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【イベントレポート】地域を変革に導いた大企業社員は、どう飛び込み、どんな経験をしたのか?

  「教育の島」と称され、全国から留学者・移住者が後を絶たない島根県の北に浮かぶ隠岐諸島・海士町(あまちょう)。この地域を変革に導いたのは、大企業出身の岩本悠さんでした。
 岩本さんは2007年から島根県海士町に一人で飛び込み、隠岐島前高校を中心とする、人づくりによるまちづくりを実践。プロジェクトを始動して約7年間で廃校寸前だった隠岐島前高校の生徒数は2倍以上に増加。卒業後に島に留まる若者や、若い家族のUターンやIターンも増え、今や全国から注目される地域変革を作り上げてきました。
 そこで今回、岩本さんをお招きし、オンラインイベントを開催。大企業に勤めていた岩本さんが、地域でどのように動き、どのような苦労があったのか? 課題先端地域と呼ばれる地域の変化はどう起こったのか? またご自身はどう変化・成長したのか? などをたっぷり伺いました。その一部をお届けします。

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 ※ 本イベントは、ローンディールが2022年からスタートする、ビジネス経験豊富人材が地域・高校教育の現場に1年間「留学」して、教育現場や地域における課題解決に取り組む『大人の地域みらい留学』の実施にあたり、地域や教育について知っていただくために開催したイベントです。次回イベントは、10/6 開催【辺境の変革者に学ぶ vol.1 】「島で見た新たな可能性」です。

課題を解決するヒントは地方にあるかもしれない

岩本さんは新卒でソニーに入社。その後退職し、2007年に島根県・隠岐諸島の海士町に移住。廃校寸前の高校の立て直しを始めます。なぜ、故郷でもない土地に移住し、地域や教育の改革を始めようと思ったのか? まずはそうした背景とこれまでのストーリーを伺いました。

岩本:ソニー時代は、人事部門で人材育成・組織開発などをしながら、社会貢献のプロジェクトに関わり、途上国での教育などにも携わっていました。そんな中で、たまたま島根県・海士町の学校に講師として呼ばれて授業をさせていただく機会があったんですね。その時に、地元の教育に携わる方々から「海士町にある唯一の高校が少子化で潰れそうだ」ということを聞いたので、自分なりに思うことを色々お話しさせていただいきました。そうしたら、「だったらこっちに来て立て直しをやってくれないか? いつ頃からきてれるの?」って、話が急展開して(笑)。

岩本悠さん / 地域・教育魅力化プラットフォーム 代表理事


最初は、純粋に面白そうだなぁとか、ワクワク感はあったものの、行くなんてことは考えていませんでした。ただ、改めて考えてみると、超人口減少、超少子高齢化、財政難であることが、ある意味、これからの日本の重要課題の宝庫なんじゃないかって。でも、東京で満員電車に乗る生活をしていては、超人口減少とか超少子高齢化と言われても、全然リアリティも当事者意識も感じられない。人・モノ・金が豊富ではないこうした地域や環境で、”持続可能な社会づくり”のモデルをつくる挑戦は日本の未来を変えうるのではないかと興味が生まれたんです。これまでは、欧米を見て追いつけ追い越せという、高度経済成長から続いてきた時代でしたが、持続可能な社会をつくっていくときは、地方にヒントがあるかもしれない。言ってみれば、黒船ではなく、曳舟(タグボード)です。大きくなりすぎて動きが遅くなった大きな船を、小さな船が牽引していくことが大事なんじゃないかなと思ったわけです。なので、会社を辞めて飛び込みました。今から14年前のことですね。


その後、まずは、「島留学」というプロジェクトを始めて、全国から多様性を持った生徒を募集して、受け入れるようにしました。そうした取り組みをしているうちに、魅力ある地域の教育環境を求めて海外や全国から留学・移住をしてくるようになり、ここ10年ほどで、島根県全県で1500人くらいの方を受け入れています。その後、現財団を設立し、「地域みらい留学」として広く展開するようになり、今は、高校の3年間、もしくは1年間だけの留学プログラムを、全国の自治体や学校と連携しながら行っています。

原田:岩本さんは、今でこそ、地域や教育の最前線で活躍されていますが、当時は「高校を立て直す」というミッションを持っておひとりで地域に飛び込んだわけですよね。最初から順調だったのでしょうか。カルチャーショックもおありだったと思いますが。

原田未来 /  株式会社ローンディール 代表

 岩本:すべてがカルチャーショックでした(笑)。完全アウェイですし、町の人たちから見たら、よそもの。おまけに、自分は教員でもなんでもないので、「一体何ができるんだろう」っていう。やっぱり、社長が企業を変えていくのと同じで、学校の改革は校長や教育委員会がやるものだと思っていましたし、自分には権限がなく、“中”にも入れないわけです。そうしたスタートだったので、当然、大変でした。苦悩、葛藤、問い直しの日々ですよ。

 原田:たとえば、どのようなことでしょうか。

 岩本:まず、これまでビジネスで当たり前に使っていたコミュニケーションが通じないわけです。カタカナを話すだけでも嫌だという人たちもいる。「日本語で喋って」って言われたり(笑)。それに、都会にいる時は論理や数字が大事だと思っていましたが、地域に行くとそれだけでは動かない、進まないことがある。そうした文化に慣れるまで時間がかかりました。

 原田:そのような状況をどうやって打破していったのでしょうか。

 岩本:とにかく関係づくりを大事にしましたね。やっぱり、「何を言ってるかわからないけど応援しよう」って思ってもらえるくらいの信頼関係をつくった方が良いなと思って、自分から積極的に相手のことを知りにいったり、飲み行ったりして(笑)。そうやって、まずは関係構築から始めて、いろんな人たちを巻き込んで、対話を通じて共通のビジョンを生み出していくようにしました。

最初に面白がってくれたのは、意外に思うかもしれませんが、一世代上の50代60代くらいの人たちでしたね。これまで地域をよくしようと頑張ってきた人たち。あとは、自分が何かを決めるのではなく、みんなの中で生まれたものを、「じゃあ、それをやっていきましょう」というスタイルで進めるようにしました。

大事なのは権限が及ばないところに変化を生む
“越境リーダーシップ”

原田:全然文化の違う人たちを巻き込んでいくには根気もいると思うのですが、岩本さんの中で想いがあったからやってこられたのか、それとも動いているうちに本気になったのか。いかがでしょうか。

岩本:実は海士町に飛び込んで、1年目の頃は、「ここで自分は何かできるのだろうか。でも、ここで逃げたらカッコ悪いな」って葛藤がありました。一方で、これまでの働き方やリーダーシップが通じないというだけで、もしかしたら、これからの時代は、今の自分の状態のように、権限が及ばないところに変化を生んでいく“越境リーダーシップ”が必要じゃないかって思えた瞬間があったんですね。そうやって状況を俯瞰できるようになってからは、ここでやっている苦労や苦悩は、自分のためだけじゃなくて、この後に続いてくる多くの人たちに活かせるものだろうし、ここで得たことはどこの地域や環境に行っても活かせるんじゃないかという考えになって、本気というか、前を向けるようになったというのはありますね。


原田:なるほど。ちなみに、当時、行動を起こしていく中で、ソニーでの経験が活かせたということはありますか?

岩本:ありますよ。たとえばですけど、当時、地域には、マネジメントやマーケティングなどといった発想があまりなくて。単にそれまで必要なかったのかもしれませんが、それだと、外と関係性を築いていくことが難しいこともあるわけです。なので、そうした大企業で学んだ発想を活用しながら、物事を進めていきました。地域の方々も、「こういう考え方でやっていくのも大事なんだね」と、理解し合えるようになりましたね。それに、そうした企業の価値観と地域の価値観、両方を理解し、橋渡しできる人はいなかったので、そうした面では重宝されました。

原田:岩本さんの書籍『未来を変えた島の学校』によると、「ちゃんと実績を出していく中で説得力が増していく」ということを書かれていましたが、やはり結果を出していくことは意識しながら動かれていたのでしょうか。


岩本:
いくら理念やビジョンを語ってもリアリティを持ってもらうことは難しいですから。要は理屈だけでは動かないわけです。なので、実際に作って見せるのが早い。やって見せると、反対していた人もいいねってなる(笑)。たとえば、「こういう取り組みの結果、子どもの意欲がこれだけ向上した、進学校に行く子がでた」など、具体的な変化が大事です。 

今までとは違うやり方を試すチャンス

原田:今は島根県から始まった取り組みを、他の地域にも広げていっているフェーズだと思いますが、そこにはどのような壁があるのでしょうか。

岩本:まず前提として、人口減少が激しい地域や、危機感を持ってところは動きも早いので問題はないのですが、そうではない地域は、大企業が「自分たちはまだ大丈夫」と思っているのと一緒で、変化は起きにくいと感じます。ただ、危機感がなくても、先ほどお話ししたように目に見える変化や価値がわかると動き出してくれるので、やっぱりエビデンスを作って見える化させていくことが壁を突破する方法だと考えています。

あとは、内部に危機感を持っている人がいたとしても、そうした個人を頼みにするのではなく、これまでつながっていなかった学校や地域、企業などでコレクティブなチームをつくって、共通のビジョンを持ちながら、みんなで共創していくことが大事だと感じますね。当然、それらの間には溝や壁があるので、そこをいかにうまくつないでいけるかが大事。こうした取り組みを企業で働く方々が行うことで、自分たちの領域と別の何かつないで新しいものを生み出す、いい経験にもなるんじゃないかなと思います。

原田:「大人の地域みらい留学」を通じて、企業の視点も持ちながら、地域で力を発揮してくれるといいな思いますが、留学に行く人にアドバイスをいただくとしたら、どんなことがありますか。

岩本:捨身ということです(笑)。アンラーニングな状態だと思った方がいいでしょう。今までのやり方や考え方を一旦脇に置いたり、手放す必要があります。そこにこだわりすぎると成長が遅くなる。一回置いてみて、「今までのやり方じゃないとしたら、どんな方法があるのか?」っていう見方ができると、苦しみがなくなる(笑)。最初から従来の手法を使おうとするとうまくいきません。最初の1年は右利きの人なら、右手を縛って、左手でやってみるというようなイメージです。右手が使えるときはいつか来るので、その時はじめて、両手を使えばいいんじゃないかなって。 

原田:アンラーニングは捨てるではなく、後々活きてくるという捉え方は面白いですね。

岩本:それがわかっていれば、一旦脇に置くことが怖くなくなりますから。

原田:岩本さんは、ソニーを離れて14年経ちますが、改めて今、大企業に戻りたいですか?

岩本:いいチャンスがあるんだったら(笑)。やっぱり、あらゆるリソースがないところで動いているので余計なのかもしれませんが、大企業が持っているポテンシャルはすごいと思いますし、都会の企業が持っているテクノロジーは地方にはないので、つながると面白いことになるんじゃないかなって思いますね。これまで、つながりがなかった地域と企業をどうつないでいくのかっていうのが、次のテーマでもあったりします。

原田:「大人の地域みらい留学」を通じてきっかけができたら良いなと思います。そうした地域や企業がつながった先に、岩本さんはどのような未来を描いているのでしょうか?

岩本:教育もまちづくりもそうですが、社会のウェルビーイングといいますか、「人がもっと幸せに生きていける社会づくり」に興味があります。ただ、地域で小さく活動していることを社会全体に対してインパクトを与えるためには、やはり科学技術やテクノロジーが必要になります。そうした時に企業と地域がつながっていると、大きく広がっていくと思っています。

一方、地域という、テクノロジーや大きなシステムから離れたところに身を置くからこそ、得られる感覚もあるわけです。どちらがいいではなく、どちらの面も見られるようになるというのが大事だと思いますね。

原田: 大企業から地域に行く方にも、その両面を活用してもらえたらと思います。最後に岩本さんから一言お願いします。

岩本:とにかく、一度現場に行ってみるというのがいいんじゃないかと。言葉で聞くのと行って感じるのでは全然違います。越境で得られる成長は、目に見える数字とか、知識レベルが上がるとかではなく、非連続的な成長だったり、ものの見方や考え方が変わっていくような変化です。なので、興味がある人は、現地に行って現場で起こっていることを見て、「ここで自分は変わるだろうか?」って、感じてみたら良いんじゃないかと思います。

原田:今日はありがとうございました!

Fin

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岩本悠さんプロフィール

一般財団法人 地域・教育魅力化プラットフォーム 代表理事
島根県教育魅力化特命官

学生時代にアジア・アフリカ20ヶ国の地域開発の現場を巡り、その体験学習記「流学日記(文芸社/幻冬社)」を出版。その印税等でアフガニスタンに学校を建設。幼・小・中・高校の教育免許を取得し卒業後はソニーで人材育成・組織開発・社会貢献事業に従事する傍ら、学校・大学における開発教育・キャリア教育に取り組む。2007年より海士町で隠岐島前高校を中心とする人づくりによるまちづくりを実践。「日本を立て直す100人(朝日新聞出版・AERA)」に選出。プロジェクトは第1回プラチナ大賞(総務大臣賞等)を受賞。2015年から島根県教育庁と島根県地域振興部を兼務し教育による地方創生に従事。2016年特別ソーシャルイノベーター最優秀賞を受賞(日本財団)。<近著>『未来を変えた島の学校- 隠岐島前発ふるさと再興への挑戦』(共著、岩波書店、2015)

【次回、オンラインイベント参加者募集中!】 
10/6開催:辺境の変革者に学ぶ vol.1 
「島で見た新たな可能性」

離島に移住して見えた新たな可能性と、挑戦とは?「株式会社風と土と」の阿部さんをお迎えし、持続可能で幸せな社会を創り出すためにどのような挑戦をしているのか、じっくりとお話を伺います。

【「大人の地域みらい留学」とは?】

「大人の地域みらい留学」とは、2020年より、ローンディールが新しく始める、地域や教育現場に1年間留学するプログラムです。主には大企業のミドルシニア層が、セクターを超えての挑戦や、企業の中でのマネジメントは経験したけど次のステージで高い視座でマネジメントをしていく機会として提供していく予定です。まずはお問い合わせください。詳細はこちら

協力:一般財団法人 地域・教育魅力化プラットフォーム
レポート:小林こず恵
提供:株式会社ローンディール
https://loandeal.jp/

 


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