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「自分が大切にしたい想いを軸に働く」朝日新聞社 植木快さんが得たもの

「実は最初、あまり乗り気ではなかったんです」。
そう、正直な気持ちを打ち明けてくれたのは植木快(うえき・こころ)さん。上司の勧めで「レンタル移籍」することになったものの、半年の間に何を持ち帰れるのだろうか。中途半端な関わり方になり、移籍先へ迷惑がかからないだろうかと、心の内は期待よりも戸惑いの方が大きかったという。しかしまたとないチャンスなのだからと、飛び込んだのは京都の農業系ベンチャー企業「坂ノ途中」。仕事だけでなく、住む場所も変え、未知の分野に飛び込んだ。その結果、「植木くん、すごく楽しそうに仕事してるね」と、周囲の方から言われるまでに。植木さんは、半年間の移籍中にどんな経験を積み、何を感じたのだろうか。

 これまで関わってこなかった分野の仕事に触れる


朝日新聞社に入社して2022年4月で7年目になる植木さん。技術職として採用され、2年目までは社内SEとして、いくつかのメディアサイトの開発・運用に携わった。SEの経験を積んだ後、ビジネスの根幹から関わりたいと、主力のWEBメディア「朝日新聞デジタル」を管轄する部署への異動を志願する。

「エンジニアのバックグラウンドを活かして、朝日新聞のWEBメディア『朝日新聞デジタル』の広告運用チームにジョインしました。メイン業務はシステム開発・運用や技術的な問い合わせ対応でしたが、読者の閲読をできる限り阻害せずに高単価な広告を配信できる最新のソリューション導入なども行っていました」

 希望部署で充実した日々を送っていた植木さん。それだけに、当時はレンタル移籍の必要性をさほど感じておらず、期待よりも戸惑いの方が大きかったという。しかし、またとないチャンスなのだからと、自然と前向きな気持ちに切り替わっていった。

「移籍するなら、広告やメディアの仕事とはかけ離れた分野に身を置いてみようと思いました。それと、よりお客様との距離が近い『衣・食・住』に関連する事業であること、僕が農学部出身だったことも含めて、坂ノ途中さんへの移籍を希望しました」

半年の間に、自分なりの成果を残したい


植木さんがレンタル移籍した「坂ノ途中」は、「100年先も続く、農業を。」というコンセプトを掲げ、農薬や化学肥料に依存しない農作物の販売などを行っている、京都発の農業系ベンチャーだ。単に利益を求めることを目的とするのではなく、環境負荷の小さな農業に取り組む人たちを増やし、持続可能な社会を目指している。

こういった会社の考え方にも、植木さんは心惹かれるものがあったそうだ。また当時、坂ノ途中が抱えていた課題が検索流入からの商品購入を増やすこと。この課題なら、これまで培ったエンジニアとしてのスキルや広告に関する知見を存分に活かせるのではないかと考えた。

環境に配慮した農作物を扱う坂ノ途中の取り組みは、年々注目を集め、全国から注文が増えてきている。ECサイトでの販売は順調だが、「野菜を集荷して、梱包して配送する」という日常業務の改善・スケーリングの優先度が高く、検索流入を増やすために取り組みたいことがあったとしても、なかなか手が回らない状態だった。

植木さんがまず最初に考えたのは、「半年後にどんな成果を出すか」ということ。そこで社内外で認識されていた「サイト表示が遅い」という課題に着目し、ECサイトとオウンドメディアのロード(読み込み)のスピードアップに取り組むことに決めた。

「検索流入を増やし、坂ノ途中の想いや野菜に関する情報が掲載されたオウンドメディアを見る人が増えれば、親和性の高い顧客をつかむことができる。さらにサイトがサクサク動くようになれば、お客様が感じる余計なストレスが減り、閲覧ページの増加、ページからの離脱防止にもつながります」

最初の2週間は、社内のあらゆるミーティングに出て、どの部署がどんな仕事を担っているか、ECサイトにまつわる社内フローはどのようなものかなどをヒアリングしながら、システムの全体像を理解していった。

「主に私がやりとりしていたのは、マーケチーム、販促チーム、編集チームです。マーケチームと販促チームは、新商品をいつ売り出すかを企画したり、販促やPRを考えたりして、主にECサイトを更新するチーム。編集チームは、定期宅配の中に同梱するパンフレット制作や、Webサイトの記事の編集を担っています。これらのチームがサイト更新を担当するため、運用フローのやりとりを行うことが多かったですね」

また、「3年後のECサイトについて議論する会」にも参加。現場に新しい視点を持ち込めるように、朝日新聞での経験や、エンジニアとしての意見を忌憚なく発言した。

「ディスカッションを行ったことで、サイトを運用するチームと、開発を担当するITチーム、それぞれがどんな課題を感じているか、今後どんなサービスを提供していきたいと考えているかなどの意見を聞くことができました」

また、データだけでは見えない定性的な情報を得るためにロイヤルカスタマーへのインタビューにも参加。

「エンドユーザーが、どのように坂ノ途中のサイトを使い、どのような理由からサービスを利用しているかなど、生の声を聞くことで、サイト改修の大きなヒントになったと思います」  

チームで働く喜びを感じて


しかし、「半年でサイトのスピードを上げる」と決めたものの、使用するシステムも予算も決まっているなど、制約条件がある中でサイトを高速化するのは、植木さんが想定していたものよりも大変だった。

「高速化のためにシステム変更を加えると、ECサイトの商品更新フローに予期せぬ影響が出てしまうこともありました。そういうときは別の作業フローを一緒に考えるなど、現場との調整を重ねながらクリアしていきました」

こういった取り組みは、植木さんが責任をもって自ら進行していたが、意思決定に迷うときは、ITチームとディスカッションを行いつつ、進めることができたそうだ。

「何か迷ったときは、ITチームやローンディールのメンターさんなど、すぐ相談できる人がたくさんいてうれしかったですね」

 メンターの平野さんとのセッションでは、今後につながるアドバイスをもらえたと言う。

「『やらないことを決める』というアドバイスをいただきました。平野さんご自身がエンジニアとしてのキャリアをお持ちなので、アドバイスを参考に半年の間に『何をやるか、やらないか』冷静な判断ができました。毎週、的確なフィードバックをいただいたことで、たくさんの学びを得た期間だったと感じています」

開発中には連動しているサイトの不具合が起きることもあり、運用チームから報告を受けて緊急対応することもあった。その時にもメンターからの有益なアドバイスを受けることができたそうだ。

「エンジニアと非エンジニアがコミュニケーションを取りやすくするためのツールを提案いただき、活用しました。そのツールを使用すると運用者の操作ログが残るため、サイトを運用するチームとの間に余計なコミュニケーションコストがかからず、スムーズに開発に取り組むことができました」

こうした学びや周囲のサポートもあって、移籍終了時には、ユーザーが体感できるレベルのサイト高速化を達成した。

同時期に移籍していた京セラ・西尾さん(左)と植木さん(右)

楽しんで仕事をすることが、事業をつくるときの活力に


移籍中、植木さんは、坂ノ途中の代表である小野邦彦さん独自のマネジメント力に触れ、とても刺激を受けたそうだ。

「小野さんは、リーダーシップをガンガン発揮して引っ張っていくという感じの方ではなく、現場の自主性を重んじる方でした。いわゆる『マネジメント』とは少し異なる、『小野さん独自のチームの作り方』を実践されているように見えました。意見を言うときも、あくまでいちプレイヤーとして発言されているようでしたし、その意見さえも人に押し付けることはありませんでした」

全体の方向がバラバラにならないように見守りながらも、自分の意見はいち意見として留める。こうした小野さんの在り方からなのか、坂ノ途中には、「誰に言われるでもなく、自分で考えて動く」という風土がある。

「むしろ、そういう方しかいないと思います。これだけ意志のある方が集まってるのにどうして1つにまとまっているんだろう? と正直、不思議でした」

社員の独自性を重んじるマネジメントは、理想とされるが実行することは容易ではない。なぜ、坂ノ途中ではうまくいっているのだろうか。

「小野さんが最も重要視しているのは同じ価値観であることなのかなと感じました。そのうえで、一人ひとりが『持続可能な農業』を実現することを、本気で目指して働いている。だから、何をすべきかそれぞれが判断して進められるんじゃないでしょうか」

お客様に対応する販売スタッフや、農家に関わる出荷スタッフだけでなく、WEBのシステム開発を担うエンジニアやパートナー企業も、坂ノ途中の価値観に共感している。

 そうした刺激を受けて働けていたこともあったのだろうか、植木さんは「めっちゃ楽しそうに働いているね」と周囲に言われるようになったそう。自分のベストが出せているという実感と、自分の仕事が会社の成長を下支えすることができているという喜び。

実はこれまで、植木さんは仕事に「楽しい」という要素を求めたことはなかったそうだ。

「これまでは、割と仕事って、自分の感情は二の次で、割り切ってやる部分の方が多いというか、仕事ってそういうもんだよなって思っていました。自分が楽しいと思うかを重要視したことがなかったんです。けれど、小野さんをはじめとする坂ノ途中のメンバーを見て、楽しんで仕事をすることで自分も周囲もモチベーションが上がり、新しい事業をつくるときの活力になるんだと知りました」 

自分が大事にしたいことを表現することも、事業をやる理由になる
 

半年間のレンタル移籍後、朝日新聞に戻った植木さんは、「アライアンス事業部」へ異動になった。他の企業とパートナーシップを組み、新しい事業を開発していく部署だ。

「企画のアイデア出しから、マーケティング、売上の見通しを立てる、実施までのフローやシステムの実装までを詰めていく、そういった業務を行っています。いつの間にか、エンジニアとしての業務はかなり減り、ビジネス開発業務が増えてきました(笑)」

また、坂ノ途中との縁も続いている。移籍をきっかけに、朝日新聞と坂ノ途中が業務提携を行うことになり、共に働く機会もある。

「弊社のデジタルマガジン『&(アンド)』に坂ノ途中の提案するレシピを掲載することで、『&』経由でご購入いただくというよい流れを作ることができました。反応も上々だったため、さらに力を入れて取り組んでいます。今後は、コンテンツを増やすだけじゃなく、もっと密に連携して新しい施策にも取り組みたいですねと話しているんです」

新しい事業に取り組む今、小野さんの「自分の価値観を表現するために事業に取り組んでいる」という言葉が、植木さんのモチベーションにつながっている。

 「そういうことって、アーティストのものだと勝手に決めつけてしまってたんですが、自分が大事にしたいことを表現することも、事業をやる理由になるんだなって」

今、植木さんが大事にしたい想い、それは、新聞業界を持続可能な形にしていくこと。紙の新聞の購読部数が減っていることもあり、Webメディアやサービスにおいてコンテンツを有料化することで収益化を目指す事例が増えている。

「生活に必要な情報が、経済的に余裕のある方しか得られない状況になってしまうのは、避けたい。そのために別の道を模索していきたいんです。坂ノ途中との連携はまさにそれで、『食』の領域は突破口のひとつになるのではないかと考えています。まだまだ始まったばかりですが、もっと自分も周りも楽しくなるような、新たなサービスをつくっていきたいですね」

「最初はレンタル移籍には乗り気ではなかった」と口にしていた植木さんだったが、「行って本当によかった」とこれまでを振り返り、笑顔を見せてくれた。それはきっと、坂ノ途中で過ごした日々が、植木さんの心に残り、今の仕事に活きているものだからだと思う。

 未知の分野に飛び込んだことによって得た経験とこれまで積み重ねてきた知識。それらを活かして、植木さんは新聞業界の持続可能な形を探し続ける。


Fin
 

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協力 株式会社朝日新聞社  /  株式会社坂ノ途中
文:三上 由香利
写真:其田 有輝也
提供:株式会社ローンディール
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