「事業開発のスキルを求めてベンチャーへ行った結果、“意外な武器”を手に入れて帰ってきた」株式会社NTTドコモ 泰松遼さん
株式会社NTTドコモからパートナーロボット「unibo(ユニボ)」を開発するユニロボット株式会社へ、1年間の「レンタル移籍」を経験した泰松遼(やすまつ・りょう)さん。NTTドコモにはもともと「ドコモ出稽古プロジェクト」という異業種の業務経験を積む制度があり、その中のベンチャー企業分野として、レンタル移籍を採用しています。
「ロボットや最先端テクノロジーを通じてエンタメを実現する」という夢を追いかけ、さらなるスキルアップのためにユニロボットへ飛び込んだ泰松さん。そうしてベンチャーに足を踏み入れたものの、アウトプットし続けた結果、スキルだけではなく、思わぬ武器を手に入れたのでした。そして今、情熱を持ってNTTドコモでのあらたな取り組みにチャレンジしています。
外に出たからこそ経験できたこと、外に出たからこそ気付けたNTTドコモの魅力などを、たっぷり伺いました。
最先端テクノロジーでエンタメを届けたい
——NTTドコモではどんな業務を担当していましたか?
入社以来3年間、法人営業の部署に所属していました。私の担当はドコモが研究開発した画像認識や音声技術を、社外のパートナーと協創して新たなソリューションにしていくもの。具体的にはドコモの音声AIとベンチャー企業のロボットのハードを組み合わせ、高齢者向けの見守りロボットを作るといった業務です。
小さい頃から『遊☆戯☆王』や『ロックマンエグゼ』のような、近未来感のあるアニメが大好きでした。こうしたアニメが人気だったのは、ストーリーの面白さもさることながら、登場するホログラムの立体映像や人工知能の近未来感がとにかく格好良かったからでもあると思っていて。ロボットやテクノロジーを社会実装して、ビジネスとして普及させていけたらいいなとずっと思っていたんです。ドコモに就職したのも、その夢を実現させたいからでした。
——レンタル移籍に立候補した理由を教えてください。
アニメやマンガの世界を現実化するためには、XR、立体映像などの最先端のテクノロジーを扱いながら、エンタメビジネスとして成立させる必要があります。社内にもこの検討を行っている部署はあるのですが、ドコモとしても新しいチャレンジであり、社外の知見が必要とされていました。レンタル移籍制度を使って、今まさに社会実装に挑戦しているベンチャーに飛び込んで、この領域のスキルを学びたいと考えました。
ユニロボットを選んだのは、「ユニボ」というコミュニケーションロボットを作っており、「最先端のテクノロジー」と「エンタメ事業開発」という、まさに私が学びたいことに取り組んでいる企業だったから。日々新しい技術に触れ、最先端にいるからこその課題と向き合っているのではないかと思い応募しました。
短期間で求められるアウトプット
——移籍してからはどんな業務を担当したのでしょう?
営業部で、新規営業及びパートナー企業と協業した事業開発を担当しました。「ユニボ」という自社にある技術を使って新しいサービスを考えるという点では、ドコモで担当していた業務と近いですね。
移籍した当初、ユニロボットの役職員は約25名で、そのうち営業は私と代表の酒井さん含めて3人だけ。責任と裁量の大きさを実感しながら、酒井さんの仕事ぶりを間近で見て、たくさん勉強させていただきました。
最初に感じたのは、スピード感がまったく違うということ。着任初日、酒井さんから「この企業に提案に行くから、提案書を作って」と言われたんです。「他の仕事もまだないし、今日中に作って明日にはもう見せられるな」なんて思っていたら、2時間後に「できた?」と聞かれて(笑)。こんなに短時間でアウトプットを求められることって、今までの経験ではほとんどなかったので驚きました。
——いかにもベンチャーのスピード感ですね。そのスピード感には慣れていきました?
最後まで必死だったかもしれません(笑)。他にも色々とカルチャーショックがありました。
ある企業の打ち合わせでのことです。担当者の方はとても興味を持ってくれて、「ぜひ進めていきたい。ただ、予算がまだないからこれから上司に相談します」と言ってくださいました。私としてはすごく手応えを感じて、次も頑張ろうと思っていたのですが、酒井さんに報告したらはっきり「ダメそうだね。次に行こう」と。酒井さんが追い求めていたのは、興味を持ってくれてかつ予算がすでに確保されている企業だったんです。
ドコモでは「泰松は新規顧客を見つけてきて、予算獲得まで並走していくのがすごい」という評価だったので、やり方の違いに衝撃を受けましたね。ユニロボットでは営業は3人しかおらず、稼働が限られています。そのためには可能性が低い企業は諦めて、新規事業に一定の予算枠がある企業を狙っていく必要がある。シビアに選択と集中を見極めるってこういうことなんだ、と実感しました。
——シビアな条件で新規事業に予算を持っている企業を狙うために、泰松さんはどんな行動をとったのでしょう?
すでに予算を持っている企業に効率的にアプローチするため、アクセラレータープログラムにアプローチする機会を増やしました。アクセラレータープログラムは、仮ではあるもののプログラムのための予算が下りているので、ゼロベースで営業をかけるよりも可能性が高いんです。
この方針に切り替えたのが、だいたい移籍して3、4ヶ月目のこと。結果的にみて、この方法は成功。2ヶ月経つころには2社のプログラムで企画が通過し、実際に新規事業を進める段階に持っていくことができました。それから移籍終了までの半年は、この新規事業に力を入れて取り組みましたね。
「泰松さんの熱量にやられた」
——2社も企画が通ったのはすごいです。アクセラレータープログラムで印象的だったことはありますか?
うれしかったのは、リコーのアクセラレータープログラム「TRIBUS」でのことです。アクセラレータープログラムって、協業で新規事業を作ることを目指しながらも、実質的には大企業がベンチャーの技術を自社導入して終わってしまうケースもあるんです。もちろん、自社導入だけでもベンチャーにとっては大きな利益なんですけどね。
でも、私たちのチームはそうならず、リコーとユニロボットのアセットを掛け合わせて他の会社に売り込むところまで進めることができました。その結果自体もそうですし、プログラムのメンバーから「泰松さんのファシリテーションがよかった」と言っていただけたことがうれしかったですね。「泰松さんの熱量にやられた」「協業で新しい事業を作りたい気持ちが伝わってきて、自分も頑張れた」と言ってくださったんです。自分の気持ちが伝わったんだと感じました。
「TRIBUS」でリコーの担当者である萩田さん(写真右)と。萩田さんは別のベンチャーへ行った経験がある移籍者仲間
▼「TRIBUS」での取り組み
——新規事業にこだわり、実現するには大変なことも多かったのではないかと思います。泰松さんがやり抜くことができたのはどうしてでしょう?
「事業開発のスキルを身につけたい」という強い思いでレンタル移籍にのぞんでいたからでしょうか。せっかくの機会を最大限生かしたかったんです。それに、お世話になっているユニロボットのことを考えても、導入して単発で終わるより新規事業で利益を生み出せる方がいいですよね。1年間しか在籍しないからこそ、難しい挑戦をして結果を還元したいなって。
一気通貫の仕事の中で、顧客への気持ちが生まれてくる
——期間が短いからこそ、後に残る結果にこだわれたんですね。その他、ユニロボットでの経験で何か印象に残っていることはありますか?
企画からお客様に届けるまで一気通貫で担当できたのはよかったですね。これまではバリューチェーンの一部を担ってきたので、「徹底的なお客様目線での仕事」を実感できました。
やりがいや熱量って、そういうところから生まれてくると思うんです。新規事業はオーナーが考えぬくことが重要で、最終的な責任をもつ決意と覚悟が成功の可能性を上げていきます。その熱量がどこから得られるかというと、お客様と接して、気持ちに応えたいと思えること。一気通貫で仕事をする中で、その気持ちが湧きあがるのを何度も感じました。
実はドコモ社内でも、サービスの企画業務からお客様へ届ける業務まで、より一気通貫で担当できるとよいのでは、との声があがっているんです。実際に手応えを感じた自分から、何か変えていきたいと思いましたね。
印象に残ったことは他にもたくさんあります。メンターの大工原さんにも助けられました。自分が学びたいスキルをなかなか得る機会がなくて焦っている時、「業務とのすり合わせがあるから、常に学びたいスキルが得られるわけじゃない。でも、たとえば大企業とベンチャーの違いを観察したり、大きな組織と小さな組織の違いを考えたりすることも、将来泰松さんがドコモで新規事業を立ち上げた時に生きてくる学びになるよ」とアドバイスをくださったんです。目の前のことで頭がいっぱいになっている時に、長い目で学びを得る視点をもらえたことがありがたかったですね。
改めてベンチャーでの経験を整理すると、
・約25名の組織で営業の人数が限られていたため、裁量も責任も大きかった
・自分がどう動くかが、案件受注に大きな影響を与えてしまう状況だった
・縦割りではなく、企画からお客様に届けるまで一気通貫だった
このように、“自分が動かなければいけない”状況だったからこそ、自主的なアクションにつながり、その結果、できることも増え、見える世界も変わってきました。
また、こうした経験を通じて、
・大企業4年目でもベンチャーで役に立てることがわかった
・これまでとは異なる環境に身を置くことで、自分の強みが発掘できた
など、ドコモにいるだけではわからない気づきを得られたことも、越境ならではの魅力だと感じます。
リコーの「TRIBUS」メンバーらと
場所を変えても自分の力が発揮できた
——そうして泰松さんが観察する中で見えた、大企業とベンチャーそれぞれのいいところはどんなことでしょうか?
まず大企業のいいところは、資金や人材が豊富で、顧客とのつながりがすでにあること。たとえば新規事業の検討をする時も、大企業の看板があるかどうかで反応がまったく違うんですよ。ドコモで「顧客課題を確認したいので、話を聞かせてください」と言えば、インタビューをさせてくれます。でも、ユニロボットのようなベンチャーで同じお願いをしても、メールがそもそも返ってこなかったりして。このありがたさは、他の場所で働いてみて改めて実感しましたね。
一方、ベンチャーの良さは朝令暮改で末端までスピード感をもって変革できること。それから、経験や実績のある人が、どんなことにも向上心を持って勉強し続けている姿勢にも刺激を受けました。本当にすごいんですよ。みんな常に勉強していて、雑談の中で最新のニュースや最近学んだことが口をついて出てくるし、「こんな本を読んだんだけど、あの事業に生かせないかな」といったアイデアも頻繁に交わされています。
こういうことって誰かが積極的に話してそういう雰囲気をつくってしまえばいいと思うんです。そうすれば、自然と周りが「自分も勉強して共有してみよう」と思うようになるかもしれません。ドコモでも、まずは自分からやってみて、小さな範囲から前向きなループを生み出せるよう変えていきたいと思いました。
——ベンチャーの環境にたくさん刺激を受けたことが伝わってきます。では、ベンチャーと大企業で変わらなかったことはありますか?
私は社会人経験が3年と比較的浅い中でレンタル移籍を経験したので、最初はスキルに不安があったんです。
もちろん、「やってやるぞ」という気概は人一倍あるつもりでしたが、ベンチャーという集団で結果が出せるのだろうか、と思っていました。
でも実際にユニロボットで働いてみて、自分の営業力や提案力でも違和感なく業務に当たれたと感じています。業務内容が近かったこともありますが、根本的なスキルは同じだったんです。酒井さんからも「泰松さんは相手の懐に入るのがうまいね」と評価していただきましたし、人間力みたいなものは通用したのかなと思っています。
場所を変えても自分の力が発揮できたことはうれしかったですね。
——それはたしかに自信になりそうです。
そうですね。ドコモにいた時は「まだ若手だから、先輩たちも甘く見てくれているのかな」と思うこともあったのですが、そんな甘いことは言っていられない少数精鋭のユニロボットで結果を出せたことで安心しましたし、大きな自信になりました。
大企業の中には、「自分のスキルは他でも通用するのだろうか」と感じていたり、「外には他にも面白いことがあるんじゃないか」と好奇心を抱えていたりする人が多いんじゃないかと思います。その中で、レンタル移籍をしたいけど、「自分は外では通用しないかも……」と一歩を踏み出せない人がいたら、「きっと大丈夫!」と伝えたいですね。
よく、「ベンチャーに行ったら、大企業を辞めたくなってしまうのでは?」なんてことを聞かれますが、私はまったくそんなことはなく、むしろドコモの魅力、チャンスに溢れた環境に改めて気づくことができて、より会社を好きになりました。得た学びをより多く社内に還元していくにはどうしたらいいのか? ということを必死に考えているくらいです(笑)。
NTTドコモの「飛び地」でありたい
——1年間の移籍を終えて、現在はどんな業務を担当してるのでしょうか?
ドコモのエンタメ分野での戦略の検討と、自然環境保全における課題を解決する新規事業の主に二つを担当しています。
ユニロボットでの経験は、特にエンタメ分野の戦略を考える上で役立っていますね。エンタメ事業の様々な難しさも実感しましたが、ロボットを活用したソリューションの現場を知ることができたのは、今後の参考になりました。酒井さんが正解のない中で悩み、考え抜いている姿を目の当たりにしたことも、様々な判断の場面で成果につなげていけると感じています。
——最後に、泰松さんの今後の目標を教えてください。
企業内の「飛び地」のような存在でありたいと思っています。ドコモは大半の方が新卒で入社した社員です。また、泰松が入社した年次で言うと支社支店営業を経て本社に異動するルートを多くの方が通ります。そんな中で「ドコモ出稽古プロジェクト」で、ベンチャーで1年間働かせていただけたのは本当に貴重な経験だったと感じています。そんな自分だからこそできる役割を担っていきたいです。
それから、私は大企業の若手中堅社員らによる実践コミュニティ「ONE JAPAN」でスタートアップの協業支援を行ったり、懐かしいゲームで遊び放題の秘密基地「オトナ帝国」を作るプロジェクトなど、プライベートでも好奇心のまま色々なことに関わっています。これらの活動で出会った人から業界の課題や、最新技術の動向を学べることもあって。そこで得た知識や経験も含めて、ドコモでの仕事に生かしていきたいと考えています。
責任と裁量が大きく、スピード感をもって必死で業務に当たったユニロボットでの1年間。長いようであっという間だったその日々は、仕事のスキルだけでなく「自信」をもたらしてくれるものだったようです。公私の壁を越えて、興味のあることにどんどん飛び込んでいく泰松さん。その野心的な姿勢は、きっとNTTドコモに新しい空気を作り出していくはずです。
Fin
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人材育成で、あえて地域や教育の現場に行く意義は?
そして企業と教育のかかわり方に関する展望は?
【レンタル移籍とは?】
大手企業の社員が、一定期間ベンチャー企業で事業開発などの取り組みを行う、株式会社ローンディールが提供するプログラム。ベンチャー企業の現場で新しい価値を創りだす実践的な経験を通じて、イノベーションを起こせる人材・組織に変革を起こせる次世代リーダーを育成することを目的に行われている。2015年のサービス開始以降、計50社 145名のレンタル移籍が行なわれている(※2021年7月1日実績)。→詳しくはこちら
協力:株式会社NTTドコモ / ユニロボット株式会社
インタビュー:小沼理
撮影:宮本七生
提供:株式会社ローンディール
http://loandeal.jp