
仕事で”自分らしさ”を活かすとは?村田製作所の3人が「レンタル移籍」で見つけた意外な強み
株式会社村田製作所(以降、ムラタ)は、未来を切り拓く人材育成の一環として、2020年以来、「ベンチャー留学 ※」プログラムを実施してきました。社員がベンチャーの現場で新たな価値観やスキルを身につけ、大企業の枠を超えた発想力や行動力を磨くことを目的としたこの取り組みは、いまや同社の人材育成に欠かせない柱となっています。
そこで今回、ベンチャー留学を終えたばかりの中村武仁さん、安原徹さん、山根巧巳さんの3人にインタビューを実施。異なる文化やスピード感を体感し、どのような変化が起こったのか、そして本業にどんな影響を与えたのかを語っていただきました。
※ ローンディールが提供する「レンタル移籍」を通じて、半年間ベンチャー等で働く取り組みを、村田製作所では「ベンチャー留学」と呼びます。
(本記事は2024年12月にインタビューしたものです)
“戻って来られる”から、安心して外に出ることができた
--まずは、なぜベンチャー留学に参加しようと思ったのか、それぞれ教えていただけますか。
中村:私は2016年に中途でムラタに入社して以来、コンデンサ(電子部品)の販売企画に携わってきました。前職での経験も活かしながら重要な業務を行っている一方で、確立された業務プロセスがあることも多く、もっと自由に発想できるようなゼロイチに近い環境を経験してみたいと思って、手を挙げました。

中村武仁さん
2016年、村田製作所に中途入社。コンデンサの販売企画部門に所属し、顧客との価格交渉や納期調整、需要予測の情報収集など、社内外をつなぐ役割を担う。ベンチャー留学を経て福井村田製作所に勤務。ベンチャー留学では、脳波活用サービスを手がけるスタートアップに参画。
山根:これまで新規事業開発に携わっていたんですが、道半ばで解散することになってしまって。「これから何をしていこうか」と考えていた時に、ちょうどタイミングよく、ベンチャー留学の募集を見つけて「いい機会だし行ってみようかな」というのがきっかけですね。新卒からムラタで働いているので「社外も見てみたい」という気持ちもありました。

山根巧巳さん
2009年、出雲村田製作所に新卒で入社。コンデンサの工程合理化等に携わった後、村田製作所野洲事業所へ出向。燃料電池や固体電池などの新規事業における生産技術開発に従事。現在は全社的な新技術の開発に関わる。ベンチャー留学では、株式会社脳活性総合研究所に参画。
安原:私はベンチャー留学前は法務部門で、主に輸出管理の業務をしていました。業務にも慣れてきて、「今の環境を変えたい」とモヤモヤしていた時に出会いました。
実は、現状を変える手段として他の選択肢も模索していたんです。でもまずは「半年間ベンチャーに行ける」ということなので、(ベンチャー留学を)試してみようと。結果的に、ベンチャーに行ったことで視野が広がり、今いる環境でも自分次第で可能性は広げられるとわかりました。

安原徹さん
2004年、村田製作所に入社。情報システム部門でデータベース管理に携わる。その後、法務部門に異動し、輸出管理に関わる業務に従事。ベンチャー留学を経て、技術管理部門に異動。ベンチャー留学の支援などを行う。ベンチャー留学では、株式会社BoostDraftに参画。
中村:ベンチャー留学は「半年で戻ってこられる」というのがすごくいい仕組みですよね。だからこそ、安心して「一度外に出てみよう」という気持ちになれたと思います。
ーー戻って来られるから安心して挑戦できる。これはベンチャー留学ならではですよね。みなさんがどんな理由で行き先を選んだかも教えてください。
安原:私は、株式会社BoostDraftという法的文書エディタ「BoostDraft」の開発・販売をしているベンチャーを選びました。自分のスキルが活かせそうだというのと、経営陣がとても優秀な方ばかりで学びが得られそうだという期待がありました。
山根:私は、認知機能検査「脳検」の開発と販売を行う株式会社脳活性総合研究所を選びました。認知症予防という社会的意義のある事業内容に惹かれたのもありますが、全体を見渡しながら仕事ができる場が良かったので、小規模で成長していくフェーズに魅力を感じました。また、社長の「ごきげんに働く」という言葉にも心を動かされて。面談で実際にごきげんに仕事をされている姿を見て、社長の人柄や社風に共感したことが決め手になりました。

中村:私は、脳波活用サービスを手がけるスタートアップに行きました。ずっとメーカーで働いているので、ものづくりをしているベンチャーが良いというのと、ユーザーや製造現場に近い場所で働きたいという思いがありました。ハードウェアとソフトウェアの両方を手がけていて、さらに先端技術を活用し、新規性の高いことに取り組んでいる点で理想的な環境だと感じました。
ベンチャーに行って磨かれた、自分の”らしさ”と強み
ーーさまざまな期待を持ってベンチャーに行かれたわけですが、実際はどうでしたか。
山根:かなり幅広い業務を経験しました。脳年齢測定器のレンタルや販売の仕組みづくり、広報活動、営業、在庫管理、商品の発送まで、一通りやりましたね。
ムラタでは、こんなにマルチに動くことも直接お客さんと話す機会もありませんでしたが、社長の太田さんの指導があったので、なんとかできたと思います。最初の1ヶ月はシャドウイングといって、社長に同行して仕事の仕方や視点を学びながら見よう見まねでやってみるというか。そうした中で、結果、販売にもつながったので嬉しかったです。

ーーそれは良かったですね。
山根:でも、やってみて、営業に向いてないことがわかりました(苦笑)。面白く話せないんですよ(笑)。ロジカルに話していくだけじゃダメで、場を和ませるとか、相手から色々聞き出したりする話術が必要で。
一方で、苦手だとわかったことで、無理にできるようにするのではなく、「得意な人にやってもらおう」という考えになりました。社長からも「管理とかシステム系の業務の方が向いている」と言っていただいて。ちょうど社内にそういた業務ができる人がいなかったので、うまく役割がハマってそこに注力するようになりました。
ーー活かせる強みが見つかったのですね。たとえばどんなことを行ったのですか。
山根:デバイスの不具合があって、社長さえもお手上げ状態だったんです。でも「ちゃんと原因や現象を整理してみよう」と提案して、開発会社との調整を行いました。そこは自分の力を発揮できたかなと思います。
社長の周りには次元が違うすごい人がたくさんいて、自分と比較してしまうこともあったんですが、張り合う必要はないんだって。自分の貢献領域を見つけられて、得意なことをやればいいんだってわかってからは、やりやすくなりましたね。

ーー「貢献領域を見つける」は新しい環境では大事なポイントですね。中村さんはどうでしたか。
中村:事業開発のチームに入って営業系の動きをしていました。たとえば展示会でお客さんに説明するとか、そういう経験は今までもあったので、すんなりできたと思います。
でも、「会社の転換点になるようなものをつくりたい」と思って気合いを入れていたんですが、そこは難しかったですね(苦笑)。自分のオリジナリティを活かすというか、自分にしかできないことをやりたかったんですが、「中村さんのバリューって何ですか?」と聞かれてかなり模索し続けたものの、最後までしっくりくるものは出てきませんでした。

ーーなるほど。中村さんにしかできないことを問われたのですね。
中村:そうですね。かなり悩みました。結局、これというバリューは見つからなかったのですが、改めて自分の強みを考えた時に「地道に何かをやること」だとわかったんです。これまでを振り返ると、地道な仕事を嫌がらずに取り組んできました。だから地道に営業活動を頑張ることにしました。
たとえば、開催されている展示会に赴き、逆営業をかけることです。展示会出展者の中から候補をピックアップし、午前中に会場に行って名刺交換をして、午後には案内メールを送るということ繰り返していました。その結果、だんだんできることが広がっていった感じです。最後はトライアルの受注につなげることができました。汎用性の高い強みが自分にはあると改めて実感できて良かったと思いますね。

プライドを捨てたら、自分らしさが発揮できるようになった
ーーおふたりとも、自分の強みに気づき、活かすことができたのですね。安原さんはどうでしょうか。
安原:私が入ったタイミングで、カスタマーサポートの部門の立ち上げようという動きがあり、立ち上げ業務を担当することになりました。私ともうひとりの社員さんと二人三脚だったんですが、どう実現するかは自分たちで考える必要があったので、「何をやろうか」からのスタート。結果的にルーチンで回せるレベルまではいかなかったんですが、基盤は構築できたかなと思います。

ーー業務を進める上で、苦労したことはありますか。
安原:苦労の連続でしたね。はじめは何をしたらいいか全くわからなかったので、本を読み漁ったり、ひたすらgoogle検索でカスタマーサクセスは何をしたらいいのかっていうのを調べて、書かれていることをやってみることにしました。
たとえば、ニュースレターを作って顧客に送ると書いてあったので、作って送ってみたり。リリースノート(仕様の変更点などを記したもの)を作ったり。これまでなかった業務をイチからやりました。
ちなみに、朝令暮改は大歓迎という上司で、仕事の進め方が変わることが多かったので、その場その場で考えて動いていました。
ーーこれまでのやり方と大きく異なると思いますが、すぐに受け入れられましたか。
安原:最初は仕事のスピード感に大変さを感じました。でも、お盆休みの時期にゆっくり考える機会があって。その時に、考えが変わったんです。
これまでは、どこかで、大企業のノウハウを活かして、助けるかたちでベンチャーにジョインするみたいな考えを持ってしまっていました。でもそうじゃなくて、ムラタの経験を忘れて「ベンチャーから徹底的に学ぼう!」っていうマインドセットに変えました。
そうしたら、仕事がうまくいくようになって。最後に残っていた大企業というプライドも捨てました(笑)。「こうでなきゃいけない」とか「こういうのはダメだ」みたいな凝り固まった考えが取っ払えましたね。
ーームラタの看板を外してみたのですね。
安原:はい。これまで、自分のことはあまりオープンにしない方がいいだろうと思い込んでいたんですが、そこも変えてみました。そこから、ニュースレターやウェブで発信する際に自分らしさみたいなのも出るようになったと思います。展示会とかでも声をかけてもらえる機会も増えて、コミュニケーションが取りやすくなったと思います。

ムラタの経験は外でも活きる。
だからこそ生まれた自信と外への興味
ーーみなさん、それぞれ変化があったようですね。改めて、ベンチャーでの気づきや経験を今の業務でどのように活かせそうですか。
山根:いろいろありますが、「営業の仕事は、ものを売るだけじゃなくて、お客さんのニーズを引っ張ってくること」だという考え方を手に入れたのは大きかったですね。お客さんのニーズに合わせた商品を提供しないといけないのに 今まではお客さんを見ていなかったなって感じました。
これまでそこを意識できてないから、ニーズにマッチしていないものをつくって失敗してしまった。なので「顧客に聞く」というのが自分の中で新たなキーワードになりました、
安原:ベンチャーは、業務効率化がすごく進んでいるなと感じました。「WHY」を考えて、 本当にその業務がいるのかどうかを突き詰めていく。業務をやる理由、目的を明確にしていくようなことが徹底的されていました。そうしたスキルは身についたと思います。

山根:確かに、WHYは重視していましたね。 「本当にその業務をやる必要があるのか、よく考えてみて」ってよく言われました。よく考えたらやる必要なかったなと反省することも。ムラタでも不要なことをたくさんやっていたなと思うので、意思決定のプロセス含めて、時間を短縮していけるような動きをしたいなと思いますね。
中村:やっぱり今までの経験が環境が違っても活かせると再認識できたことが大きかったですね。全然違う業務や環境でも持っていけるスキルがある、役に立つスキルがあるのは改めて認識したところです。
それによって、以前より「社外の人と、もっとビジネス的なつながりを持ちたいな」と考えるようになりました。何か自分が役に立てることあるだろうと思えたことで、自信を持って動けるようになったのだと思います。

社内異動じゃなくて、ベンチャーに行くからこそ得られるものがある
ーーみなさんは戻ってきたばかりですが、さっそく具体的な動きも生まれそうですね。改めて、これから取り組んでいきたいことを教えてください。
中村:まずは、「自分のバリューって何だろう」というのをこれからも追求していきたいなと。そうすることで、還元できることも増えるのかなと思います。
また、キャリアアップの考え方が変わりました。これまでは、「次はどんな業務をやるといいのか」とか「どういう職種を経験すると良いのか」みたいな発想しかなかったんですが、たとえば、「自分はチームで働くのが好き」みたいな発想から考えてみると、選択肢や可能性が広がります。自分の特徴や自分らしさから、次を見つけていく方法もあるんだなって。
社内には「次は何をやろうかな」と悩んでいる人も多いと思うので、こうした考えや経験を周りに伝えていきたいですね。

山根:やっていきたいのは「ごきげんなチームづくり」です。言い換えると「チームのみんなが好きで仕事ができている状態」。イヤイヤ業務をやっているような状態ではなくて、たとえば、 朝起きて「仕事に行きたいな」と思えるような、みんながそういうマインドで働けるようなチーム になるといいなと思います。
上司からも「ぜひ作ってくれ」と言われているので、実はすでに動き出しています。そうした中で、自分がベンチャーで「自分の得意なこと」を活かしてちゃんと成果出せたように、「メンバーが得意なところで力を発揮できるようにすること」もやりたいなと。
ー素敵ですね。安原さんはまだ戻って数日ですが、いかがでしょうか。
安原:今回ベンチャー留学から帰任して、ベンチャー留学の事務局に携わることになりました。なので、ベンチャー留学にみなさんがもっと興味を持ってもらうような仕掛けを色々提案できたらいいなと思います。自分でベンチャー留学を経験したからこその課題もわかりました。だから、そうした自分が感じた課題解決から取り組んでいきたいです。

ーー最後に。今後ベンチャー留学を考えている人にメッセージをお願いします!
安原:悩んでいるのだとしたら時間の無駄です(笑)、やった方がいいですよ、絶対。やってみないと、いいのか悪いのかわからないので、とにかく行動してみことをおすすめしたいですね。
山根:期限も決まっていますし、失うものもありません。ノーリスクでベンチャーに行って戻って来られるのは「外を見る」チャンスだと思います。
あと、社内異動じゃなくてベンチャーがいい理由としては、「社外でも通用する」というのが得られることに加えて、ベンチャーには尖った優秀な人材が多いので、そうした方々に触れて学ぶ機会はすごく貴重。外とのつながりが増える点もいいですね。
中村:私も同じで、迷っていたら行った方がいいと思います。同じ環境に居続けると不満ばっかり見えてしまうと思うんですよね。外の環境に出ていって元の環境の良さを発見できることもあるので、 改めてムラタで働くモチベーションが生まれますし、視点が全然変わりますよ。
不安を解消するひとつの方法は、やっぱり「よく知ること」。そのために、1期生から5期生がいるわけです。迷っていたらぜひ声かけてもらったらいいかなと思いますね。

Fin
協力:株式会社村田製作所 / 株式会社BoostDraft / 株式会社脳活性総合研究所
インタビュー・文:小林こず恵
撮影:清水 泰人(インタビュー・集合写真) / 宮本 七生(ベンチャーでの活動風景)
提供:株式会社ローンディール
https://loandeal.jp/