【「弁当が売れない」から一転!?ワクワクする日々のはじまり】 三越伊勢丹 井上 匠さん –前編-
多くの人で賑わうデパ地下。なかでも選りすぐりのスイーツや豊富な惣菜をそろえる伊勢丹は、流行の発信地としても知られる存在です。井上匠さんはそんな伊勢丹の食を10年以上も支え続けてきましたが、府中店閉店の報を受けて一念発起。自らを磨くべく、「日本のAgriとFood Cultureを世界に、世界を豊かに」をビジョンに掲げるアグリホールディングスへのレンタル移籍を決意しました。
ベンチャー企業という、これまでと大きく異なる世界で井上さんが得られたものとは? 半年にわたる移籍のすべてを伺いました。
店舗閉店に衝撃、不甲斐なさをバネに
─井上さんは大学卒業後の2007年に伊勢丹(現・三越伊勢丹)に入られましたが、入社理由は何だったんですか?
根っこにあったのが、食の仕事に就きたいという想いです。僕は幼少の頃から父一人に育てられたのですが、父は鴨鍋や白子など癖の強い料理をする人でした。いつも食卓は豊かで、寂しい想いをすることなんてなかったんです。高校時代にバイトした魚料理屋では料理する楽しさに目覚め、大学時代のファストフード店でのバイトではお客様に喜んでもらう嬉しさを知りました。食がつなぐ世界に魅了されていったんです。そうして食関連の仕事を探していた折、食品売場できらびやかな世界を展開している伊勢丹に感銘を受け、入社したいと思ったのです。
─希望がかなったんですね。
はい。接客の基本を学ぶ意味もあって入社1年目はハンドバッグ売場に配属されたのですが、2年目から伊勢丹新宿店の食品売場に異動しました。その後は府中店に移り、やがてセールスマネージャーに昇進。今回のベンチャー出向(レンタル移籍)に志願する直前までは浦和店の食品マネージャーに就いていました。
─そうして順調にキャリア形成されていらっしゃった中で、ベンチャー出向を決意されたのはなぜですか?
大きな契機となったのが、伊勢丹府中店の閉店です。府中店は約8年と長く在籍し、思い入れも強い場所でした。ともに働いたメンバーの多くも、別の店舗に異動したり辞めたりと散り散りになり……。僕個人でどうこうできる話ではありませんし、僕自身もそこでは持てうる限りの力を尽くしてきたつもりです。それでも、現場でどれだけがんばっても利益を出せなければ何も守れないという事実を痛感しました。他に何かできたのでないか?という想いが拭えず、ベンチャーへの出向を決めたのです。
食のベンチャーで新たな視点の獲得を目指す
─「このままではいけない」という危機感があったのですね。具体的に、どのような能力が不足しているとお考えでしたか?
マネージャーは組織の人員を管理し、目標や方針に沿ってまとめあげていくのが仕事です。実際にはメンバーとのコミュニケーションを積極的に図り、悩みや課題を聞き出して正しい方向へと導いていくというカウンセリングに近い業務でした。フレームワークなどのロジックや具体的数値に基づいた課題解決策は不慣れで、プロジェクト全体を俯瞰した上での判断や指揮の経験もほとんどありません。ベンチャーに行けば、そうしたスキルを磨けて一回り大きく成長できるのではないかと考えたのです。
─そうして井上さんが出向されたのが、農業と食のグローバルバリューチェーン供給や健康・食・農業に関する事業のコンサルティングなどを行うアグリホールディングスでした。やはり食がカギに?
そうですね。2019年8月上旬から気になるいくつかの企業への受入交渉面談を実施し、1カ月後にはアグリホールディングスへの出向を決めました。
相談に乗ってもらった取締役の竹田さんと意気投合したのも大きかったですね。とても温和で人への配慮をされる方でした。天才肌の前田社長をはじめ多彩な個性が集っている組織を上手にコントロールされていて、マネージャー業として親近感を持ったのです。また、SDGsを基盤とする課題解決や社会貢献を標榜しているところにも共感しました。
─2019年10月よりアグリホールディングスで勤務しはじめるわけですが、どのようなことを?
「BENTO-LABO」という、オフィスワーカーをターゲットに健康をテーマとする弁当販売事業を任されました。健康診断を行った後、管理栄養士監修のメニューの中から足りていない栄養素を組み合わせる、といったものでした。しかし赤字が続いていた事業で、この「BENTO-LABO」の立て直しが僕に課されたミッションでした。
─責任重大ですね。
食の領域に長く勤めていましたし、商品知識や価格設定にも自信があったので、自分ならうまくできると確信があったんです。「半年で形にします」と簡単に引き受けたのですが、ところが、まったく簡単ではありませんでしたね(笑)。
大きな壁にぶち当たる
─どういった苦労が?
まず新宿の契約オフィスに弁当を販売に行くという仕事を引き継いだのですが、それに時間が取られ、ブランドコンセプトや販路の見直しに割く時間の確保が大変でした。それにアルバイトを含めて調理人が3名しかいない中で、どこまでやれるのか? そもそも今の商品自体に魅力を感じてもらえているのか? といった不安があったんです。それで一度、伊勢丹立川店の協力を得て、一週間ほど催事に出店することにしました。
─古巣の力を借りたのですね。
催事業者にアドバイスする立場でしたから、一定の反響は取れると自信があったんですね。でも、まったく売れなくて。他の業者の10%くらいしか売上を出せなかったんです。このままではまずいと、途中から惣菜単品を購入できるスタイルに変更するなど試行錯誤して多少は売上を伸ばしたのですが、結果として大赤字で。改めて現状の厳しさを実感したイベントとなりました。
─敗因はどこにあったのでしょう?
いろいろです。とっつきにくいブランドロゴやパッケージデザイン、わかりにくい購入の仕組み……管理栄養士に作ってもらったメニューは悪くないのですが、単価が高く、健康食ということで中身も地味になりがちで、一般客のニーズに応えられる内容になっていなかったんです。
─大規模な立て直しが必要そうです。
はい。この失敗から、もっと弁当のことを理解しようと商品研究を重ねるようになりました。12月には契約オフィスへの弁当販売も一時休止させてもらい、催事場で知り合ったデリバリー業者などいろいろな方の協力もいただいて事業の見直しを進めました。アグリホールディングスは事業の成否の判断が早く、ダメそうなら弁当事業からの撤退も視野に入っていたのですが、竹田取締役から「井上くんがやりたいようにやっていい」「失敗してもいいから思いっきりやってみなさい」といわれたんですね。はじめの1~2ヶ月は周りの様子を伺いながらの活動だったのですが、この発言を受けてから本当にやりたいように動きはじめると、俄然楽しくなってきて。一緒に動いていたシェフとはたびたび意見のぶつかり合いで喧嘩もしましたけど、毎日がワクワクするようになったんです。
弁当の仕込みを手伝う井上さん
他業者の10分の1の売上という散々な結果を前に、これまでの自信がもろくも崩れ去った井上さん。しかし「自分の好きなようにやっていい」というアドバイスの後は、開き直ったかのようにワクワクする日々を送るようになったといいます。このワクワクは、弁当事業をどこへ導いていくのか? その詳細は後半で。
【レンタル移籍とは?】
大手企業の社員が、一定期間ベンチャー企業で事業開発などの取り組みを行う、株式会社ローンディールが提供するプログラム。ベンチャー企業の現場で新しい価値を創りだす実践的な経験を通じて、イノベーションを起こせる人材・組織に変革を起こせる次世代リーダーを育成することを目的に行われている。2015年のサービス開始以降、計38社97名のレンタル移籍が行なわれている(※2020年7月実績)。→詳しくはこちら
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協力:株式会社三越伊勢丹 / アグリホールディングス株式会社
Interview&Writing:横山博之
提供:株式会社ローンディール
https://loandeal.jp/