験をどう活かして活躍されているのか、お話いただければと思います。

大野:よろしくお願いします。まず私の経歴をお話しすると、小野薬品に2001年に研究員として入社し、その後イギリスにあるオノファーマUKに出向しました。帰国後にTMCという研究と開発をつなぐ部署や開発本部、経営戦略本部、そして再び開発本部と様々な部署で経験をし、その上で2021年の10月から1年間、株式会社Lightblue(ライトブルー)というスタートアップ企業に移籍いたしました。移籍直前は部下6名の課長職でしたが、現在は神経変性や精神疾患の開発プロジェクトを推進する事業所の部長として仕事をしています。

なぜ移籍を志願したかというと、これまでの経験を振り返って将来を考えた時に、いわゆるマネジメントは問題なくやれていたものの、このままの流れで仕事をしていてはいけない、自分をブーストさせる必要があると考えたからです。そこで、これまでの知識や経験が通用しない環境に飛び込もうと思い、レンタル移籍を決断しました。

(レンタル移籍者・大野朋也さん | 小野薬品工業株式会社 開発本部 プライマリー臨床開発統括部 臨床開発2部部長)

Lightblueは東京大学発のAIベンチャー企業で、自然言語処理と画像解析を得意とする会社です。製薬業界以外の知識がない自分に最初に任された業務はマーケティング担当だったのですが、業務を着実に遂行して期待に応えていくことで、パッケージプロダクトの担当や補助金利用の事業担当など、業務を広げていきました。移籍数ヶ月後からはビジネス部隊に属しながら、代表の園田さんやエンジニアの人々と意見を交わして業務を進める、という会社全体を見渡せるような状況にあったかなと思っています。

こういった経験を通じて自分に起こった変化のひとつは、「自分の事業である」という意識が強く芽生えたことです。これは会社全体を見渡せることで、自身の役割の大きさを認識できたためだと思っています。また、やれること、やるべきことには線引きせずになんでも手を出して、自分自身で意思決定するというようになりました。

川井:帰任して一年。何か変化はありましたか。

大野:そうですね。帰任して一年が経った今の自分を分析すると、会社全体を俯瞰的に見続けて、会社の将来展望を「自分ごと化」して行動できていると感じています。そしてマネジメント人財にとどまらず、イノベーションリーダーであるために、継続的に製薬以外の知識情報を収集し続けています。

また、同時期にレンタル移籍した自社内の同期で集まり、「機動力を高めるために、ベンチャー流のコミュニケーションを取れる会社にしよう」と施策を練って活動している、というのが今の状況です。

ーマネジメントからリーダーシップを意識するように


川井:ありがとうございます。ここからは藤山さん・大野さん共に会場からの質問にお答えいただければと思います。「ベンチャー企業ではできるけど、小野薬品ではできないということは何かありますか?」とのことですが、大野さんいかがでしょうか。

大野:ベンチャー企業でできるのは、会社全体がどういう活動をして、収益につながっているかを経営視点を持って俯瞰的に見られることだと思います。

川井:先日のセミナーで小杉先生が「PL責任を持たせることが経営者育成につながる」とおっしゃっていましたけども、小野薬品さんの社内ではそういう環境を作るには難しさがありますか。

藤山:小野薬品はいろんな事業があるわけではなく、製薬・医薬品事業というひとつの事業だけで、その中で研究・開発・生産など機能別に分かれています。さらに、医薬品の研究開発は50年単位ぐらいで製品になっていくので、自分がやったことが事業にどう跳ね返っているかを実感しにくいじゃないかなと思います。

川井:実は以前、御社の役員の方から「本当に大野は変わったんだ」という熱いコメントをいただいています。大野さんご自身としては、リーダーシップについてはどう意識されていますか? 移籍前と移籍後の変化はありますか?

大野:移籍前は、組織や人のマネジメントが仕事の多くを占めていました。一方で本来求められているのはそこではなく、リーダーシップを発揮することだったと思っています。移籍を経験したことが、リーダーシップに割く時間を増やさなければならない、と意識することにつながりました。

川井:続いての質問ですが「レンタル移籍終了後、社内の他のメンバーと文化や考え方でギャップが発生したのではないかと思うのですが、どのようなコミュニケーションを行いましたか?」というものです。まず、藤山さんにお聞きしたいのが、そうしたギャップを埋める仕組みなどはあるのでしょうか。

藤山:まだ試行錯誤していて、そんなに良い答えを持っているわけではないのですが、まずは意欲ある社員をつなげようと思い、レンタル移籍プログラムやビジネスコンテストに参加した人同士で、Slackを使ったコミュニティを作っています。また、レンタル移籍経験者と興味がある社員がつながれる小規模な対話会なども地道に開催しています。そこから枠を超えていろんなつながりが生まれるように取り組んでいるところですね。

川井:大野さんは、仲間の巻き込みというところではいかがでしょうか。

大野:これは私に限らず、レンタル移籍を経験した人がみんなぶつかる壁というか悩むところだと思います。「ベンチャー企業ではこうだから」というような形で説明をしてしまうと、ギャップが生まれてくるんですね。なので気をつけているのは一つだけで、自分が行動するということです。

自分が行動して、その姿を見せて「ベンチャーに行って変わったんだ」「本気なんだ」と感じてもらうことが大事だと思います。同調してもらえるよう、環境を自分から作っていく。そういう心がけをして動いていますね。

川井:イノベーター育成から始まった取り組みが、上層部を巻き込むことで「経営者育成」の一端も担えるようになったというお話はとても興味深いものでした。具体事例をお話いただけたので、皆さんも参考になったのではないかなと思っております。藤山さん、大野さん、ありがとうございました。


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協力:小野薬品工業株式会社 / 株式会社Lightblue
レポート:渡辺裕希子
提供:株式会社ローンディール
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