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「大企業とベンチャー企業、協業のカギは両社を熟知した "バイカルチャー人材”」〜ドコモがベンチャーと仕掛ける“デジタル近居”サービス「ちかく」誕生秘話〜

今年4月、国立社会保障・人口問題研究所が「日本の世帯数の将来推計」で、2050年には1人暮らしの高齢者世帯の割合が20.6%になるとの将来予測を公表しました。そうした中、株式会社NTTドコモ(以下、ドコモ)とエイジテックベンチャー企業・株式会社チカク(以下、チカク)の共創によって“デジタル近居”サービス「ちかく」が誕生しました。

「ちかく」は、テレビに繋ぐ家型の専用端末とスマートフォンアプリを利用し、離れて暮らす1人暮らしの親の在室状況を家族が確認でき、部屋にいればそのまま話しかける感覚で、テレビ電話ですぐに会話ができるサービスです。まるで近くに暮らしているかのように、お互いをより身近に感じながらも、ほどよい距離感を保つことができるのが特長です。

この「ちかく」は、ドコモのプロダクト戦略部長・松野亘(まつの・わたる)さんと、チカク代表取締役・梶原健司(かじわら・けんじ)さんがプロジェクトチームを率いて実現したサービスです。そしてもう1人、本プロジェクトを語るうえで欠かすことのできないのが、2022年4月からの1年間、ドコモからチカクへレンタル移籍をしていた島杏菜(しま・あんな)さんです。大企業とベンチャー企業という全く異なる2社の文化を深く理解した“バイカルチャー人材”である島さんが、両社の橋渡し役として、大きな役割を果たしているといいます。

そこで今回は、ドコモ・松野さんとチカク・梶原さんに、協業に至るまでの経緯や「ちかく」にかける想い、そして島さんが果たした役割についてお話を伺いました。

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「一緒に取り組みたい」。
互いのミッションと想いに共感


――「ちかく」が2024年5月にリリースされましたが、今回の協業はいつ頃から始まったのでしょうか?

松野:私がプロダクト部(現・プロダクト戦略部)に着任してすぐの2022年夏頃のことです。社内でスマートフォンやタブレットだけではサポートできないお客様がいるのではないかという議論をしていたときに、「シニア向けにデジタルサービスを提供している面白い会社がある」と聞き、チカクさんにコンタクトを取らせていただきました。

チカクさんが掲げる「距離も時間も超えて大切な人を近く・知覚できる世界を創る」というミッションが、弊社のブランドステートメント内にある「0歳も100歳も、誰も取り残されることなく、上機嫌で暮らせる街を。」と非常に近いと感じて、純粋に梶原さんと話してみたいと思ったんです。

まずはオンラインで話した後、2ヶ月後くらいでしょうか。梶原さんが弊社にいらした際、早速、テレビ電話ができるプロダクトの試作機を持ってきていただいたんですよね。

Profile 松野亘さん |  株式会社NTTドコモ プロダクト戦略部長
新卒でエヌ・ティ・ティ移動通信網株式会社(現・株式会社NTTドコモ)入社。スマートフォン事業推進室、研究開発推進部、プロダクト部、人事部などを経て、2022年7月よりプロダクト部長(現・プロダクト戦略部長)。

梶原:弊社では、スマートフォンで撮影した子どもの動画や写真をアプリで送ると、離れて暮らす実家のテレビで視聴できる「まごチャンネル」というサービスを提供しています。

当初から「せっかくテレビに接続できるなら動画や写真を視聴できるだけでなく、双方向でコミュニケーションできるような機能が欲しい」というご要望をいただいており、テレビで文字通りテレビ電話ができる試作機をつくって販売検証をしていました。

梶原健司さん |  株式会社チカク 代表取締役
新卒でアップル日本法人に入社。以後12年にわたって、ビジネスプランニング、プロダクトマーケティング、ソフトウェア・インターネットサービス製品担当、新規事業立ち上げおよびiPodビジネスの責任者などを経て、2011年に独立。2014年、株式会社チカクを創業。

――それが「ちかく」のベースになったということですか?

松野:そうですね。当時、私の父親が介護が必要な状態だったこともあり、介護する側の働く世代の大変さを実感していました。離れていても親の様子を見守れるプロダクトは便利だと感じ、「一緒に取り組みたい」とお話しした経緯があります。

梶原:松野さんの個人的なご経験に私としても大変共感しました。また、松野さんがおっしゃった「“モノ(プロダクト)”を通して、“コト(体験)”を提供していきたい」という想いも我々と共通するものがあり、協業に向けて動き出すことになりました。

――スタートの段階でそれぞれの想いが共通していたのですね。協業するにあたって、お互いにどのようなことを期待していましたか。

松野:大企業は会議体が多く、どうしても動きが遅くなってしまうので、チカクさんでスピード開発を進めていただき、当社では料金プランや提供方法を検討するといった役割分担ができるだろうと期待していましたし、実際にその形で進みました。

梶原:我々が期待していたのは、もちろん全国津々浦々の方に届けていけるドコモショップさんの販売力もありますが、やはり「ドコモ」というブランド力ですね。ブランドはお客様からの信頼や期待の蓄積なので、「ドコモが携わる製品なら安心」と思っていただけます。ベンチャー企業である弊社だけではとても難しいところなので、協業は大変ありがたく、心強いです。

両社を熟知した“バイカルチャー人材”とは?


――今回の協業が実現した背景には、協業を検討し始めた当初、チカクにレンタル移籍していた島さんの存在が大きいと伺いました。

梶原:松野さんと初めてオンラインでお話したときに、ちょうどドコモさんから島さんが、レンタル移籍で来てくれていたところでした。島さんには弊社の事業開発を担当してもらっており、今回の協業が動き出したタイミングで、関わってもらうことになりました。

【チカクに移籍中の1枚・中央が島さん】

松野:島さんとは面識があったのですが、まさかチカクさんに1年間のレンタル移籍中だとは知らなかったので驚きましたね(笑)。

梶原:ベンチャー企業ではよくあることですが、弊社ではムーンショットという大きな目標を掲げ、失敗を恐れずチャレンジすることを賞賛する文化があります。ケネディが月に人を送り込むと宣言しそれを達成したように、実現できたら凄いインパクトだが、過去からの延長線上では到底達成できない非連続な高い目標のことです。島さん個人が情熱を持って取り組めるものとして、移籍期間満了までのムーンショットを問うたときに、「ドコモとチカクの協業を実現したい」というのが彼女の希望でした。

そんな中、松野さんと具体的な協業の議論を始める重要なミーティングに向けて、島さんと一緒に詳細な検討と準備を進めました。当日は彼女にプレゼンをしてもらったのですが、なんと冒頭で一枚の写真をどーん!と出して、開口一番「私はこれを実現したいです!」って切り出したんですよね。

それは、直近のドコモ製品発表会で松野さんがプレゼンしている実際の写真に、ドコモさんと弊社のロゴをはめ込んで、松野さんが両社の協業を製品発表会で本当にプレゼンしているかのような架空の画像だったんです(笑)。

松野:島さんが実現したいことが1枚の画像で明確に表現されていて、二つ返事で「いいね!これをやろう!」って言ってましたね(笑)。

梶原:松野さんと島さんと弊社のベクトルが見事に揃った瞬間でしたね。

【島さんがプレゼン時に使用した実際のスライド。合成して作った架空の写真】

松野:島さんにはドコモの要望を理解してもらい、それらをある意味、両社の共通言語に翻訳して、チカクさんの中で展開する立場として関わってもらいました。島さんはもともと開発部門にいたので、ドコモの開発プロセスを理解したうえで動いてくれたので、とてもスムーズでしたね。

プロダクトの仕様が決まり、ドコモの中でサービスインした後の展開を検討する段階になって、島さんのレンタル移籍が終わったんです。戻ってきてからも中心メンバーとして、うまく橋渡ししてもらえていると感じています。

梶原:レンタル移籍期間とドコモさんに戻るタイミングが、協業の進捗とうまくマッチしましたよね。たまたまですが、プロダクトが固まるまでは弊社にレンタル移籍で活動し、プロダクトを推進していくフェーズになってドコモさんに戻って、プロジェクトメンバーとしてその推進にあたる形になりました。

大企業とベンチャー企業という全く異なる形態の2社ですが、協業を円滑に進めていくにあたって、島さんの存在はとても大きいと思います。過去受け入れてきたレンタル移籍者の方にもよくお伝えすることなのですが、ベンチャー企業にレンタル移籍することは、全く文化が違う国への海外留学みたいなものだと思って欲しいと。言語が違う、文化や宗教も全く違う、という未知の土地に来て、今まで当たり前だと思っていた自国の慣習や成功体験にしがみつかず、フラットな目でその土地のあらゆるものを貪欲に吸収しながら、現地の人に受け入れられ、彼ら彼女らと力を合わせてサバイブしていく1年間になる。

実際に外国に留学して、しっかり現地に溶け込んで言語だけでなく文化や宗教観を深く理解した人って、その国でも“仲間”として迎えられますし、一方で日本に戻れば日本人としてちゃんと受け入れられますよね。それと同じで、弊社からすると島さんは、カタコトで我々の言葉を話す外国人ではなく、同じ国の仲間という感覚なんです。そしてもちろん、ドコモさんに戻ればドコモ生え抜きの社員でもある。

島さんが両社の文化と組織を深く理解している“バイカルチャー人材”だからこそ、両社をしっかりと結びつけて、同じゴールに向けてプロジェクトを推進してくれました。

彼女がいたからこそ実現した協業だと思っています。大企業とベンチャー企業の協業って文化も価値観も違う会社が手を組むことが多くて、足並みが揃わなかったり、お互いの動きがよく見えないことで不信感が募ったりと、コミュニケーションがうまく取れないことがよくありますが、今回はそういったことがほとんどなかったですね。

松野:単に移籍したわけではなく、「チカクさんの中でドコモのアセットを使いながら、これを実現したい」という島さんの想い、パッションみたいなものが強かったのも大きかったですよね。

梶原:やっぱりあの合成写真に込められた彼女自身の想いの強さ、ですよね(笑)。

――大企業とベンチャー企業のオープンイノベーションにおいて、両社の文化を理解し橋渡しとなる”バイカルチャー人材”の存在は大きそうですね。

梶原:当社はこれまでに10人以上のレンタル移籍者を受け入れてきましたが、皆さんに「元の会社に戻ったら辞めないで、昇進してね」と伝えています(笑)。移籍で身につけた力で、社内で実績を積み、権限を持ったタイミングでまた一緒に仕事をできたらいいですよね。

島さんとは移籍中から一緒に協業をまとめることができたし、ドコモさんに戻ってからも協業を推進する立場でいることは期待していた部分なので、私もすごくうれしかったです。

松野:島さんはチカクさんにいる間、お客様と近い距離感で接してきたと思うんですよね。その経験がチームメンバーにもいい影響を与えていると思います。我々も「顧客起点」を掲げてはいるのですが、より近くでお客様を見てきた島さんの言葉には説得力があるし、ユーザーさんの声をプロダクトに反映させたいという想いも強いんですよね。その経験はチカクさんだからこそ得られたものだと思います。

想いの強いメンバーと、会社の垣根を超えた“ワンチーム”で進めたプロジェクト


――島さんの存在により、とてもスムーズに進んだように感じましたが、苦労された部分はありましたか。

松野:社内のコミュニケーションですね(苦笑)。ドコモは大企業と連携することは多いのですが、ベンチャー企業との連携は少ないので、今回は社内でも異例なプロジェクトでした。

「ちかく」はまだスタートラインに立ったばかりなので、社内から「どのくらい成長させられるんだろう」という期待と不安が入り混じった声が聞こえてきています。

開発を進める中でも、社内の説得に時間がかかりました。社内の不安や懸念に耳を傾け、それらを払しょくできるような材料を持って説得する、の繰り返しでしたね。

梶原:ドコモさんの「ちかく」プロジェクトチームのメンバーの皆さんは、熱意を持って取り組んでくれていますよね。

松野:協業を進めるにあたって、プロダクト戦略部内でチームに参加してくれるメンバーを募ったんです。ドコモでは「手挙げ制」って珍しいのですが、私がやりたかったことの1つでした。どんなプロジェクトでも苦労する場面はあるので、人に言われてやらされるよりも自ら手を挙げてやった方が気持ちの入り方が違うだろうなって。

メンバーの入れ替えはあるんですが、みんな希望してチームに入ってくれているので、最初から同じ視点で同じ気持ちを持って取り組めているんだと思います。

――立候補だと想いが乗りますよね。今回の協業はサービス開発だけでなく、マーケティングや販売促進も協働していると伺いました。

松野:一緒につくり上げたものを一緒に盛り上げていきたいという気持ちもありますし、同じ志を持って生み出したプロダクトなので、誰に届けたいかという部分も一緒に考えるのは当たり前の姿なのかなと感じています。

梶原:この分野は弊社に知見があるから主導で動いて、この分野はドコモさんの方が経験豊富だからドライブしてもらう、といった役割分担がスムーズでしたよね。プロダクトを多くの人に届けるというゴールは同じなので、状況に応じて担当者ややり方を決めて最適化する方法は自然なのかなと思います。

ただ、それができたのは島さんの存在が大きいし、松野さんが手挙げ制で社内のチームをつくってくださって、我々も含めて1つのプロジェクトチームになれたからでしょうね。

松野:振り返ると、途中から一致団結したわけではなくて、島さんがあの合成写真を見せてくれた企画段階からワンチームになっていた感覚がありますよね。スタートから想いを共有できていたから、ブレずに協力し合えたんだと思います。

「大切な人」同士を近くできるプロダクトに


――いよいよサービスがスタートした「ちかく」ですが、今後の展望を教えていただけますか。

松野:「ちかく」が、離れて暮らす家族を見守りつつ、コミュニケーションができるサービスですが、それで家族の“不”がすべて解消されるわけではないと思っています。アップデートしながら提供できる機能を増やせると考えているので、今後もチカクさんと一緒に取り組んでいきたいです。

たとえば、「ちかく」を通じて、親が住む家の温度がわかったら安心ですよね。夏場に温度が高いようだったら遠隔でエアコンを起動させられるようにするなど、機能を増やしていき、さらに喜ばれるサービスにしていきたいと思っています。

梶原:「ちかく」という名前には、距離も時間も超えて大切な人同士を近く・知覚できる世界になったら、高齢者の方もご家族も安心して過ごせるようになるという願いが込められています。このプロダクトを通して、そんな世界を実現していきたいです。

冒頭に松野さんがお話してくださったように我々のミッションは“距離も時間も超えて大切な人を近く・知覚できる世界を創る”で、ドコモさんの考えと共鳴する部分だと感じているので、これからも一緒に想い描く世界を目指していきたいです。

松野:目指しましょう!「ちかく」は高齢者向けプロダクトとして打ち出していますが、発表してから、すでに「子どもが日中1人で留守番しているから、家で使えませんか?」という声もいただいています。ユーザーさんの要望を拾いながら、“大切な人”の範囲を広げていけそうですよね。

我々の想いに共感してくださる企業からも問い合わせをいただいているので、さらに仲間を増やして、もっと大きなプロジェクトにできる予感もしています。「ちかく」がきっかけで共感が共感を生み、理想の社会の実現に近づいていく、そんな未来を目指したいです。

今後ますます1人暮らしの高齢者世帯が急増していくと予測される日本において、重要な役割が期待される「ちかく」。その開発の裏には、ご自身の原体験を持つ松野さんや「大切な人と近くに」と願う梶原さんをはじめとした多くの人の想い、そして2社を結びつけた“バイカルチャー人材”である島さんの熱意がありました。

大企業とベンチャー企業は、文化や価値観が違うため、大企業同士の協業とはまた違う難しさがあります。しかし、うまくまとまればお互いの強みを補完しあえる最強の組み合わせになり得えます。大企業のブランド力・資金力・販売力と、ベンチャー企業のスピード感や顧客との距離の近さ、仮説検証の高速回転による創発力。互いの社内言語や文化の壁を超え、2社を結び一つのゴールに推進していく”バイカルチャー人材”の活躍こそが、日本の様々なビジネスチャンスや課題解決の実現に繋がっていくことでしょう。

明確なビジョンと得意分野を活かし合った協業によって生み出された「ちかく」の今後の広がりが楽しみです。

Fin

⇨ 関連記事:島杏菜さん単独インタビュー「最高の応援団長でありたい」

協力:株式会社NTTドコモ / 株式会社チカク
インタビュアー:有竹亮介(verb)
撮影:宮本七生(島杏菜さん) / 村上静香(松野さん・梶原さん対談)
提供:株式会社ローンディール
https://loandeal.jp/

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