「ベンチャーでのピンチを救った、大企業で培ったコミュニケーション力」住友生命保険相互会社 棚野晃史さん
全く違う業界で挑戦したかった
―支部長の仕事を任され、順調にキャリアを重ねていた時期になぜレンタル移籍に挑戦したのでしょうか。
入社5年目で支部長になり、2つの支店で合計6年半にわたってキャリアを積んできました。支部長の仕事はいわば「一国一城の主」。営業のマネージメントや事務所の管理など、仕事の内容は多岐に渡ります。最初の数年は四苦八苦していたものの、だんだんと慣れていき自分なりに手応えも感じていました。
そんな充実した日々を送る中でも、常に頭の隅にあったのは社会人1年目で当時の上司から言われた「同じ会社の同期ではなく、同世代の中で自分が成長しているかどうかを見ないといけない」という言葉です。
「井の中の蛙になってはいけない。今この段階で社会の中で自分はどういう位置にいるのかを確かめたい。自分がこれまで歩いて来た道に間違いはなかったのか、確認したい」。そうした思いが日に日に強くなっていきました。
ベンチャーの世界を知ることで、もしかしたら「今までの自分は間違っていた」と思うかもしれない。でも仮に間違っていたとしても、外での経験はきっと他の職員にとって役立つはず。上手くいってもいかなくてもどっちに転んでも得られるものがあり、自分にも会社にも還元できるのではと考えたのです。
―ご自身だけではなく、会社のことまで考えた上での決断だったんですね。マッスルデリというベンチャーに行かれたということですが、選ぶにあたっては何を重視されましたか?
まず考えたのは、せっかくのチャンスだから全く違う世界に飛び込んでみたいということです。住友生命では人を介しての営業が多いため、真逆であるインターネットを使った仕事をやってみたいと思いました。また生命保険は目に見えない商品なので、移籍先では目に見えるモノを売る仕事をやってみたい、という気持ちもありました。
一点だけ、生命保険と共通させたかったのは、老若男女を問わず幅広い世代の人に関われる仕事をしたいというところ。世の中にはいろいろなモノを売る仕事がありますが、自分に合っているのは1日3食みんなが食べる“食事”を扱う仕事なのではないか。そう思い、“インターネット”“食事”という2つのキーワードで調べて複数社面接も受けさせていただきました。
その中で、会社の信条や価値観に共感し、社内の雰囲気も良かったマッスルデリにお世話になることになりました。マッスルデリはECサイトを通じて高たんぱく質の冷凍弁当を販売する会社です。
―これまで働いてきた生命保険とはまったく違う業界ですよね。移籍後すぐに馴染むことはできましたか?
もともと人に対してガンガン踏み込んでいくタイプなので、そこは大丈夫でしたね。リモートワークが主体の会社なので出社する人数は少なかったのですが、その場にいる人に日替わりでどんどん話しかけ、雑談を通じてコミュニケーションを取っていました。
新しい場所での人間関係をスムーズに築けたのは、住友生命保険で身に付いた部分が大きいと思います。特に支部長として働いていた6年半の経験は、コミュニケーション力の向上に役立っていると感じました。
ベンチャー企業は外から見るとキラキラした世界かもしれませんが、入ってみると結構泥臭い(笑)。でもそれは当たり前のことで、10人ちょっとの少ない人数で事業をやっているので、一人ひとりが何でもやらないといけないんですよね。もちろん分かってはいたことですが、移籍してみると想像以上にやるべきことが多いなと感じました。
コミュニケーション力で乗り越えた「山場」
―少数精鋭の会社ですから一人ひとりの責任も大きいですよね。そんな中で、移籍後すぐに顧客対応やデータ分析を行う「カスタマーサクセス(以下CS)」のメインプレーヤーを任されたそうですが。
当初は社員の方に教えてもらいながら一緒にやる予定だったんですが、その方が、私が移籍する直前に退社してしまったんです。
まったく経験がないのにぶっつけ本番でメインプレーヤーを任せられるという環境でいきなり山場でした。またマニュアルもなく明確なルールも決まっていなかったので、とにかく周りの人に「ごめんなさい。教えてください」と聞きまくり、必死で数をこなしていましたね。
毎日がむしゃらに働いて、ようやく慣れてきたかと思った移籍2週間後に、カートシステムの移行ですべてがガラリと変わってしまうという状況が発生したことも大変でした。カートシステムの移行自体は以前から決まっていたのですが、お客様にシステム移行に関する通知を送ったり対応に追われたりと、これまで以上に仕事が増えて頭を抱えていました。
―肉体的にも精神的にもかなりきつそうですが、どうやって乗り越えたのでしょうか?
メンバーと密にコミュニケーションをとり、CSの経験がある方に教えてもらったり手伝ってもらったりしていました。少人数の会社なので、私自身も物流関係業務をやるなど、お互いに仕事のフォローをしあっていましたね。限られたリソースを効率化しつつ、人に頼るべきところは頼る。こうした手法をとれたのも支部長の経験があったからだと思います。
―移籍3ヶ月後には準社長賞を受賞されていますね。努力してピンチを乗り越えた結果でしょうか。
3ヶ月に1000件もの顧客対応に対してていねいに取り組んだこと、そしてお客様の解約率が改善されたことなどを評価していただけたようで、本当にうれしかったですね。
どんなに忙しくてもただ単にこなすのではなく、「案件に対して1日以内にレスポンスをする」「分からない時はお客様に『分からないため回答にお時間をいただくこと』をまず伝えておく」など、自分なりに工夫してルールを設けていました。
生命保険は商品の形が見えない分、お客様の目線に立ったていねいな対応が必要とされている業界です。私はずっと営業畑にいるので、それが普通だと思っていましたが、世間から見たら「ていねい」というレベルが他の人よりも高いのかもしれない、という気づきがありました。こうしたていねいな顧客対応というのは、住友生命保険の強み、もしかしたら保険業界全体の強みなのかもしれないですね。
会社の中期計画を任されて
ー日々の業務だけでもかなり大変そうなのに、移籍3ヶ月後からは並行してCSのチーム作りにも着手されたそうですね。
私は1年しかこの会社にいないので、その間にチームを作っておかないと後々やる人がいなくなってしまうと思ったんです。自分が大変だと思ったことは変えていこう、そのためにマニュアルやルールを作っておこう、という気持ちで予算作りから採用・育成まで取り組みました。
とはいえ肝心の人材がなかなか集まらないし、せっかく採用・育成してもすぐに辞めてしまう。そこで採用の幅を広げて大阪在住の方をフルリモートで採用することにしましたが、前例のないことだからゼロからルールを作らないといけない。大変なことが多く、「やめておけけばよかった」と後悔したこともあります(笑)。
また、場所も出社タイミングもバラバラなチームに対し、社内で情報を共有するためにCSチーム用の掲示板を導入して毎日コミュニケーションを取ったり、ルールやマニュアルを作成したりといった作業にも取り組みました。
問い合わせや解約に対して自動応答できるプログラム「チャットポッド」を新たに導入したのですが、これにより電話やメールでの問い合わせが50%も減り、人員に余裕が生まれたことが大きかったですね。半年ほどかけてチームを作ることができました。
―見事にCSチームを完成させたのですね。嬉しかったことや成功したことなどがある一方で、失敗したことや辛かったことはありましたか?
小さな失敗はたくさんしていると思いますが、そもそもマッスルデリには「失敗」という考え方自体があまりないんですよ。たとえば大手企業で広告を出す場合には、想定される質問と回答を考えたり、表記が間違っていないか何度もチェックしたりと、すべてを整えてからリリースします。
でもマッスルデリではもちろん確認はしますが「やりましょう。GO!」という感じで、万一、画像や語句が一部間違っていても後で差し替えて対応していく(笑)。基本はスピードが優先される業界です。一部ミスがあってもその都度修正すればOKで、あとで挽回したらそれはもう「失敗」ではない。
こうした「まずはやる」というマインドや、「顧客の意見をすくいあげて運用・ルールをすぐに変更する」というのも1年で学んだことですね。
―いくつもの山場を乗り越えてきた1年間だったようですが、最後にはマッスルデリの中期事業計画を策定したそうですね。最後に大きな仕事を任されたということで期待を感じたのではないでしょうか?
期待というよりも、私の成長のためにチャンスを与えていただいたと捉えています。CSの仕事に一生懸命取り組んだ一年間でしたが、「それだけで終わらせないようにしてあげよう」という会社側の配慮を感じました。
ひとつの会社の中期計画を考えるというのは、もちろんこれまでに経験がないこと。「中期計画ってどうやって作るの?」「PLって何?」という状態で、やり方がまったくわかりませんでした。
そこでメンターの千葉さんに相談したところ、「役員の方にヒアリングすべき」というアドバイスをいただきました。役員の方に時間を作っていただいて「どういう風にやっているんですか?」と聞いたり、実際にユーザーになりそうな層に思いつく限りインタビューをしたり、資料をたくさん調べて読み込んだり、とにかくがむしゃらに考えて、何とか作り上げることができました。
―中期事業計画は、最終日にメンバーの前で発表したそうですね。皆さんのリアクションはいかがでしたか?
もちろん役員の皆様からはツッコミもたくさん入れられました。でも一定の評価はいただけたようで、実際に私が作った資料が使われ、策定した事業が動いているようです。本当に「ありがたいな」「やって良かったな」と思っています。
―先ほどメンターの方のお話が出ましたが、毎月相談できる機会があったんですよね。
はい、月1回オンラインで話を聞いていただきました。私のメンターの千葉さんは何でもできるベンチャー気質の方。それなのにいつもフラットに接してくださり、僕の悩みをパパッと整理して「こうした方がいいんじゃないの?」という的確なアドバイスや、「自分で行動した方がいいよ」など背中を押してくださいました。CSについての知識も豊富だったので、仕事の知識もいろいろと教えていただきかなり助けられましたね。
自分を知り、新たなステージへ
―かなり濃密な1年だったようですね。今は住友生命保険に戻られて人事部で活躍されているそうですが、改めてベンチャー企業での経験は生きていると感じられますか。
新卒の学生さんの中には、住友生命保険という会社に固いイメージを持っている方が多いと感じています。そんな中で「ベンチャー企業にレンタル移籍をした」という僕の経歴は面白いようで、会社のPRになっているのではと。また中途採用の候補者の方は、ベンチャー出身の方も多く、私の経験は話題になりますし、大手企業とベンチャーの違い等も伝えることができることは採用のミスマッチを防ぐことにつながると考えています。
また、「住友生命で身につけたことは外でも生きる」ということも、採用時や後輩などに発信していますね。これまでの経験がベンチャーでも生かせるというのは身をもって実感したこと。実体験を通じて話せるのは自分の強みだと思います。
一方で、よく「ベンチャーのスピード感を今の会社でも生かして」と言われるんですが、それを完全にマネすることは難しいと感じています。大企業は社会的影響も大きく、ひとつの案件でも多くの部署からチェックを受ける必要があるので、同じスピード感というわけにはいかない。それぞれの規模感で効率化をしていくべきだと思います。変えるという点で言うなら、既に会社として取組みはしているのですが、「タテの関係をなくしていきたい」という気持ちはありますね。
もちろんガバナンスを大事にしつつですが、関係部門とか関係なく、ヨコのつながりが広がり、職員一人ひとりがフラットな状態で、いろいろな知見を共有、発信できるようになっていけばいいなと思います。
―もともと棚野さんがレンタル移籍を選んだ目的は、「同世代の中でどのくらい通用するのか、確認すること」でしたがこの目的は達成できましたか?
そうですね。自分の市場価値を客観的に見た時に、「すべての課題に対して70〜80点くらいは取れる人物」という立ち位置を確認できました。言い換えれば、平均点以上は取れるものの何かひとつの分野でものすごく力を発揮できるわけではないということ。
今後、私も自分の武器を持っておかないと、ベンチャーのような世界には深く入り込めないのかもしれない。“尖った何か”が足りない点だと実感しました。一方で、世の中にとっては私のようにオールラウンドな人材も必要なのでは、という思いもあります。
―ご自身はひとつの分野で尖るよりも、オールラウンドの方が向いているという感じでしょうか?
いや、まだそこを決めてしまう段階ではないですね。この先、自分が尖れる何かを見つけたらそれを伸ばすのもいいかなという気づき得た感じです。今後、会社の中で自分の価値をどのように高めていくのか考えていきたいところですね。
現在もマッスルデリのメンバーとの交流は続いているという棚野さん。会うたびに、いまだベンチャー企業のスピード感に驚き、「自分も常にアンテナを張っておかなければ」と刺激を受けているとのこと。
棚野さんは、「自分の立ち位置を確認する」いう当初の目標に加え、住友生命の良いところに気づき、ベンチャー企業で働く方との人脈作りも成功しました。現在、レンタル移籍に行こうか迷っている方がいたなら、「貴重な経験ばかりだった。絶対行くべきだし、応援します」と伝えたいということでした。
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【ローンディールイベント情報】
3/17「多様な人材を活かして伸ばす、ミドルマネージャーのあり方とは?」
今回のイベントでは、部下をレンタル移籍へ送り出した2社のマネジメント層の方にご登壇いただき、実例を交えてミドルマネジメントとしての取り組みについてお話を伺います。