「ベンチャーで見出した、民間と行政の新しい関係」経済産業省 中山英子さん
もともと好きだったテクノロジーの世界へ
── そもそも、中山さんはどういった理由で公務員の道を選ばれたのでしょうか?
民間企業に就職するか、公務員を志望するか、実は最後まで悩みました。公務員を志したのは、大学時代の経験が大きく影響しています。私は大学で電気工学を学んでいて、民間企業と協働して研究活動をしていました。その際に感じたのが、国の制度がボトルネックになって、テクノロジーが世の中に広がりにくくなっているという現実でした。そこを抜本的に解決すれば、現在眠っているテクノロジーも一気に世に出ていくような気がしたんです。「テクノロジーで社会を良くしたい」という思いが公務員を目指すモチベーションの源泉でしたね。
── テクノロジーへの情熱が公務員としてのキャリアに繋がっているのですね。移籍前、中山さんは経産省でどういったお仕事を担当されていたのですか?
秘書課という部署で、民間企業でいうところの人事部で仕事をしていました。主な担当領域は組織づくりや働き方改革です。私自身、キャリアそのものに関心が強かったので、業務の傍ら、キャリアカウンセラーの資格取得にも励みました。正直なところ、霞ヶ関の労働環境やキャリアについて、外部の方からネガティブな印象を持たれることは少なくありません。レンタル移籍を希望した背景には、組織の改善点を客観的に見つめ直し、個々人がより良いキャリアを築ける場所にするための手掛かりを得たい、という思いもありました。
── 大手企業への出向など、さまざまな選択肢があるように思います。なぜベンチャー企業への移籍を希望されたのでしょうか?
ベンチャー企業は、意思決定が早かったり、一人ひとりがモチベーション高く仕事をしていたりする印象が強かったためです。また、ベンチャー企業はこれからの日本の経済を支えていく重要なプレイヤーでもあります。行政としてスピード感をもって支えるべき存在だと感じていたので、レンタル移籍を通して、ベンチャー企業側のニーズを引き出したいという目的もありました。
── なるほど、現場のニーズを知る機会にもなると考えられたのですね。
はい。それともう一つ、レンタル移籍を希望した背景には個人的な理由もありました。ここ数年は、色々な分野を経験させていただいていたので、テクノロジー関連の仕事からすっかり離れていたんですね。経験した仕事は、それぞれ得るものも多く楽しいけれど、私が本当にやりたい仕事は何だろうか、社会に対してこれから何に貢献できるのかモヤモヤしていたんですね。そのように考えていくうちに、自分の仕事のやり方や価値観は、これからも通用するのだろうか。そんな焦りを抱くようになっていたんです。レンタル移籍を通して今一度現場を知り、私自身がどのようなキャリアを歩んでいきたいのか、見つめ直す機会にもしたいと思いました。
── 数あるレンタル移籍先からアクセルスペースを選んだ理由を教えてください。
テクノロジーというものが根本的に好きだったので、優れた技術を持ったベンチャー企業に移籍してみたいという純粋な願望がありました。さらに近年は世界的に宇宙ビジネスへの投資が進んでいるため、宇宙の分野は特に成長分野だと感じたんです。自分自身も触れたことのないテクノロジーだったので、強い興味のもと移籍先として希望しました。
固定観念を捨てて、自分にしかできない仕事を
── アクセルスペースではどういったお仕事を担当しましたか?
経営戦略本部チームに所属し、主に行政や制度関連の業務を担当しました。宇宙は安全性を確保するために、さまざまな制度が存在します。加えて、産業として新しい分野であるため、新たな制度もここ数年で多く成立しています。特にビジネスに影響があるのは、電波の利用を制限する法律や、宇宙空間を利用するための法律などです。新規ビジネスを検討する際も、既存の制度との関連性を考慮しなければなりません。ときには、制度自体の改正も含めて行政に働きかける必要も生じます。
── 直近では人事系業務を担当していたかと思いますが、法律系業務も専門領域だったのでしょうか?
いえ、私自身は行政官として最低限の知識はもちろん有していますが、省内には法律作成・改正のプロと呼ばれるような方がたくさんいたので、特段得意というわけではありませんでした。そのため、「法律のプロではない自分が言うのもおこがましい」という考えを最初の頃は捨てられなかったですね。社内弁護士の方もいらっしゃる中で、移籍後1ヶ月間はほとんどアウトプットも出せず、せっかくいい機会をもらえたのに、このまま自分は何も形にできないんじゃないかと悩みました。最初が一番しんどかったですね。
── 思うように成果を出せない時期があったのですね。どのように乗り越えたのでしょうか?
自身の中にあった固定観念を取り除きました。実際、私も行ってみて気づきましたが、弁護士の方は既存事業に係る法律・契約書業務がメインでそれだけでも大変お忙しく、一つひとつの制度そのものを体系的・網羅的に見ていくのは難しい状況でした。法律は経産省という組織の中では得意なほうではないけれど、ここでは「法律を理解できること」が自分の一番の付加価値である、そう切り替えるようになってから、仕事も軌道に乗るようになったように思います。新しいビジネスの案について、法律的な面での考察を出してみたり、注目すべき政府の取り組みをドキュメントに残したり、自分ができることを見つけて取り組みました。
── そうした背景には、メンターの存在も影響していたとか?
メンターの藤村さんにはすごくお世話になりましたね。私がこれまで所属してきたのは大きな組織だったので、ベンチャーとは仕事の判断軸や進め方が全然違ったんです。上手くいかずに悩んだこともあったのですが、藤村さんは大企業とベンチャー企業の違いを示して、客観的なアドバイスをたくさんくださいました。おかげで、それぞれの出来事を自分の中で消化することができました。藤村さんには足を向けて寝られません(笑)。
── 7ヶ月の移籍期間で、もっとも達成感を感じられたのはどんなことでしょうか?
新サービスである「AxelLiner(アクセルライナー)」について携わらせていただいたことでしょうか。「AxelLiner」は小型衛星の開発から打ち上げ運用までをワンストップで提供するサービスで、小型衛星を自社で打ち上げ運用している強みがあるアクセルスペースだからこそできることです。宇宙に関する事業は、新規のアイデアがあっても法律との兼ね合いで頓挫してしまうことがあります。事業として成功を描けるよう、自身の知見を生かしながら慎重に進めてきました。もちろん、私一人で成果が出せるわけでもなく、皆さんのアウトプットを集結させた結果です。
移籍が終わった後、「AxelLiner」のプレスリリースが公開されたのを見て、「自分も組織に貢献できたんだ」と嬉しくなりましたね。
役職ではなく、その人自身を見つめるカルチャー
── 行政からのベンチャーという、組織規模もカルチャーも違う環境への移籍でしたが、組織の印象としてはいかがでしたか?
まず、意思疎通も含めてフラットな組織だなと感じました。テレワークがメインでしたが、会ったこともない私が直接アプローチしても、快く打ち合わせに応じていただきました。中途の人が多いということもありますが、受け入れも含めて一人ひとりに温かいということを感じましたね。公務員は定期的に異動がありますが、今回のように既に出来上がった組織に一人で飛び込む経験はなかったので、移籍前は不安も大きかったです。でも、実際には皆さん親切で優しく、安心して組織に馴染むことができました。
ベンチャーならではだと感じたのは、経営陣が目指すべき方向性を明確に示し、メンバーがそこに対して強く共感すること、経営陣がスピード感をもって決断をしているということです。結果的に、パフォーマンスの高い組織が出来上がっていると感じました。
── どのようなカルチャーを感じましたか?
すごく前向きなカルチャーがあるなと思いました。仕事が大変なときでも、自分たちの事業を信じて、後ろを振り返らずに物事を前に進めているんですよ。アクセルスペースがスピード感を持って成長している理由を実際に垣間見ましたね。
さらに、“役職”ではなく、等身大の“その人自身”をフラットに見つめる環境も新鮮でした。
── 具体的にはどういうことでしょうか?
大規模な組織あるあるなのかもしれないですが、役職がつくようになると、個人の実績よりも、組織としての成果を求められるようになっていきます。前提として、これは良いところの一つだと私は思います。役職がつくことで、無意識的に背伸びをしながら自分の能力を高めていけるからです。その一方で、個人として実力が伸びているのか、この能力が外で通用するものなのかを知ることが難しいと感じていました。
アクセルスペースでは、“経産省の課長補佐“としての私ではなく、等身大の私を常に見てくれました。できたことできなかったことも含め個人の実力を知れて、学びになりましたね。
── 経産省にも取り入れていきたい、組織のヒントはありましたか?
はい、アクセルスペースの意思疎通のあり方、フィードバック体制はぜひ真似したいと思いました。アクセルスペースでは週1で全社員が集まる定例会があります。そこで重要な方向性はかならずCEOご自身で説明されますし、経営陣での議論もなるべくオープンにしています。自分が今やっていることに何の意義があるのかということを日々意識することは重要と感じましたし、これは是非経産省でも取り入れていきたいと思いました。
また、レンタル移籍中、上司であるCSOの太田さんと毎週1on1を実施し、密なコミュニケーションを取ることができました。この時間のおかげで、自分が何を求められていて、現状パフォーマンスを出せているのか、定期的に振り返ることができたんです。周りを見渡してみたところ、マネージャー以上の皆さんはどんなに忙しくても1on1の時間は捻出していたんですよね。それだけ、この時間には価値があるのだと思いました。
子どもが憧れる、かっこいい仕事をする母へ
── レンタル移籍を経て、新たに得た発見はありましたか?
私たち経産省の職員は、企業の方々に対して常にオープンでありたいと思っています。しかし、企業側からすると、行政というのはすごく遠い存在なのだと知りました。そもそも「何か用事がなければ声をかけてはいけない」と思っているところもあり、何を考えているのか分からない存在でもあるようです。企業とのコミュニケーションのあり方は政策として改善すべきポイントだと感じました。
同時に、行政の存在意義をあらためて見つめ直す機会にもなりました。
── どういったことでしょうか?
民間企業だけでは実現できないことがあることを、身に染みて感じたんです。どのような産業でも何らかの形で制度が関わってきます。新たな産業を盛り上げていくためには、産業の成長スピードと合わせて、行政側の制度改正や時には予算などの後押しが不可欠である。それを、実体験ベースではっきりと自覚しました。公務員を志した時の、初心を思い出す機会になりましたね。
── アクセルスペースを選んでよかったですね。
政策面でも組織面たくさんの学びを与えてもらえました。アクセルスペースで7ヶ月過ごしたおかげで、宇宙のことが大好きになりましたし、いつか宇宙政策の仕事に携わるのが、私の夢の一つになっています(笑)。
また、プライベートの話になりますが、子どもから「お母さんって、今どういう仕事をしているの?」と質問されたことがありました。「宇宙にある人工衛星を作っている会社にいるんだよ」と説明したところ、折り紙で人工衛星を作ってプレゼントしてくれたんです。私の仕事をきっかけに、宇宙に対して強く興味を抱いたようでした。子どもが持つ「宇宙」のイメージって、きっとかっこいいものなんですよね。子どもが憧れるような仕事に携わることができて、なんだかすごく嬉しかったです。
民間と行政、二人三脚で走っていく
── レンタル移籍から戻られてからは、どういったお仕事をされていますか?
移籍前と同じく秘書課に所属し、現在は再び組織論などの領域を担当しています。ベンチャー企業で感じたことや学んだことがすごく生きていると感じられていますね。
── 中山さんのこれからの目標を教えてください。
まず、ライフワークとして「テクノロジーで社会を良くしたい」ということを実現するため、行政官としてやるべきことを追求したいと思っています。このレンタル移籍という機会がなければ、自分が職業人生として何をやりたいのか、改めて立ち止まって考えることもなかったと思います。これからも行政官として色々なポジションを経験していくことになるとは思いますが、今回感じたことを常に意識しながら過ごしていきたいと思います。
さらに、チームとして大きなことを成し遂げるということに、今後はチャレンジしたいです。これまでの私の仕事のスタイルは、可能な限り自分一人でやってしまうというもの。協力を仰いだり、チームで動いたりというのを、積極的にはしてきませんでした。しかし、アクセルスペースに移籍したことで改めて痛感したんです。一人ではできない大きなことも、チームでなら成し遂げられるということを。
ライフワークとしてやっていきたいこと、組織として大きなことを成し遂げる。どちらもまだ漠然とした目標ではありますが、移籍体験を経なければこのような目標を立てることもなかったでしょう。あらためて、いい機会をいただいたなと思います。
── 最後に、民間企業への移籍を経験した今、中山さんは民間と行政の理想的な関係性とはどういったものだと考えられていますか?
移籍を経てあらためて思ったのですが、理想の関係性は“両輪”だと考えています。民間の力だけでも産業の成長に限界があると思いますし、従来のように行政が主導するだけでも産業は大きくなりません。民間と行政で二人三脚で同じ方向を向き、同じスピードで走り抜けていく。それが、新しい官民の関係性なんじゃないかと思います。特に、ベンチャー企業や宇宙産業の成長速度はすごく速いんです。行政もスピード感を持って、時にはリスクを背負いながら、民間と一緒に全力で走らなければならない。それを実感できたことが、一番の財産ですね。
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※ 本インタビューは2022年5月に実施されたものです。中山さんは現在、大臣官房 調査統計グループ 総合調整室に異動。
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