見出し画像

「やり方はたったひとつじゃない」東芝テック・松本悠紀さんが得たもの

電機メーカーの東芝テック株式会社で、POSレジの開発を進めている松本悠紀(まつもと・ゆうき)さん。2007年の入社以来、さまざまな形でPOSレジに携わってきた松本さんですが、その中でひとつの壁にぶつかります。

既存のシステムの不具合を解消するため、次世代のシステムを立ち上げる部署に異動した時のこと。何もない状態から新たなものを生み出す力が、自分には足りていないのではないか、と感じたのです。

同じ頃、「レンタル移籍」(※ 東芝テックでは「社内留職」制度として導入))の話を耳にします。もし、ベンチャー企業に行くことができれば、今の自分に足りないスキルを習得できるかもしれない、と松本さんは考え、自ら東芝テックの外に出ることを希望したのです。

レンタル移籍先は、薬局の業務支援サービスを開発している株式会社ファーマクラウド。2021年4月から9月までの半年間、システム開発のスキルを学びに行きますが、実際に得られたものは技術だけでなく、ひとりのビジネスパーソンとしての在り方に通じるものだったそう。新天地での気づきについて、伺いましょう。

「何もない状態から何かを生み出していく」という課題


――そもそも松本さんが東芝テックを志した理由は、何だったのでしょう?

学生時代のアルバイト先でPOSレジを使ったことがあって、僕も身近にある機器のソフトウェアの開発がしたいと考えたんです。就職先を探す中で、東芝テックでPOSレジの開発をしていることを知ったので、ここなら僕のしたいことができるかなと。

大学でも情報通信系の学部を専攻していて、ソフトウェアの開発や研究をしていたので、将来は学んだことを活かせる道に進みたい、という思いもありました。

――そして、POSレジの開発を担当する部署に配属されたのですね。

はい。ただ、最初に配属されたチームは、POSレジのデバイスの制御を担当するところでした。POSレジそのもののシステムではなく、目に見えない細かな部分の開発だったので、思っていたものとは違いましたね。

――大切な部分ではあると思いますが、裏方のような業務だったのですね。そこからチームは変わっていったのですか?

そうですね。制御チームの後は、アプリケーションのフレームワークを開発するチームに異動して、その次に、飲食店向けのアプリケーションの開発チームに移りました。そこでPOSレジの使い勝手に直接影響するような部分の開発に携わることができました。入社10年目くらいでしたね。

飲食店向けのアプリ開発の後は、新設されたチームに配属されて。既存のPOSシステムが古くなり、不具合が頻発しているという課題があったため、次世代のPOSシステムを開発するべく立ち上げられたチームでした。

――新設されたチームは、ゼロから新しいものを生み出すようなイメージですね。

それまでの経験で、既に形成されているものを改善したり設計図のあるものを正確に作ったりすることは得意だと感じていました。でも、新規開発のチームでは、何もない状態から生み出していくことに苦手意識があることがわかり、会社にあまり貢献できていないという気持ちが湧いてきたんです。

自ら手を挙げて何かをするという姿勢も、自分には足りていないと感じましたし、もっと積極的に社風を変えていくような姿勢が必要かもしれないと思って。

そのタイミングでレンタル移籍のことを知って。ベンチャーで働くことで、自分にとっての課題を解決できるような問題解決力や積極的な行動力などを身につけられるのではないかと考えました。

見つめ直した「外に行く理由」

――半年間ベンチャー企業に赴くことに、不安感はなかったですか?

外に出る不安感は、あまりなかったです。ただ、行き先の候補だったある企業で面接を受けた時に、

「松本さんは何をしたいのか、わからないね」

と言われてしまって(笑)。
その時の僕は、新規開発のための技術を学ぶことに重きを置いていたんですが、その企業の方に「技術を学ぶならどこでもいいよね。成長のビジョンを明確にしないと、松本さんにとっても企業にとっても利益は生まれませんよ」と言われて、ハッとしました。

準備不足だったことを痛感したんです。その言葉で、ベンチャーへ行く理由を改めて考え直しました。技術だけでなく、考え方や成果に対する熱意なども学んでいきたいと、前向きに深掘りできるようになりました。

――ベンチャーでやりたいことや学びたいことを、整理し直したのですね。

その時は、ベンチャーに行くこと自体を目的としてしまっている自分がいたんですよね。そうではなくて、今回の経験を通じて何を得たいのか、自分自身と向き合いました。

――その中で、行き先をどのように選んでいったのでしょう?

改めて、これまで経験したことのない新しい技術や、ユーザーの要望なども取り入れながらスピーディーにモノづくりを行う手法を身につけたいと思いました。僕はクラウドの知識が少なかったので、ソフトウェア開発を行っている企業で、特にクラウド系の技術を使ってシステムを構築しているところがいいかなと。

――レンタル移籍先のファーマクラウドは、ぴったりですね。

そうだったんです。面接の際に代表の方やエンジニアの方と話をした時に、より深く技術について知ることができて、僕が専門性を強化したい分野だと感じました。

ファーマクラウドでは、薬局向けの医薬品在庫共有サービス「メドシェア」やAIを活用した医薬品発注システム「メドオーダー」などを開発しているのですが、東芝テックとはまったく違う薬局という業界をターゲットとしているところにも興味が湧きました。これまでと異なる環境で新しい経験を積みたい、という思いもあったんです。

――事業内容をしっかり把握して、検討されたのですね。

そうですね。サービスに対する薬局のユーザーの声を聞いて、自分なりに解釈して、サービスを改良していくようなもの作りができそうな部分も、ファーマクラウドに決めた理由の1つでした。

ファーマクラウドのHPより


「テレワークでのコミュニケーション」という壁


――スタートしてからは、スムーズに社内に入っていけましたか?

移籍初日にパソコンを受け取ってから、翌日にはテレワークになりました(笑)。だから、コミュニケーションが取れなくて。皆さんは「質問があればどんどん聞いてね」と言ってくれたんですが、僕が遠慮してしまったというか、まだほとんど顔を合わせていない方にリモートの状態で声をかけられなかったんです。

当時は社員数も10人以下と少なかったこともあって、業務時間中は全員がZoomに接続し、カメラをオンにして、顔が見える状態でした。それでも、皆さんが何をしているかがなかなか把握できなくて、躊躇してしまったんです。

――コミュニケーションが取れないと、打ち解けるのも時間がかかってしまいますよね。その状態で、最初に任された業務は何だったのですか?

社内向けのサービス管理画面のUIの改善でした。コミュニケーションをうまく取れなかったり、知らない技術を1から調べたりして、時間がかかってしまい、スケジュール通りには進まなかったです。

作業が遅れると、さらにコミュニケーションが取りにくくなって、1人で作業に没頭するという悪循環に陥っていきました(苦笑)。

――どのように抜け出したのでしょう?

メンター・林さんとの1on1の時に、

「学びに来たのは技術だけじゃないよね。ファーマクラウドさんにどう貢献するかを考えて、作業を進めてください」

と、言われたんです。

その言葉で、僕は自分のやり方にこだわりすぎて、周りが見えていなかったことに気づかされました。

勉強しに来たのではなく、移籍先にもしっかり貢献するという大前提があることを失念していたんです。自分だけで解決するのではなく、周りも巻き込んで本音で話しながら、事業を前進させなきゃいけないよなと。

――その後は、業務の取り組み方も変わっていきましたか?

まずは、上司に「皆さんとコミュニケーションを取る方法が構築できていなくて、困っています」と、正直に話しました。上司も社員の皆さんも「積極的に来てくれていいよ」と言ってくださって、何気ない会話も増やしてくれていた気がします。

僕も「今は忙しそうかな」と遠慮せずに、積極的に作業に関する質問や報告をできるようになって、職場の人間関係を良好に築いていけたかなと思います。

――UI改善の業務も、順調に進んでいきました?

上司が「期限を延ばしてもいいから、納得いくところまでやってみて」と、言ってくれたんです。自分で解決した方がいいと、考えてくれたのだと思います。スケジュールに余裕ができたので、社内での情報共有を密にしながら取り組めました。

サービスの管理画面を利用するユーザーサポート担当の方々にもヒアリングを行い、どのような構成だと使いやすいかという意見をもらいながら、自分なりに考えて改善できたと感じています。ありがたいことに、しっかり時間をかけて担当させてもらいました。

製品開発を通じて体感
「方法はたったひとつじゃない」ということ


――UIの改善が終わって、それ以降は何をしたんですか?

サポート業務を担当しました。社長と話した時に、「松本さんが何をやりたいか、考えようか」という提案をしていただいたので「メドシェア」の仕様を十分に理解したいことを伝えたんです。それなら、サービスそのものを理解しながら、ユーザーがどのようなものを望んでいるのか知ることができる「サポート業務」がよいのではないかと。

いわゆるお客様窓口のような業務で、問い合わせがあったら、問題点について調べて回答するという業務です。ユーザーの生の声を聞くことができるポジションでした。

――ユーザーの声を聞いたことで、気づきはありましたか?

たくさんありました。開発だけをしていると、どうしても開発寄りの視点になるというか、説明書に書かれている通りに使ってもらうことが当然だ、という考え方になってしまうんですよね。

でも、実際にユーザーの声を聞くと、エンジニアでは思いつかないような困り事があることを知り、ユーザーの側に立った製品のあり方を考えるきっかけになりました。こういう仕様や説明書の書き方にするとお客さんは喜んでくれるかな、というところまで考えられると、もっといい製品が生み出せることに気づきましたね。

――開発を行う上で、大切な気づきですね。

その気づきを活かして、以降は薬局向けの医薬品在庫共有サービス「メドシェア」に付与するアプリの開発を担当させてもらいました。

まずはユーザーからの問い合わせを一覧化して、どのような要望が多いか、可視化してみたんです。特に多かったものが、「棚卸の作業を改善してほしい」というものでした。その時点では、ユーザーが手作業で在庫数を数え、ファーマクラウドのサポート担当が入力するシステムだったんです。

ユーザーもサポート担当も工数が多いことがわかったので、「棚卸を改善したら、より使い勝手のいいサービスになるのではないか」と、僕から社長に提案しました。

――リアクションはいかがでした?

それ以前に、社長含めて社員の皆さんが困っていることもヒアリングしていて、「棚卸を改善したいんだよね」という意見も出ていたんです。だから、提案した時は「もっとラクになる方法があるなら取り入れたいから、ぜひやってほしい」と、言ってもらいました。

――アプリ開発は、どのように進めていったのでしょう?

当初は、カメラを用いてバーコードを読み込み、入力の手間を省こうと考えていました。しかし、医薬品についているバーコードは小さいため、カメラで読み込むのが難しかったんです。

そこで行き詰まってしまったんですが、上司のエンジニアの方から「カメラにこだわらず、名前だけ入力したりバーコードリーダーを使ったりする方法もあるよね」とヒントをいただいたんです。僕は「カメラしかない」と思い込んでいたのですが、決めつけるのではなく、製品開発にはさまざまな角度の視点を持つことが重要だと、教えてもらいましたね。

――そこからは1つの方法にこだわらず、いろいろな方法を試していったのですか?

はい。プロトタイプを開発して、社長や上司、ユーザーとやり取りをしているサポート担当の皆さんに試してもらい、そこで出た意見をもとに改良を重ねていきました。

その経験の中で、レビューの大切さも知りましたね。僕は移籍が終了するまでの残り3カ月でいかにリリースするかということばかり考えていたのですが、レビューを重ねたことで、早さだけに執着せずにお客さんにいかに喜んでもらうか、という視点を持つことができたんです。

――結果的に3カ月で、アプリは形になりました?

プロトタイプを完成させるところまで目標を下げて進めたんですが、レビューのたびに大きく改良すべき点が出てきたこともあり、目標通りにはいかなかったです。でも、周囲を巻き込んで、いいものを作り上げるために動いていけたという達成感はありました。

「メドシェア」を導入している薬局でも試してもらう機会を設けて、意見を出してもらった後に、ファーマクラウドのエンジニアに無事に引き継ぐことができました。

ファーマクラウドのHPより


自ら行動を起こすことで、アイディアも生まれる


――移籍後半は、自ら起案して、周囲を巻き込みながら開発するという経験をしたようですが、周りからの反応はいかがでしたか?

周りからは「松本さんは頑固だね」と、言われました(笑)。意見をもらいつつも、「ここはこういう意味があって、この仕様にしています」と、自分なりのこだわりも伝えていたので、そう評価されたのだと思います。

ただ、実際にユーザーとなる薬局の方に試していただいた時に、僕のこだわりよりも上司の意見の方がユーザーに寄り添っていたことに気づかされる場面もあったんです。開発したものにこだわりすぎるところが、かえって開発の邪魔をしているのかもしれない、って体感を伴って知ることができました。

お客さん視点に立って考えることの重要性を知れた、とても貴重な半年間でした。

――改めて半年間を振り返って、特に学びになったことは?

自ら行動を起こすことがいかに重要か、ということでしょうか。

これまでは、「誰かがやってくれるから」「自分の部署とは関係ない業務だから、やらなくていいか」という気持ちがあったように思います。細かく部署が分かれている大企業にいると、当たり前の感覚ともいえるかもしれません。

しかし、ファーマクラウドで1つのプロジェクトを任されて、「自由にやってほしい」と言われた時に、その感覚ではダメだと思わされました。限られた期間の中で目標を達成するには、自分で考えて行動しないと進まないんですよね。

そして、自分で手を動かすことで、製品やサービスの中身を理解しやすくなり、新たなアイディアも生まれやすくなることを知りました。いままでは託された業務しかしていなかったから、新規開発へのアプローチの仕方がわからなかったんだなと。

――技術そのものというよりも、ビジネスパーソンとしての在り方や考え方につながる部分といえそうですね。

そうですね。自分自身でサービスを理解し、ファーマクラウドの考え方やユーザーの思いも踏まえながら開発を進めていけたことが、とてもいい経験になったなと思います。

自分自身の発信力を磨いて、経験を伝えたい

――2021年10月に戻ってからは、もともといた新規開発の部署に戻られたのですか?

はい、再び新しいPOSシステムの開発に取り組んでいます。戻ってきてから、気づいたことがあるんです。チームのメンバーも、任された業務を遂行することには長けているものの、新しく生み出すために自ら動き出すことは苦手な人も多いのかなって。

――半年前の松本さん自身を見ているような感覚でしょうか?

そうです。メンバー一人ひとりがもっと柔軟な発想で、自ら動いていけるようになると、部署も会社も変化していけるんじゃないかなって。

僕はファーマクラウドで、自分で手を動かして、情報を得て、開発を進めるということを経験してきたので、メンバーにも同じように経験してもらえたらと思っています。まずは2~3人と小さな範囲ではありますが、メンバーが実際に手を動かす機会を増やしたり、業務の目的を理解しているか確認してから作業を進めてもらったりということを実践しています。

――メンバーへの働きかけは、大きな推進力になりそうですよね。松本さん自身が、今後していきたいことはありますか?

新しいPOSシステムの開発に関しては、まだ理解しきれていないところもありますし、僕自身の発信力も弱いと思っています。まずはしっかりと実情を把握して、問題提起やアイディアの提案を重ねて、表現力も磨いて、伝える力をレベルアップしていきたいです。

理解しているような”つもり”で進めようとすると、どこかで「何のために?」って停滞してしまうタイミングが来ると思うので、業務や製品に関することをしっかり理解して、自分の中で腑に落ちた状態で、前に進めていこうと考えています。


新規開発のためのスキルを身につけるために決意したレンタル移籍でしたが、松本さんが学んだものは、「自ら動くこと」「さまざまな意見を理解し、取り込むこと」の重要性でした。どのような業務を担当するとしても、大切な心構えといえるでしょう。また、大企業で働くからこそ、忘れてはいけない視点ともいえます。やや引っ込み思案だったところから、積極性を伴って前進し始めた松本さんは、部署や会社に大きな影響をもたらすことでしょう。

Fin

【ローンディール イベントのご案内】

3/18開催! 大企業人材の思考プロセスと、自ら事業を立ち上げた起業家の思考プロセスにはどのような点で違いがあるのでしょうか? そして、起業家の発想力に、大企業人材は太刀打ちできないものなのでしょうか?


【ニュースレターのご登録はこちら】

ローンディールでは、働き方や企業・組織のあり方を考えるきっかけとなる情報を、皆さまにご提供してまいりたいと考えています。そこで、ご関心のある方には、レンタル移籍者のストーリーや最新のイベント情報などをニュースレター(月1回程度)としてお送りします。


協力:東芝テック株式会社 / 株式会社ファーマクラウド
インタビュアー:有竹亮介(verb)
提供:株式会社ローンディール
https://www.loandeal.jp/

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?