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「結果を出す」と「ありのままの自分を大切にする」はつながっている【メンターVol.3 笹原優子さん】

「移籍をするまでは、ずっと自意識過剰でしたよ」
今回お話を伺った、株式会社NTTドコモ、イノベーション統括部グロース・デザイン担当部長の笹原優子さんは、そう教えてくれました。
笹原さんは、NTTドコモにて社内起業家を育成し新規事業創出を図るプログラムを運営するかたわら、ローンディールにてメンターを務めてくださっています。
多忙な生活を送りながらも、移籍者たちをご支援くださる背景には、ご自身の2度の移籍経験があるからだそうです。果たしてその経験はどんなものだったのか、そして移籍経験からえた学びを、今移籍者や部下の皆さんにどう伝えているのか、そのマネージャーとしてのあり方にも迫りたいと思います。

ー自分の“単価”と向き合った、初めての移籍経験

私が初めて“移籍”に近い体験をしたのは27歳のとき、「遠距離結婚」を決めたときでした。結婚する相手が大阪に住んでいたんですが、当時の日本では女性がパートナーの方について行くことがあまりにも普通で、私もそう考えていた頃です。東京でどうしてもやりとげたい仕事があって、一旦は「遠距離結婚」という形をとったのですが、いつまでこの会社にいられるかは分からない。それだったら「いつでも転職できる武器」を身につけたいと考えるようになりました。

そんな時に、仕事である女性と出会って、それがきっかけで“移籍”を経験することになりました。彼女と異業種女性七人で「コンサルティング」をする活動を、副業として始めたんです。女性向けの商品やサービスを考えるためのアイデアを提供する仕事でした。

私自身は「サービス、事業を企画する」ことをずっと社内でやってきていたこともあり、企画やマーケティングのプロになりたいと考えて始めたことでしたが、初めて社外の、しかも個性豊かな人たちと仕事をして、自分の意見が役立たない悔しさをたくさん経験することになりました。それまで自社でそれなりに頑張ってきたつもりでしたし、メンバーの中にはマーケティングを実務で経験していない人もいたのに、なかなか貢献できている気がしなくて、「自分」が分からなくなりました。

それでもがむしゃらに挑んで、初めてお給料以外で代金をもらった、ときすごく感動しました。会社で働いていると、自分の仕事の単価って分からないじゃないですか。でも副業をしたことで、「これだけのことをして、これだけのお金をもらえるんだ」と実感できました。そこから、「サラリーマンもこれだけ給料をもらってるんだから、ちゃんとプロの仕事をしなきゃ」と思うようになったんです。

……とは言っても、何のプロかと言われれば、今だって別に自分のことをプロだなんて思わないですけど。私よりすごいマーケターなんてたくさんいますし。でも、とにかく「給料を頂いてる分、成果を返すんだ」って、あの時から思うようになりました。

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笹原さんはその後、次の移籍を経験するまでの12年、さまざまな仕事を経験していきます。当時大きな注目を浴びていた「iモード」の企画を6年担当された後は、パートナーの方といよいよ住もうと関西に転勤。そして2年後、iモード端末のリブランディングをどうしてもやりたい!と、また東京に戻り、プロジェクトリーダーとしてご活躍されました。

ーグローバルが、ネギ背負ってやってきた!

リブランディングのプロジェクトリーダーをしていた頃の自分は、振り返ると調子に乗っていたなと思います(笑)。せっかく27歳の時の副業で気付いた「自分なんて何もないんだ」という感覚も忘れてしまっていました。自分の仕事に強い思い入れがあったし、私が誰よりこのプロジェクトのことを分かっているっていう自負もあって、いつの間にか他の人の意見を聞かなくなっていました。「私、すごいでしょ」と言わんばかりに、周りに格好をつけていた気もしますね。また自意識過剰になっていた時期でした。

ただ一方で、自分に限界も感じ始めていました。当時は、携帯メーカーもiPhoneが出てきたり、LGとかSamsungといった海外メーカーが伸びてきていた時期で、「これ以上この仕事をやるなら、グローバルトレンドを読めないと無理だな」と思っていたんです。それか「転職して、国内マーケティングを続けるかだ」と考えていました。

それで私は、あっさり後者を選んで(笑)、転職しようと心に決めていました、英語が本当にダメだったので。だけど不思議なもので、そんな時に会社から「留学に挑戦しないか?」という話をもらったんです。まるで「グローバルがネギ背負ってやってきた」という具合で、こんなチャンスはなかなかないと思いましたが、考えてもなかった選択だったので、3週間も時間をもらって悩みました。最後は家族が後押ししてくれたのもあり、引き受けることになるのですが、留学後は目のまわるような日々。この留学が、私の第二の移籍経験になります。

ー“結果”をだす、とは「自分の出したい結果」をだすこと

向こうでは、毎日ビジネスケースを読んでグループワークをしたり、ファイナンスとかアカウンティングのテストを3時間も受けさせられたり……、といった生活でした。ついていくので必死でしたが、会社に留学させてもらっている以上は、“結果”を残さないといけない。だから、どう効率的に学んでいけばいいかを考え抜いて、なんとか駆け抜けました。

だけど正直に言えば、留学当初は「このままじゃ、“結果”なんて出せない」と思ったんです。同窓生には、いつもテストを30分で終えて教室を出ていくような天才がいたり、名前を聞いたら誰もが驚くような国際機関で働いている人もいて。そんな彼らでも難解な課題を、決して真面目に勉強してきたとは言えない自分が毎日こなすのは大変でした。しかも、英語がまともにできなかったので、自分の考えを「なんとなくすごそうに話す」なんてこともできなくなる(笑)。これじゃ“結果”なんて出せないでしょ、と思ったりもしました。

でもそうやって追い込まれた時に、「待てよ、私が出そうとしてる“結果”って何なんだ?」と自問自答できたんです。

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自分は今、自分なりに必死にやっていて、毎日限界と思えるアウトプットを出しているのに、これ以上どんな結果を出せるんだろうって。私にできるのは、結局のところ「自分の今だせる、出したいと思える結果を出すことだけなんじゃないか」って、気付いたんです。

留学期間を終えた後、留学先のプログラムディレクターに「留学で学んだことは?」と聞かれた時も、私は「Perfect doesn’t exist.」と即答したくらい、その気付きが大きかった。自分がどれだけ頑張ったって、自分よりすごい成果を出せる人はいるわけですから、「完璧」なんて一生なれないのに、私はそれまでずっと「完璧な結果」こそが出すべき“結果”だと思っていました。でも留学以降は「ありのままの自分を受け入れて、その自分を思いっきり出せばいい」、そう思うようになりました。

MITへの留学中「自分の出したい結果」を出そうと決めた笹原さんの手からは、結果として「求められる“結果”」が生み出されていきます。順調に単位を取り終え、手が少しあいた留学生活後半は、同窓生3人とビジコンに出場。その後はプエルトリコの政府機関でインターンをし、ハーバード大学のデザインスクールも受講されました。

あの時の私のようにむき出しになる経験は、ベンチャーへの移籍をすれば必ず経験することなんじゃないかと思います。私が27歳で副業をした時に考えたように、そして留学でも考えたように、最初は「私の個性って何なんだろう?」とか「私に何ができるんだろう?」と考えると思うんですが、でも結局は、全身全霊で目の前のことに挑むしかなくなる。それを経て「求められた“結果”を追い求める」ということと、「ありのままの自分を大切にする」ということが、自分の中で接続していく経験は、とてもかけがえないものだったと、今思います。

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プロフェッショナルが集い取り組んだ副業経験、iモードのラインナップリブランディング、そしてMITへの留学…。たくさんの“修羅場”と呼べるような経験を経て「ありのままの自分」の価値に気付いていった笹原さん。むき出しで仕事に立ち向かえるようになった彼女は、今マネージャーとして、メンターとして、どう後輩たちと向き合っているのでしょうか。

ー「自分の言葉」を閉ざすと、自分自身も閉じていくから

私が移籍者の方や、自分の組織のメンバーに大事にしてほしいと思っていることは、自分が今やっている仕事を「自分の言葉」で語れるようになることです。たとえば、メンターをさせてもらった出川さん(株式会社オリエンタルランドから、NPO法人フローレンスに移籍)は、移籍する前から、会社から言われたことはきっちり理解し実行できるし、言われたことを部下に伝わるように変換することもできる方でした。でも、彼女のやりたいことがどうかっていうのは置いていかれていたし、本人もそれを持つ必要があるとも思っていない気がしました。

でも移籍先のフローレンスで、同僚たちが「私がなぜここで働くか、何をしたいと思っているか」を語る姿を見て、すごく刺激になった、と。それからは彼女も「自分の言葉」で自分の仕事を語るようになって、オリエンタルランドに帰った後も、チームメンバーに「何をしたいか」引き出すようになったと言ってくれました。

私は、「言葉」はその人自身だと思っていて、「自分の言葉」を閉ざすと、自分自身の願いも、感性も、閉じていくと思うんです。「自分の言葉」で仕事を語るから、それが真の意味で「自分の仕事」になっていく。そう思っています。

また、私はイノベーションとなる事業を生み出すことがミッションなわけですが、みんなが自分の言葉を持ってプロジェクトに関わる組織にならないとイノベーションも起きないと思っています。イノベーションを生み出すために重要な要素は「フラット・オープン・ダイーバーシティ」の3つ。多様なバッググラウンドをもつそれぞれが、自分の言葉でフラットに、そしてオープンに語り合う必要があると思います。

私自身はそのために、上下関係なんて関係なく、チームメンバーをプロフェッショナルとして扱うことを大事にしたいと心がけています。「会社を背負っている一員で、この仕事を担当している人」として接したい。だって、ただの「担当者扱い」をされるって「歯車扱い」をされるようで私だったら寂しいから。そんな期待のかけ方じゃ、人は頑張る気が起きないと思うんです。あと、実際に「会社を背負ってその仕事を担当している人間」の視座まで上げてくれよ、とも思っています(笑)。だから、チームメンバーに自分から相談するし、納得いかないことはちゃんと伝える。もちろん素敵だと思ったことは素敵だねと伝えるようにもしています。

笹原さんはご自身の考えをオープンにするために、「先週のささはらさん」と題し、チーム内にメルマガを配信しているそうです。その最新号ではこんなことが書かれていました。

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みんなで話すのはいいですね。(私目線)
 
意見を本当にもらいたくて、時間を持つのですが、結構強く意見も言っちゃうので場を設けたはいいが、「聞いてないじゃないか!」と思う人もいたかもしれません。本人に悪気はないので、ディスカッションしたくて言い返しているだけなので、話しにくい場合は「ちゃんと聞いて」と言ってください。 プロダクト部の時代は本当に自分の考えが正解だと思っていたので、その時はリアルに(人の話を)聞いていなかったのですが、性分として多分聞かないタイプだとも思うので、聞いてなかったらほんと、言ってください。気をつけてるんですけどねー。

私があまりに真正面から行くので、それがメンバーからしたら怖いのかな、と思う時もあります。し、発言しづらい空気につながってるのかも、と思う時はあります。でも、私はやっぱり「フラット・オープン・ダイーバーシティ」が揃った組織を作りたいし、まず自分からそれを体現するのが大切なんじゃないかと思っています。だから格好はつけたくないし、自分が今感じていること、考えていること、悩んでいることは、これからもちゃんと伝えていきたいです。

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インタビューの最後、「自分の最大限のアウトプットをしたけれど、求められた結果をクリアできなかった時は、どう考えたらいいんですか?」と笹原さんに聞きました。すると笑って「それは雇った方の責任だからね」と一言。そして楽しそうに、「あれ〜!ダメでしたか。次頑張ります!でいいんだよ。だってそれしかできないでしょ?」と言ってくれました。

ありのままの自分を大切にすることは、もしかしたら後ろを振り返らないことなのかもしれません。今できることをただやる。それだけでいいのだと、強く私も励まされた一日となりました。


END

【 レンタル移籍とは? 】

大手企業の社員が、一定期間ベンチャー企業で事業開発などの取り組みを行う、株式会社ローンディールが提供するプログラム。ベンチャー企業の現場で新しい価値を創りだす実践的な経験を通じて、イノベーションを起こせる人材・組織に変革を起こせる次世代リーダーを育成することを目的に行われている。2016年のサービス開始以降、計24社48名以上のレンタル移籍が行なわれている(※2019年8月実績)。→ お問い合わせ・詳細はこちら


協力:株式会社NTTドコモ
Interview:太田 尚樹
撮影:宮本七生
提供:株式会社ローンディール
https://loandeal.jp/

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このマガジンでは、レンタル移籍者の伴走者であるメンターの方々にお話を伺います。 時には共に悩み、ある時には背中を押す——。 メンターとして、葛藤や成長を近くで支えてきた立場からお話を伺います。
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