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「やらないと何も得られない。挑戦あるのみ」日産自動車株式会社 神保秀輔さん

2016 年に日産自動車株式会社に入社した神保秀輔(じんぼ・しゅうすけ)さんは、Venture Challenge Program を通じて、木の実由来のサステナブルなアパレルブランドを手がけるベンチャー企業・KAPOK JAPAN 株式会社(以下、KAPOK)へレンタル移籍し、新たな挑戦をしました。

入社以来5年間、購買部門にて自動車部品の調達を担当してきた神保さんにとって、「オンラインで服を販売する」のは初めての体験。これまでの知見が通用しない世界で戸惑いながらも「やれることを何でもやる」という前向きなマインドで、最終的には社長に直接ブランドのあり方を提案できるまでに成長を遂げました。「自分自身を実験する最高の環境だった」と語る神保さんに 1年間を振り返ってもらいました。
(※ 本記事は2023年4月にインタビューしたものです)


「ビビッ」ときて応募


―まず、レンタル移籍に応募された理由を教えてください。

入社以来5年間にわたって、自動車に使う部品の調達を担当していました。1台の自動車を作るには約4万点の部品が必要なのですが、 それらをどの工場やメーカーから、いくらでどのくらい買ってくるのか、というバイヤーの仕事です。

これまでの私の仕事においては、コストの視点で物事を考えることが最重要視されてきました。そのため、いかに費用を抑えて良いモノを買うか、 というコストパフォーマンスのことばかりを考えてしまっていました。社内外で話題となったカーボンニュートラルをきっかけに、社会から求められて いる車・部品の「ニーズ」を知らない自分に気づきました。目見当がつかないことに焦りを感じていたところに、レンタル移籍の候補者募集メー ルが届いたんです。私としては「ビビッ」ときたので早速エントリーし、選考に挑みました。

―使う人の視点で物事を見るためには、規模の小さなベンチャー企業で働ける、ということが魅力だったんでしょうか。

まさにそうですね。今までの考え方を一回リセットして、ビジネスをする上で何が必要なのか、小さなグループの中でどう走り抜けられるのか、ということに興味がありました。モノを使う人のマインドを知りたいという思いに加えて、もっと広い視野で物事を考える実体験が欲しかった。そういった意味でも、ベンチャー企業に興味がありました。

―ベンチャー企業の中でも、KAPOKを選んだ理由を教えてください。

理由は2つあります。ひとつめは「何でもできる企業」だと思ったから。正社員の数は5人で、副業の方やパートの方を合わせても20人程度 と少なく、モノを作るところから売るところまで、すべてにチャレンジできることが魅力に感じました。

もうひとつは、サステナブルに対する考え方を学び、自分でも実践したいと思ったからです。自動車業界全体でも世界的にも環境問題を考える機運は高まっていますが、コスト面などを考えるとどう落とし込んだらいいのか、自分の中で答えが見つからない状態でした。

人にも地球にも優しい植物由来の新素材「カポック」を使ったアウターを販売しているKAPOKは、サステナブルを軸としている企業です。そうした企業が、サステナブルをどのように活用して価値につなげていっているのか、並走しながら学びたいと考えたんです。

「なんでもやってみる」の精神で壁を突破


―大企業からベンチャー企業に移籍して、すぐに馴染むことはできましたか?

会社に馴染むには4ヶ月くらいかかったと思います。みなさんとても良い方ばかりでしたが、自分自身がこの会社でどういう仕事をして、どこに貢献できるのか、なかなか答えが見つからず、納得感を持てずに悩んでいました。

―なぜ、納得感が得られなかったのでしょうか?

これまでの人生で服にこだわりを持って購入した経験がなく、服を使ったビジネスの経験がなかったことが原因だと思います。私は「カポック」を服に加工するための研究をするチームと、オンライン販売に向けての分析・検討をするチームに入ったんですが、そこにはルールやデータベ ース がほとんどなく、あったとしても整理がされていない状態でした。

誰かに相談したくても、社員は僕とほぼ同時期に入社した新人の方ばかりだったので、誰も答えを持っていません。日産自動車での仕事で得た知見もまったく活かせない状況で、「どうしたらいいんだろう」と頭を抱えていました。

そんな中で、インドネシアの取引先との距離感がうまくつかめず、相手を怒らせてしまったこともありました。おそらく私の話し方が硬すぎて、ドライにコミュニケーションをしてしまったのが原因なのですが、「これまでは顔を突き合わせて丁寧にコミュニケーションをとってきたのに・・・」という雰囲気になってしまいました。

これまでは日産自動車という会社を意識して仕事をすることが多かったんですが、そうではなく一個人として接しないといけない、という学びに なりました。

―ご自身で意識して変えたことはありますか?

「なんでもやってみる」「調べる」という2つのことを意識しました。KAPOKの製品が売れるのは主に秋冬なので、シーズンオフである春夏にはお客さんに興味を持ってもらうための仕掛けを考えないといけない。でも、服を売った経験がない私には全く想像がつかない世界だったので、と にかく自分の体験を増やしていくしかない、と思ったんです。

そこで考えたのは、他のブランドで開催されているお得意様向けの先行予約会に参加すること。渋谷や新宿で服を買うときに店員さんと仲良 くなってLINEを交換し、先行予約会に声をかけていただき、実際に参加して商品を予約すると、お店の方のメッセージとともに商品が送られ てくる。このように店員さんと知り合ってから商品が届くまで、一連の流れを体験することで、「これが面白かったな」「ここはやりとりが必要以上に多かったな」と、どんどん解像度が上がっていきました。

―もうひとつの「調べる」というのは、具体的にどういうことでしょうか。

SNSのマーケティング戦略やアパレル業界での事例などを学べる外部セミナーに、積極的に参加しました。また、マーケティング戦略に関する本もたくさん読んで、「こうしたらもっとお客さんとつながれるんじゃないか」という仮説を作るための情報をどんどん取り入れていきました。こうして外で学んだことを持ち帰っていくことで、夏頃にはメンバーと話をしていろいろな提案ができるようになりました。

また、秋には宮下パーク(東京都・渋谷区)に実店舗がオープンし、店頭での接客を通して顧客のニーズを理解できるようになったのも大きかったですね。商品が売れ始めると顧客のリアクションも返ってくるので、頭の中で想像していたものが形になっていくのを実感し、やっと自信を持つことができました。

社長に「変化率が高かった」と言われた理由


―社長との距離感が近いのもベンチャー企業の魅力ですが、コミュニケーションはとれましたか?

社長の深井さんは忙しい方であまり会社にいなかったこともあり、移籍当初はあまり深い話をする機会がありませんでした。でも10月頃からは 毎朝15分間、1対1で話をする機会を設けていただいたことで、深井さんが何を考えているのか、少しずつ分かるようになりましたね。

KAPOKにとってこの1年は事業を拡大する時期で、オンライン販売の開始や芸能人とのコラボ、新しいラインナップへの挑戦など、大きなイベントを成功させることが重要視されていました。その一方で、目の前の売り上げが見落とされがちになってしまっていました。

もちろん、深井さんはそこに危機感を持っていたわけですが、社員は新人が多いのであまり伝わっていなかった。そこで私が間に入り、数値面での目標や達成状況をアナウンスする、という地道な仕事をしていました。

―深井さんから「神保さんは変化率が高い人だった」と評価していると聞きました。

当事者意識が高く、最終的には深井さんにブランドのあり方について提案できるまでに変化したことを、評価していただいたと考えています。

―深井さんにはどのような提案をしたのでしょうか?

移籍が終わる少し前に、「経営戦略的に、旗の振り方を変えた方がいい」というお話をしました。1年間にわたっていろいろなイベントを開催 して新商品を打ち出したものの、思うようにブランドのファンが増えなかった。要因として、そもそもKAPOKの社会的な認知度があまり進化して いないんじゃないかと思い、「中長期的にKAPOKの認知度を上げるために、次の春夏のイベントをテコにして、盛り上げるようなチーム構成に 変えた方がいい」と提案してみたんです。

深井さんは「その通りだね」と納得してくださり、移籍が終わる最終月である3月中旬には私も実行班に加わってファンイベントを開催しました。 ファンの方がKAPOKにどういう商品を求めているか、リアルな声を知ることができたと思います。例えば、新商品として布団を売り出したのですが、ファンが求めているKAPOKの布団のイメージと、こちらが作ろうとしているイメージの違いを確認できました。生の声をちゃんと社内に届けるきっかけになりましたね。

日本橋ショールーム「Farm to Fashion Base」のメンバーとの1枚

社員同士の評価を通して、サステナブルを学ぶ


―KAPOKでは、社員同士で360度評価というのがあるそうですが、これはいかがでしたか?

「他の社員から自分に対する評価を聞く」というものですが、僕に対する評価の中で最も”僕の心に”響いたのは「ゴミをちゃんと捨てていない」と言われたことです。サステナブルとか言っているのに、ゴミの分別すらきちんとやっていない、プラスチックの容器を綺麗に洗っていない、という生活スタイルはナンセンスだったな、とすごく反省しました。

それ以降は、ゴミをちゃんと捨てるとか、お皿を綺麗に洗うとか、そういうことを意識して習慣づけるようにしました。すると、自ずと環境に興味を持つようになり、何かと調べる機会も増えましたね。「行動が変わると意識も変わる」いう、典型だったなと思います。

―サステナブルについての学びは、身近なところにあったわけですね。毎月1回、メンターさんと面談もあったと思いますが、担当のメンターさん はどんな方でしたか?

大工原さんという方で、すごく相談しやすい方でした。毎回親身になって話を聞いてくださり、ありがたかったですね。KAPOKで何をしたらいいのか分からずに悩んでいた時期も、大工原さんに話をする過程で気持ちの整理がついて、切り替えられようになりました。「今やっていることが会社や自分の成長に向いた方向なのか」ということをクリアにしていただけたと思っています。

―神保さんにとってどんな1年でしたか?

レンタル移籍前の自分は、何をしたいのか、何のために仕事をしているのか、自分の成果が何に役立っているのか分からない状態だったんですが、それがすごくはっきり見えた1年間でした。

売上を上げるために奔走して、最終的には社長に意見できるようになった。その過程で、言葉をひとつ変えるだけで人間の感情が大きく動き、モノを買うという行動を起こすところまで変わるんだなとか、そういった変化も如実に体験できたことも貴重でしたね。

私自身も服を買うという体験をしながら、人の感情がモノを得ることでどう変わるのか、それは楽しいことなのかつまらないことなのか苦しいことなのか、いろいろと考えてクリアにすることができました。これは、自社では経験できないことだと思うので、挑戦して本当に良かったと思います。

周囲に「期間限定」と思わせないことが大事


―外に出たことで、大企業ならではの良さや課題も感じましたか?

大企業のメリットは、物事のやり方や責任がはっきりしていることだと思います。今ある仕事がはっきりしていて、その延長に何があるかも決まっ ている。どこかに必ず答えがあり、誰かが答えを知っているので、迷わないですむんですよね。一方で課題は、新しいことをしたいときや今までにない答え見つけたいときに、道を作るのが大変なことだと思います。

―会社側も、そういう新しい道を開拓することを期待してレンタル移籍に送り出したのかもしれないですね。

そう思います。私に求められているのは、今の仕事にプラスアルファとして何かをのせることなんじゃないかな、と。例えばKAPOKでは、みんながひとつになって頑張ろうという盛り上がりがありました。そういった経験はかけがえのないものだと感じたので、日産自動車でもメーカーにお客さんの反響をどう届けるかを考えて、積み上げていけたらいいなと思っています。

まだレンタル移籍から戻ってきたばかりなので具体的なことは言えないのですが、もう少し落ち着いたら、今やっている仕事の中でより良い商品 を作るための策を考えて実践していきたいです。

―最後に、今後レンタル移籍を考えている方にアドバイスをお願いいたします。

思いついたことは何でもとことんやったほうがいい。「やらないほうが損」という意思を強く持って、どんどん挑戦した方がいいと思います。

その上で大事なのは、自分自身がそれをやった方がいいと思う理由を、言葉にして発信し続けることです。社長の意思だからとか、先輩が言っているからという軸で判断するのは絶対にダメ。自分の仕事が誰の生活を良くするためのもので、そのために自分に何ができるのかを考え、とにかくやれることをやりまくる。そうしてやり切った後に、何らかの結果が出て周りが受け入れたら、チームができて事業化されるかもしれない。これを体感できるのが、一番の醍醐味だと思います。仕事を自分の生活に引き込んで、楽しんで欲しいですね。

もうひとつ、私がずっと意識していたのは「この人は1年後に辞めるんだ」と周囲に思わせないことです。「期間限定の人」だと思われた瞬間に、 仕事をふってもらえなくなってしまう。だから誰よりも早く、自分にしかできないことを増やして、自分の居場所を確保していく必要がある。そうやって先に進んでみんなを動かしていかないと、いる意味がないわけです。

役割が守られている大企業ではできない経験ですが、こうしたリアルな体験をできたことも、自分にとって大きな収穫だったと思っています。

Fin


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協力:日産自動車株式会社 / KAPOK JAPAN 株式会社
インタビュー:渡辺裕希子
撮影:宮本七生
提供:株式会社ローンディール
https://loandeal.jp/

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