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「自分の想いを乗せるからこそ、伝わる言葉がある」農林水産省 塩見泰央さん

「豊かな食生活の発展に関わりたい」という考えのもと、農林水産省(以下、農水省)に入省した塩見 泰央(しおみ・やすお)さん。水産業に関する法改正に関わる中で、最新の業界の動きを見てみたいと感じて、一定期間ベンチャー企業で働く「レンタル移籍」を決意。次世代の水産養殖システムの構築を行う、リージョナルフィッシュ株式会社に行くことになりました。

移籍中は、超高速の品種改良技術である「ゲノム編集技術」を利用した「22世紀鯛」などについて、安全性や品種改良に込められた想いなどを社会に向けて伝える役割を担うことに。初めは「正しく伝える」ことばかりに目が行き、なかなか人の心に届く表現方法を見つけられなかったそうです。

しかし、リージョナルフィッシュの目指す未来に共感し、「自分ごと」として捉えられるようになったとき、おのずと発する言葉が変化していったそう。塩見さんは、レンタル移籍を通じてどのようなことを感じ、学びを得たのでしょうか。

新しい技術を知りたい

ー塩見さんがレンタル移籍に興味を持ったきっかけを教えてください。

入省5年目から水産庁の所属となり、法律改正に関する仕事に従事していました。水産業の抱えている問題の中に「水産物の生産量が減少する中で今後どのように水産資源を確保していくか」ということがあるのですが、そのために漁獲などに関するルールを整備する必要がありました。

今後の日本の水産業を盛り上げていくためにどのようなルールにすべきなのか。そんな議論を交わしていましたが、「自分にもっと現場、経営に関する見識があればより良い提案ができるのではないか」という思いも少なからずあり、世の中の動きを直に見てみたいと思うようになりました。

ーそういった想いから、レンタル移籍を希望されたのでしょうか?

そうですね。それと、大臣官房政策課に所属していたとき、農水省で「フードテック」に関する研究会が始まったこともあります。「フードテック」は簡単にいうと、食品の開発などに関する最新のテクノロジーのことです。「今後、新技術を活用した取組みが実を結ぶことで、食糧難や従事者不足を解決できるかも知れない」と考えるようになりました。そして、食の分野で柔軟な発想でスピーディーに挑戦するベンチャー企業が多くあることを知り、レンタル移籍にぜひ挑戦してみたいと思いました。

ーなぜ、移籍先にリージョナルフィッシュを選ばれたのでしょうか?

せっかくなら水産やフードテックを扱うベンチャーへ行きたいという思いが強くて。リージョナルフィッシュは人口の増加による世界的なタンパク質不足の懸念や日本の水産業の従事者が減っている状況の中で、ゲノム編集技術という新しいテクノロジーを用いて「タンパク質クライシスの解決と地域の水産業の再興」ことを目指しています。

地域の水産業を盛り上げるにはどうしたらよいか、ということは水産庁時代に直面したテーマでした。なのでリージョナルフィッシュが掲げるミッションにすごく共感できて「ここでチャレンジしてみたい!」という気持ちが強くなり、面談を経て、行けることになったんです。


「堅い言葉」を「心に刺さる言葉」へ


ー希望が叶ったんですね。移籍後は、どのような仕事を担当されたんですか?

まずは「22世紀鯛」がリリースされるにあたり、ゲノム編集による品種改良とはどういうものなのか、安全性は確保されているのかなどをPRするための資料作成に取り組みました。「遺伝子」というフレーズだけを聞くと、あまりその言葉に馴染みのない方だと不安に感じてしまうかもしれない。いろんな思いや意見がある中で、きちんとわかりやすく、理解を得られるような表現を心がけました。

実際にリリースされてからは、「普通の魚との違いは?」「どういう経過で養殖されたんですか」などメディアや関係者の皆様をはじめ様々な問い合わせをいただきました。そういった問い合わせに答えるためのQ&Aも作成しました。ゲノム編集技術は、実はノーベル賞を受賞しているのですが、まだまだ一般的には知られていない技術なのだと思います。そこで技術に関して誤解が生じてしまうと「食べても大丈夫だろうか」と思われてしまいます。

ー普段書かれている文書とは違った、大変さがあったのではないでしょうか?

これまでの仕事柄作成する文章は、誤解を与えず正確な情報を伝えることを最優先にするというスタンスでした。なので、最初のうちは表現が堅く、長い文章になってしまい、「嘘は言っていない文章だね」という評価しかもらえなくて。けれどこのような書き方だと、人の心には刺さらない。要は「いいね!」と思って応援してもらえるかどうか。図や写真を使って表現したり、会社のみんなで話し合いながら言葉を磨いたり。そこは、とても苦労しましたね。

ー社長からも、鋭い指摘をもらったそうですね。

はい。「22世紀鯛」をリリースした直後は、クラウドファウンディングも開始した中で多くの問い合わせをいただいておりました。お伝えした通り、いかに「応援してみよう」と思っていただける広報ができるかが重要でした。でも、社長の梅川さんからは、「事業の魅力を伝えられないと『広報』じゃないですよ」と、クリティカルな指摘をいただいてしまって(苦笑)。

どうしても、分かりやすくかみくだいた表現にすると「やり過ぎじゃないか」とか考え込んでしまっていたのですが、梅川さんから「僕たちは、この品種改良技術に自信を持ってやってるんです」と。

「世の中に向かって新しいことを始めていく企業の広報として自覚を持って欲しい」という意味の叱咤激励だったと受け止めています。

ーどのように乗り越えられたのでしょうか?

自分の中でいきなり表現の仕方をどう変えるか見つけることは難しいと思ったので、まずは梅川さんの真似をすることから始めました。梅川さんは多くのアワードを受賞していて、出資を考えておられる方、事業提携を進めていく関係者の皆様に事業の魅力を確実に伝えられる力を持っていると思ったからです。

私は正確に説明しようと、資料の内容を再現する意識になりがちで。でも梅川さんは、たとえば写真を2つ見せて「どちらを食べたいと思いますか?」などと、相手を巻き込みながら話すんですね。そこで自分のこれまでの仕事の仕方をためらうことなくアンラーン(=これまでのクセを取り除く)してみることにしました。実はこれも梅川さんの受け売りなんですが(笑)。

自分のやり方ばかりに固執していては、前に進めないと思い、まずは梅川さんのように「自分の言葉で説明する」ことを意識し、話し方や表現を真似して自分のストックを増やしていきました。結果的に、私が話したことがテレビやラジオ、ネットなど色々なメディアに取り上げていただくことができました。

チームの一員として自覚を持ち、自分ごととして捉える


ー仕事の内容ももちろんですが、働く環境もずいぶん違いますよね。戸惑う部分もあったのでは?

これまで平日はオフィスで仕事をし、土日は休むという比較的オンオフが分かれている環境で働いていたので、土日もポンポンSlackがとんできたり、オンラインでミーティングがあったりするフレキシブルな働き方に、最初は戸惑いを感じなかったかといえば嘘になります。

でもメンターの徳永さんに「ベンチャーで自分の糧になるような仕事をするためには、いち早く『チームの一員』になることが大切」とアドバイスをいただいたんです。「私は農水省から来ました、勉強させてもらいます」みたいなスタンスではなく、いかに「自分ごと」として捉えられるか。そう思えると自然と苦じゃなくなってきて。

ーメンターの方とも良い関係を築くことができていたんですね。

そうですね。特に初めの方は、企業の仕事の進め方であったり、何をどのぐらい発言してもいいのか度合いが分からず、よく相談に乗ってもらっていました。一番記憶に残っているのは、週次報告書を毎週提出しているんですが、「もっと面白く書く工夫をしてみたら」と言われたことです(笑)。

ーまさかここでも表現の壁にぶつかるとは。

そうなんです。やはり、提出するための「報告書」になってしまうんです。でもそう言われてから、「もっとこんなことをしたい」「こんな施策も必要ではないか」と自分の内から出てくるアイデアや想いを自由に書けるようになりました。そうすると、自然と会話にも自分の想いが出てくるんですよね。社長や会社の人と意見を交換したり、自分のアイデアを気兼ねなく提案できるようになりました。

ー移籍期間中に、特に力を入れて取り組まれたことはどんなことでしょうか?

クラウドファンディングのあと、自社のECサイトでも「22世紀鯛」などを販売することになり、注文を受けてから配送するまでの一連のオペレーションを1から構築するっていうのは、かなり大変でしたね。注文を受けられる数に限りがあったので、現場と連携して数を把握し、魚の鮮度を保ちながら、養殖場から加工場へ送り、出来上がったものを箱詰めして、お客様がお求めになっているタイミングに届くようにする必要があります。

それぞれのタイミングに合うように工程を組んだり、互いの連絡手段はどうするのか、関係者が注文状況を確認するフォーマットを作ったり。きちんと連携しないと、お客さまには安全なものを届けられない。とても苦労しましたが、これまでの自分の仕事でも、関連部署に細やかにコミュニケーションをとり、連絡や情報共有をすることをすごく大事にしていたので、そういった経験が生きたのかなという気がします。

仕事に対して生まれた「ワクワク」する気持ち


ーリージョナルフィッシュで働くことで、どのようなことが得られたのでしょうか?

仕事に対する価値観が大きく変わりました。それまで頭のどこかで「仕事はしっかりこなせるようになってなんぼ」と思っていたんです。正確であること、スピードもありつつ、致命的なミスは出さないようにすること。でも梅川さんをはじめとするリージョナルフィッシュの皆さんは、ワクワクしながら「自分ごと」として事業に取り組んでいる。自分と仕事へのコミットの姿勢が全く違い、かなりショックを受けました。

思えば、一番初めに梅川さん、石本さんとの面談の時に「塩見さんと働いたら、楽しそうだなと思った」と言ってもらったんですよね。普通なら「キャリアやスキルが生かせそうか」を見ると思うんですが、リージョナルフィッシュは「一緒に働いて楽しいかどうか」を大事にしてるんだなと思ったんですね。だから、最後の送別会で「塩見さんと働いて楽しかったです」と皆様言ってくださって、少しは期待に応えられたのかなってすごく嬉しくなりました。全力で取り組んだからこそ楽しいという感情にまで昇華できた、とても貴重な経験になりました。

それと同時に、これまで「自分の仕事にどこまで想いを持ってできていたのか」「誰に向かって仕事をしているか」を意識できていたのかと省みたら、そうではない日々があった。これからは「自分の事業だと捉えて、もっとワクワクしてやっていきたい!」と心がぐっと熱くなりました。

新しい技術を世の中に問うために


ーレンタル移籍を終えて、現在はどのような業務を担当されていますか?

デジタル庁において、行政手続のデジタル化に取り組んでいます。オンライン化が進んできているとはいえ、まだまだ紙ベースであったり、対面での手続が多くあります。私の部署では、各省庁の皆様とともにこのような手続のオンライン化に向けて議論を行っています。仕事の内容が変化したこともありますが、10人ほどのチームの班長として、チームをサポートする役割を担うことになったのは、大きな変化ですね。

ーレンタル移籍の経験が、生かされていることはありますか?

デジタル庁内は、オンラインでのテレワークなど、ベンチャーのスタイルに近い働き方だなと感じています。チャットでのコミュニケーションの仕方とか、チーム内のタスクの管理の方法やスケジュール共有などのデジタルツールの活用なども含めて、学んだことが活用できています。

それとリージョナルフィッシュで、一連のオペレーションを構築する際の経験が、チームビルディングに役立っています。関係者に「今何に困っているのか」を聞き、どうやったら働きやすくなるのかを考えることは、今の仕事も同じこと。デジタル庁も色んなバックグラウンドを持つ人が集まってできている組織なので、いかにミッション、情報を共有しながら、仕事を一緒にやっていくかが大事になります。

僕自身も経験がないことなので手探りですが、それはレンタル移籍で十分に経験してきたので、実践する良い機会だと思って頑張りたいですね。

ーまさに今、経験したことを実践されているんですね。塩見さんの今後の目標について、お聞かせください。

直近の目標としては、デジタル化に向けて成果を出したいということですね。今私が取り組んでいる、行政手続のデジタル化を進めていく仕事。これってリージョナルフィッシュが取り組んでいる「新しい技術を活用して開発した商品を世の中に発信していく」ことと似てるのかなと思っているんです。

これまで皆さんがある程度安定的に運用してきたものに対して、デジタル化を検討していただくことになるのですから、「今までと同じようにうまく手続できるのだろうか」「利用者は受け入れられるだろうか」などの不安もあろうかと思います。

そこの不安や懸念点に対してコミュニケーションを怠らないこと、そして「デジタル化するとこんなメリットがある」というプラス面も伝えながら「こうすれば懸念は解消できるかもしれない」と伝えること。これらはリージョナルフィッシュで経験したこと。こういった学びを生かしながら、デジタル技術によって少しでも皆さんにとって便利な仕組みづくりが進むようにしていきたいですね。

ーそんな世の中がくることを楽しみにしています。

さらにこの先の長期的な目標としては、やはり農林水産・食品産業の分野でも新しい技術を活用しているベンチャーが増えていく土壌ができればと考えています。良い技術であっても、世の中に理解されずに、埋もれていくことほどもったいないことはない。だからこそ、資金面や人材面不足の面といったベンチャーが抱える課題への支援が何とかできないかと強く思うんです。

それは新しい技術が活用されることで、結果的に食の生産に関する問題が解決したり、世の中に便利さをもたらすことができると思うから。そんな可能性を持つスタートアップの支援に携われるように、私自身も力をつけて頑張っていきたいですね。


「新しい技術に触れたい」そんな想いからレンタル移籍を決意した塩見さんですが、「新しい=未知のもの」を多くの人に理解してもらうための表現方法に悩んだ日々を過ごしました。しかしその苦難の先には、自分ごととして言葉を紡ぐことで、多くの人に「伝わる」ことを実感することができたようです。自分の想いを軸に仕事に取り組む塩見さんは、さらに活躍の場を広げていくのでしょう。

※ インタビューでの発言は個人的な見解であり、所属する組織の公式的な見解を示すものではありません。

Fin

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協力:農林水産省 / リージョナルフィッシュ株式会社
インタビュー:三上 由香利
撮影:其田 有輝也
提供:株式会社ローンディール
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