「働く環境を変えることで見えてきた自分の強み」厚生労働省 益田桂輔さん
自分の働き方を見つめるためのチャレンジ
——厚労省ではどのようなお仕事をされていたのですか?
私が国家総合職の法律区分という職種であることから、主に法令改正を通じた政策の企画・立案の業務に従事していました。具体的には、生活する上で切り離すことができない、法律などの法令と言われるルールについて、厚労省の管轄する福祉・健康・労働などの分野で直面する課題に対してそのルールを改正することで少しでも解決につなげ、皆様の生活を良くしていくのが仕事です。
具体的に言うと、医薬品・医療機器等に関する規制を所管していた医薬・生活衛生局に所属していたときには、日本の法令に照らすと医薬品に該当するものを個人で輸入し、それが原因の健康被害が多く確認されていました。こうした個人輸入を通じて持ち込まれたものによって国内での健康被害の発生を防ぐことができるよう、法律での仕組みを作るために、医薬品・医療機器等に関する法律の改正に携わりました。また、レンタル移籍をする直前まで担当していたのは、新型コロナウイルス感染症対策です。国内での感染拡大防止のために、検査体制の整備や必要な法令改正などに取り組んでいました。
——ニュースでも取り上げられるような課題に取り組まれていたのですね。レンタル移籍を知ったのはどんなきっかけでしたか?
実は、厚労省に入って2、3年経った頃から、「違う職場で働いてみたい」という話を人事の担当者としていて。というのも、実際に働いている厚労省職員の自分が、入省する前に想像していた厚労省職員の自分からはかけ離れた姿になっていました。
当時の私は、自分の気持ちや考えよりも、他人の目を気にして、人に合わせるように仕事をしていて、「これは本当に自分が思い描いていた働き方なのだろうか」と違和感が生じていました。それに、10年後、20年後のキャリアを考えたときに「このままレールに乗っていいのだろうか」という疑問が湧いていました。
また、自分ではなく、他人を気にして仕事をするということが、社会人として働くということなのか、「働く」ということがどういうものなのかが分からなくなっていました。厚労省でしか社会人として働いた経験がなかった私にとって、一度、働く環境をガラッと変えて「自分の労働観を客観的に考えたい」、「働くとは何かを考えたい」と思っていたときに、人事から提案されたのが、ベンチャー企業へのレンタル移籍だったのです。
——話を聞いたときは、すぐにやってみようと思われましたか?
いいえ、即決はできなかったですね。自分が本当に求める経験ができるのかどうか、時間をかけてじっくり考えたいと思いました。
これは出向するケースに見られるのですが、どうしても出向先からは出向元(厚労省)との“つなぎ役”を求められてしまうことがあります。それだと、あくまでも厚労省の人材としての働きになってしまいますよね。厚労省とはまったく違う環境で働きたいという気持ちが強かったので、まずはそこを確認しました。
——“つなぎ役”ではない働き方ができるのかと。
そうです。その後、レンタル移籍の内容について詳しく聞いて、これならば自分が求めている経験ができると思いました。それで、やってみようと決断したんです。
移籍を通じての目標は2つあって、1つは「自分の力でお金を稼ぐこと」。移籍を通して、社会人としての自分の働き方や仕事のやり方、スキルを客観的に評価したいと思い、定量的な目標を設定しました。もう1つは、仕事をするうえで「自分の強みを知ること」。これまで培ってきた厚労省でのスキルが、一般企業でも通用するのかを知りたいと考え、定性的な目標を設定しました。
「慣れない」ことも個性として認めてもらえる
——移籍先に選ばれたなんでもドラフトは、どのようなサービスを展開されているのでしょうか。
スポーツ・エンタメ・社会・文化など幅広いジャンルにおいて、「なんドラ」という体験型のエンタメゲームを提供しています。簡単に言うと、アメリカで大流行のファンタジースポーツの日本版です。スポーツチームや各種イベント、テレビ番組などの実体験と連動したサービスの開発を手がけています。
会社としてはもう1つ事業を展開していて、それが「BizDev Dojo」です。主に企業における新しい事業を始めるためのサポートをしています。たとえば、海外で発展している事業や、注目が集まっている業界の市場分析をするとともに、新規事業を生み出すためのサポート、アイデアの提供をするのがBizDev Dojoの役割です。
——これまでのお仕事とはまったく違う業種ですね。移籍してすぐに馴染めましたか?
雰囲気も全然違うので、かなり戸惑いましたね。まず驚いたのが雑談の文化でした。といっても、ただの雑談ではなく、話の流れでそのまま仕事に関わる話が進んでいることもあるので、はじめの頃は気が抜けませんでしたね。これまでは、上司や同僚とも仕事のこと以外ではほとんど話すことがなかったので、最初は驚きました。また、厚労省では「◯◯さん」や役職で呼びあうのが、あだ名でフラットに呼びあうことにも驚きました。マスダックとあだ名をつけてもらったのですが、最初はどう反応すればよいのか戸惑いました。
——そうした社内の雰囲気には、7ヶ月の移籍期間でだんだんと慣れていったのですか?
実は、最後まで慣れませんでした(笑)。「郷に入れば郷に従え」で合わせた方がよいのかなとも思ったのですが、だんだんと「無理をして慣れなくてもいいのかもしれない」と思えるようになったんです。そう思えたのは、CEOの森井さんや社員の皆さんたちが、
「雑談をしないのもマスダックらしさだから」
と、個性の一つとして認めてくださったことが大きかったです。
皆さんはラフな格好だったのですが、私はずっとワイシャツにスラックスという、フォーマルな服装で仕事をしてきたので、急に合わせるにも戸惑いがありました。でも、それも他の人たちに「無理に合わせなくてもよい」と言ってもらい、移籍期間中はずっとフォーマルな服装で仕事させてもらい、なんでもドラフトの皆さんに自分の個性を分かってもらえたことで、どんどん仕事もやりやすくなりました。
相手を知ることが、仕事を進める第一歩
——益田さんはどのようなお仕事をされていたのですか?
移籍当初は行政や企業が主催するアクセラレーターへの、応募に関わる仕事を担当していました。アクセラレーターとは、スタートアップ企業の成長を支援するもの。採用されれば、資金が獲得できることに加えてさらなるサービス開発の手助けをしてくれる企業を紹介してもらえるなど、多くのメリットがあります。
アクセラレーターへの応募では、テーマに即し、企画を考え、資料化し、自分たちが持っているサービスをどのように活用できるのかを提案します。移籍した最初の4ヶ月で、合計60件以上の企画・資料を作って応募しました。
——すごい数ですね。移籍されたばかりで、それだけの提案書を作成するのは大変だったのでは。
1件目が大変でしたね。そもそも事業者に対してプレゼンをするのも初めてだったので、どんな資料を作ればこちらの思いが伝わるのかが、よく分かっていなかったんです。そこで、資料を読み込み、作った提案書を社内のミーティングで発表しながら磨きをかけていきました。最初の提案書を作るまでには1ヶ月くらいかかりました。
——案件によって提案する内容も変わるということですよね。
そうですね。1つ1つの応募に合わせて企画を考えます。提案書を作るときに難しかったのは、社員の方たちと議論するうえでの共通の物差しを持っていなかったこと。たとえば厚労省では「法律」という同じ尺度の物差しを使って会話ができたのですが、なんでもドラフトでは、「わくわくしない」というように感覚的なものも重視されていました。どのポイントを抑えればよいのかをつかめるまでに時間がかかりましたね。
——その状況を乗り越えるために、メンターからのアドバイスがあったとか。
はい。メンターの松川さんから、「厚労省ではストライクゾーンが明確に分かるような“機械”の審判だったのに対して、なんでもドラフトでは “人”が審判なので戸惑っているのでは」と指摘を受けて、なるほどと思いました。人の判断には感覚的なものも作用しますし、人によってどこを見ているのかも違いますよね。だからこそ、「このポイントを抑えておけば大丈夫」というのが、なかなか見えてこなかったんです。
——ストライクゾーンを見極めるのが難しそうです。
会社のメンバーから指摘してもらったことを、自分なりに分析するようにしました。分析を積み重ね、自分の中に「ここの基準をクリアしないといけない」というルールを作ったんです。それによって提案書を作るのが格段に速くなりました。
最後の方には、ほとんど指摘を受けることもなくなりました。「一人で営業していいよ」と言われて、そこまで任せてもらえるようになったのが嬉しかったですね。
ただ、アクセラレーターの応募に60件以上申し込んで、そこから先に話を進めることができたのが3件だったので、少し焦りもありました。その案件もその先の話を進めていくためのスタートラインにようやく立ったところ。もちろんそれは成果ではあるのですが、私がレンタル移籍の目標にしていた「自分の力でお金を稼ぐこと」を達成するためには、別のアプローチも必要だと考えるようになりましたね。
強みを生かして味わった達成感
——課題が見えたことで、その後の過ごし方は変わりましたか?
はい。自分の力でお金を生み出せるものは何だろう、そのために何をすればよいだろうと考えました。そして、今の自分の強みになるのは、やはり厚労省での経験かなと。移籍前にイメージしていた、まったく違う分野の仕事がしたいという希望からは変わってしまいますが、「自分が移籍前に立てた目標を何としても達成したい」「何も結果を残せず、移籍期間を終えても自分は何も得られない」と思い、プライドのようなものを捨てる決心をしました。
——具体的にはどんなことを始められたのでしょうか。
まず会社と、BizDev Dojoの事業の一環として、ヘルスケアレポートの作成を相談しました。ヘルスケア分野の事業を分析し、レポートとしてまとめ、販売するというものです。
ヘルスケアは新型コロナウイルスの流行以降、多くの企業が注目し、参入しています。実際に、マスクの製造や検査事業の展開など、他業種からの参入も相次いでいます。さらには、SDGsの流れから、百貨店でのフェムテックフェアなどのように、商業の場でも注目されています。今や、大企業が新規企画を開発するときには、必ずといっていいほどヘルスケア分野を意識しているはず。そうした企業に向けて、レポートを販売できると考えました。レポート作成については、森井さんを含めた社員全員にプレゼンをして、なぜ今、この情報にニーズがあるのかを説明しました。
——社内でのプレゼン後はどんな反応がありましたか?
一発で皆さんに響くようなものにはできなかったので、森井さんを中心に皆さんからコメントを頂きながら、改善を重ねてニーズがあるということを評価してもらえて、「自由にレポート作成を進めていい」と言っていただけました。執筆に取り掛かりつつ、ある程度、レポート作成の見通しが立ったところで、作成に関してはマニュアルを作り、移籍終了後も引き継がれるように準備を。その中で、森井さんや啓悟さん、理さんから販売に向けたイベントを開催してみてはどうかとアドバイスを頂き、その企画・対応にも取り掛かりました。
——イベントも企画されたのですね。
レポートの営業を兼ねたオンラインイベントです。5回開催して、50名を超える参加がありました。イベント満足度も5段階で4.5と、非常に高い評価を得ています。その場では販売まではいかなかったものの、イベントを通してつながりを持った2社と、事業に関する商談を進めることができました。
自分が分析したレポート、そのプレゼンに魅力を感じてもらえたのだと思うと、嬉しかったです。自分の力でレポートという1つの商品を生み出せたことには、これまでにはない達成感がありました。
自分が変わることで、組織を良くしていく
——レンタル移籍を経て、どのような変化がありましたか?
厚労省での経験が、自分の強みになっていると気づけたことは大きかったですね。それから、成長できたと感じたのが、「伝え方」です。これまでは「事実を伝える」ことばかりで、「相手にどう理解してもらうか」という視点が足りていなかったなと。移籍してから週2回、テクノロジー関係のニュースの発表を担当していたのですが、そこで森井さんから
「ユーザーの視点をちゃんと考えている?」
と言われたことがありました。ユーザーにとって知りたい情報なのかどうか、深く考えていなかったかもしれない、とハッとしました。
それからは話をするときには、相手が何を知りたいのかを考え、そこにしっかり寄り添うことが重要なのだと、意識が大きく変わりました。それは厚労省に戻った今も、上司や部下と話をするときに心がけています。
——最近、ベンチャー企業へのヒアリングもされていると伺いました。
そうなんです。今、私が所属している医薬生活衛生局生活衛生・食品安全企画課では、食品安全制度をよりよくするための議論が若手職員を中心に進められています。そこでさまざまな視点を取り入れるために、ベンチャー企業の方々をご紹介いただき、すでに2、3社の方からお話を伺っています。
通常、ヒアリングは大学や業界団体へ行うことが多いのですが、移籍をしたことで、これまでになかった事業を展開し、その道を切り開こうとするベンチャー企業の意見も取り入れたいと思うようになったのです。これまでの私にはなかった発想でした。
——最後に、益田さんがこれから実現させたいことを教えてください。
厚労省には、「日本をどうにかしたい」という理想を持って入ってくる人たちがたくさんいます。そして、厚労省という組織の視点で考えると、その理想を持っている人たちの熱量を生かせば、よりよい力が発揮できるはずです。
そのため、後輩たちには、できるだけ早いうちから責任ある業務に携われるような機会を提供していきたいと思っています。皆で理想を形にしていくことができれば、組織としてももっと良くなっていくのではないでしょうか。
厚労省という組織を外から見ることができたからこそ、次は私がこの経験を通して様々な立場の視点で見たものを他の人たちに共有し、新しい考え方で仕事を進めていければ、厚労省もよりよくなるのではないかと思っています。それが今の私にできることだと考えています。
Fin
【LoanDEAL イベント情報】
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石山先生とローンディールがタッグを組み、「これから越境学習を始めよう」と考える方に、アカデミックと実践の両面からお話してまいります。ローンディールが蓄積してきた越境学習者本人の声や、上司・送り出した人事の評価などもご紹介しながら、これから「越境学習」の導入を検討していく企業の皆様に参考となる情報をお届けしてまいります。
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