【「未知」はこわくない。 老舗百貨店から飛び出し、「AIアイドル」と過ごした180日】三越伊勢丹 鳥谷悠見さん -前編-
もとをたどれば1673年・江戸の時代から始まった三越、そして1886年・明治の時代に生まれた伊勢丹。ともに呉服店をルーツとする老舗百貨店は2008年に経営統合し、時代を超えて受け継がれ、今もなお、私たちを魅了し続けています。中でも、常に時代を先取り、最先端のカルチャーを発信し続ける伊勢丹新宿店は、多くの人から愛され続けている。
そんな伊勢丹新宿店で働く鳥谷悠見(とりたに・ゆうみ)さんは、同店地下2階、オーガニックショップ「ビューティアポセカリー」で約6年半、アシスタントバイヤーを務めてきました。ブランドマーケティングから商品の仕入れ、販売促進などを担当し、強くやりがいを感じながら、天職だと信じて働いてきました。
“ブランドの新たな物語づくり”に従事してきた鳥谷さんですが、移り変わる時代の中で、「自分にもっとできることはないか?」と模索し始めます。そこで、自らにできることを増やすため、ベンチャーへ行くことに。歴史もブランドもある中で経験を積んできた鳥谷さんは、ゼロイチのベンチャーで、どんな物語づくりに挑戦したのか? 半年間の軌跡を伺っていきます。
ビジネスを創造できる人材に
—鳥谷さんは入社されてからずっと、伊勢丹新宿店のオーガニックショップでお仕事をされてきたそうですが。多くの女性が注目するショップでのお仕事は、やりがいも大きそうですね。
そうですね。オーガニックを取り揃えている「ビューティアポセカリー」でアシスタントバイヤーとして6年半働いてきました。ブランドや生産者の方、そしてお客様が、私たちがつくりあげたもので喜んでくださる。やりがいも大きかったです。
一方、みなさんの声を聞ける立場でもあるので、もっとできることはないかって。新規事業を検討する中で、持続可能なエコシステムや、サーキュラーエコノミーの仕組みづくりなど、サステナブルな取り組みに興味が湧いていました。
ーやりがいもあってその先に挑戦したいこともある、いい環境ですね。ちなみに「天職だと思って働いていた」とおっしゃっていましたが、ブランディングや販促などには、入社前から興味を持っていたのですか? それともやっていく中で「これだ!」って思えたのですか?
実は、商品を売るということには、幼少期から日常で。実家が京都の観光地のど真ん中にあるんですね。近所の人も親戚も、みんな小売をしている人たちばかり。そんな中で囲まれて育ったので、3歳くらいから店を手伝うような生活。しかも子どもながらに、機会損失しているお店を見つけると「何とかしたい」って思いに駆られていたみたいで。
覚えているのが、近所の練り物屋さんで、店先を観光客が通るのに、商品が袋に入って見えないため、全然目に留めてもらえない。そこで「串に刺してバラ売りした方がいいよ」って言ってみたり、「1本からどうぞ」みたいなポスターを勝手に描いて、店に貼ってもらうみたいな、そんな子どもでした(笑)。そういう視点が小さい頃から染みついていたんですね。なので「どうやったら商品を魅力的に伝えられるか?」っていう演出にずっと興味を持って。大学でもマーケティングを学んでいました。なので、望んでいた環境ではありましたね。
—すごい! それは相当、身体に染みついていますね。であれば尚更、このまま邁進していけば良い気がします。ベンチャーに行く必要はないように思えますが?
いや。オーガニック業界のマーケティングは、ある程度知見が身についているという自負はあったんです。でも自分のリソースや発想力、提案できる企画に限界を感じていて。それに、三越伊勢丹には歴史もブランド力もある。そのため1ショップの提案でスケールするのはなかなか難しく、このままだとブレークスルーできないなって。なのでベンチャーで経験を積むことで、百貨店という立場だからこそできる新しいビジネスを創造できるような人材になれたらって。それに、ゼロイチで事業設計するベンチャーの方が、どんなマインドセットなのかを知りたいとも思いました。
「ブロックチェーン」と「AI」の世界へ
ーなるほど。では、なぜジーンアイドル社に行かれたのでしょうか? 同社は、ブロックチェーン上に刻まれたデジタル遺伝子からAI技術によって生まれるAIアイドルを生成。「AIアイドルプロデューサー」になれる新体験のクリエイタープラットフォームを展開されていらっしゃる。まったく接点がないどころか、むしろ、環境も事業内容も真逆のように思えますが。
むしろ真逆な環境だからこそ、選んだんです。未経験のところで力試しをしたいとも思っていたので、なるべく百貨店や小売と遠いビジネスが良くて。それに、経営者の近くで事業を見られること、ゼロイチで生みの苦しみを経験できること、メンバーの多様性も重視しました。その中の一つがジーンアイドルでした。
「ブロックチェーン」と「AI」という今までになかったサービスかつ、社長の小幡さんが、ブロックチェーンに対する思い入れが強いのが、決め手でした。というのも、ブロックチェーンの世界って、根底の思想は、オーガニック業界と近いんじゃないかって考えていたんですね。利益を分散させて支え合う、ディセントラライズドの構造が近い気がしていて。掛け合わせたら何かできるんじゃないかっていう期待もありました。
ー真逆の環境でありながら、共通点も見出せそう。それは興味深いですね。実際に移籍を始めて、いかがでしたか?
それが、想像以上に混沌としていました(笑)。衝撃的だったのが、入って2日目に会社の大事な通帳と印鑑渡されて、「えっ」って。でもすぐにわかりました。「あっ、そうか、やる人が私しかいないんだ」って。代表の小幡さん含めて、スタッフ全員がエンジニアなんですね。しかも常勤は小幡さんとメインエンジニアである若干17歳のダニエルくんのみ。そして私。私の一週間遅れで他の移籍者が1名入ってこられたのですが、メンバーは以上。私は当初、足りていなかったマーケティングやコミュニケーションの部分を担当する予定でしたが、結局は、経理・法務・バックオフィスなど、エンジニア業務以外は、全部やることに。
—ほぼ全部ですね。かなりのマルチタスクで大変そうですが…。
今までも複数のブランドを一度に持って、それぞれのブランドで最適なマーケティングを考えたり、同時にショップでの販促活動をしたり、並走することには慣れていました。なのでマルチタスク自体が苦というわけではなく。とはいえ、ここまでやるレイヤーが多岐にわたるケースは初めてだったので、それは大変でしたが(笑)。
—そうだったのですね。とはいえ、鳥谷さんのメイン業務は、マーケティングだったわけですよね。
そうです。最初に、「マーケティングマネージャーとして事業計画を考えて欲しい」と言われて、そのために必要なことを、ひたすらやっていました。私が移籍した当初、To C向けのサービスはすでに設計が進んでローンチも見えていたんですね。なので、To Bの可能性を模索しようと動くことにしました。いくらTo C向けのコンテンツを充実させても、社会的認知がないとスケールが難しいだろうと。そのためにも名前のある企業と協業して、花火を打ち上げるということを早期にした方が良いのではないか、と考えました。
なので業界に目星つけて、知り合いから紹介してもらうなどして、企業と商談を繰り返しました。ジーンアイドル社は協業の実績もなければ、協業する際のパターンが存在するわけでもない。いかようにでも活用できる状態。だからこそ提案先に合わせて企画を考えて、プロトタイプのイメージを作って、どんどん商談をしていきました。
会社のビジョンに共感し、生まれた意義
—こうして活動を続けて3ヶ月目の12月。なんと協業企業を獲得できたとか?
はい。商談を経て、1社決まりました。期間中、4社くらいはNDAを取り交わして具体的な検討まで進めることができたんです。すぐにサービス化できるものではないので、自分がいる間に成果物として出せなかったのは悔しいですが…。
ー未知の領域で、しかもまだ市場が整っていない中で、足がかりをつくれただけでも大きいんじゃないでしょうか。どういう行動が起因して結果につながったと思いますか?
相手にフィットしたアイデアを作れていた、ということはあると思います。しっかりプロトタイプのイメージを作って、プロダクトをかなり明確にしたので。あとは提案に熱意を感じていただけたようで、共感してもらえたことも大きかったのでは、と。
自分では思ったことなかったのですが、「すごい思い入れが強いんですね」とか「熱意があるんですね」って言ってもらえて。特にそこで勝負しようとは思ってなかったんですけど、自分ってそういう人間に見られているんだ…っていうのは新たな気づきでした(笑)。
それから、今までは基盤ができあがった上で人を巻き込んでいく経験しかなかった。でも、今回は、私のこともプロダクトのことも知らない人の中に飛び込んで行って、信頼関係がない中で、いろいろ進めていくことができて。いい経験になりました。
ー確かに。鳥谷さんの話す姿勢には、実直さを感じます。おそらく一生懸命に立ち向かっているからではないでしょうか。半年で商談100件くらいされたんですよね。月平均20件弱。なぜそんなに頑張れたのですか?
なんでしょう…(笑)。ただ、ひとつはジーンアイドル社のビジョンに共感していたところでしょうか。現時点で提供しているサービスは、「AIアイドルのプロデューサーになれます」っていうことなのですが、その先には「すべてのOS・デバイスにアイドル性を持たせる」という未来を掲げているんですね。これからIOTが進んでいく中で、医療や介護などのヒューマンタッチの世界においても、無機質なものが増えていく。それらにアイドル性を持たせるプロジェクトって素敵だなって。それを聞いてから、会社がすごく好きになりましたし、意義あることをしているなって思いました。共感が大きかったですね。
それから…、もともと私は自分に自信が持てなくて。なのでどこに身を置くにしても、役に立たなきゃという感情が強く働く。だから人一倍努力しないとって。自信のなさから全力を尽くすっていう行動につながっている部分も少なからずあると思います。ポジティブに捉えると、自信がないからこそ動けるのかもしれませんね。
【レンタル移籍とは?】
大手企業の社員が、一定期間ベンチャー企業で事業開発などの取り組みを行う、株式会社ローンディールが提供するプログラム。ベンチャー企業の現場で新しい価値を創りだす実践的な経験を通じて、イノベーションを起こせる人材・組織に変革を起こせる次世代リーダーを育成することを目的に行われている。2015年のサービス開始以降、計38社100名のレンタル移籍が行なわれている(※2020年8月実績)。→詳しくはこちら
協力:株式会社三越伊勢丹 /株式会社ジーンアイドル
撮影:MASA
インタビュー:小林こず恵
提供:株式会社ローンディール
https://loandeal.jp/