「”企業の挑戦”から得た教訓」経済産業省 田口周平さん-後編-
経済産業省から、株式会社VALUにレンタル移籍をした田口周平(たぐち・しゅうへい)さん。7ヶ月間に及ぶ挑戦ストーリーの後編をお届けします。
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新たな道を描くという決断
その後も様々な企画を当ててみたものの、皆で考えた施策は思うような結果にはつながらなかった。そして、会社としてもサービスのピボットを考えるフェーズに入っていく。
「10万人のユーザーがいることや、ファンマーケティングのノウハウなど、既にVALUが持っているコアな価値はある。なので、自分たちの持っているリソースを活かしながらもっと他にできることはないかって。国内外の他のサービスをリサーチしたり、ゼロイチで考えるところからジョインしていました」
会社としてどの方向に舵を切っていくのか?
皆で、新たな道を描いていく。
しかしそれは、思うようには進まなかった。
「実際にデモ版みたいなのを作りながら、ピボット先のサービスやビジネスモデルを考えていました。でも資金面をはじめ色々な制約があることに加え、VALU社という会社の箱を残したまま別のサービスに転換することのメリットが描ききれないでいました。この頃は資金調達の調整もしながら、それが難しい場合は、会社をどう畳んでいくか、というような様々な方向性を考えながら動いていました」
会社がクローズするかもしれない。そんな状況下、田口さんは、資金調達の現場に同行することもあった。「これで獲得できなかったら難しい…」というシーンにも、当然居合わせた。
「2020年にVALUが生き残っているかどうかを決める瀬戸際の交渉だったので、自分たちの価値がしっかり伝わるような提案資料をつくりました。同時に、バイアウトの候補先の洗い出しもしていました。
資料一つ、交渉の仕方一つで、どれくらいの評価が得られてどのような値がつくのか変わってくる。それに、交渉先の多くは、細かい数字よりも経営者のやる気など、“人を見ている”ということもわかった。こういった企業間のM&Aの交渉は、やっぱり政策を作っているだけの立場だとわからないので、現場の温度感、肌感覚が知れたのは、いい経験になりました」
「規制」のあるべき姿を考える
このように緊迫した状況にありながらも、田口さんが怯むことなく、取り組めていたのは、どんな時でもポジティブに突き進んでいく、VALU創業者の小川さんによる影響が大きい。
「いや、やっぱり小川さんは、すごかったです。少なくとも自分が経営者の立場で、こういう局面に追い込まれたら、本当にしんどいなって。でも小川さんは徹底的に起業家で、弱音を吐くこともなく、会社の存続が危うくなっていく過程でも、常に次の可能性やビジネスを探し続けている。発想の仕方もぶっとんでいるし、自分が信じたことは曲げない信念を持っている。そういう意志の強さは本当にすごい。よくメンタル壊さないなって思っていました(笑)」
タフな経営者だからこそ、まだない新たなサービスに挑戦することができる。結果的に、今回はクローズする道を歩むこととなったが、きっとこれからの挑戦の過程に過ぎない。田口さんもそれを心底理解した。だからこそ、会社のクローズ業務にも前向きに関われた。
「良くも悪くも、最後の部分が一番貢献できたんじゃないかなと思います。クローズしていくにあたり、どういうやり方で進めていくのがベターか戦略を練っていました。特に、ユーザーからお預かりしているビットコインをサービス終了に伴って返金するという、ほぼ前例がないようなことをやる必要もあったので、どういう方法を取ればユーザーへの周知を徹底でき、かつ法令上のリスクを最小限にできるか考え、関係各所と調整しました。役所での業務と近かったこともあって、力を発揮できたと思います」
VALU代表の小川さんと(左)と、田口さん(右)
そして、スタートアップの立場で、法や規制に関わったからこその気づきもあった。現状に対して課題も見えてきた。
同時に、自分がそこに対してアプローチできることもある、と知った。
「今回改めて、スタートアップ側と役所側での距離を感じました。お互いが別の言語で話している嫌いがまだまだありますよね。スタートアップからすれば、行政が行う政策決定や規制に対して不満を持つことは多いかもしれませんが、そうした施策の裏側には複雑な背景や理由があるはずなんです。それを理解しないまま不満だけを言っても、なかなか議論は進展しません。役所側も、積極的にスタートアップとの人的ネットワークを構築していく必要があると思います。いわゆるメガベンチャーとは仕事上の付き合いも多いですが、まだ創業数年しか経っていない、いままさにIPOに向けてもがいているような企業とつながりをもつことで、スタートアップの最前線で起きている課題を把握することが重要かなと。
少し風呂敷を広げてみると、公共を誰が担うのか、という問に行き着くと思っています。役所は政策を通して、スタートアップや新たなビジネスモデルや技術革新を通して、公共の課題解決を図っていると思うんです。つまるところ、手段は異なっても目的は同じなのであれば、お互いの距離はもっと埋められるのではないかと思いました」
新たな挑戦はまだ始まったばかり
会社の分岐点に身を置き、サービスの最後を見届けた田口さん。
一見、珍しい経験のように思えるが、事業再生や会社整理は、日々、至るところで起きている。ただし、中小企業金融政策に関わる立場にありながら、自ら事業者サイドに身を置いて経験したということは、間違いなく、稀有。
「改めて、お金を稼ぐことは難しいとわかりました。いま私は、中小企業庁の金融課というところで、中小企業の資金繰りを支援させていただく仕事をしています。コロナ禍では日本公庫や民間金融機関を活用した実質無利子融資を実行し、全国100万社以上の中小企業に利用いただいていますが、難しいのはこれからのウィズコロナ時代に、どうやって中小企業がキャッシュフローを回復していくのかという点です。その難しさは身に染みてわかりました」
自らの経験を以って向き合えることは、強さにもつながる。
今の仕事にやりがいを持って取り組めている一方、危機感も感じている。
「コロナ禍における中小企業の金融施策に携われることはやりがいがありますし、今やっていることは、絶対に必要な政策です。ただし、いまはフェーズとしては中小企業の「止血」をしている段階ですが、どこかで根本的な「治療」をしていくフェーズに切り替えないといけない。あくまで融資なので、事業者さんにとっても返済義務があるわけです。だから、問題はまだまだ始まったばかり。これからです。ただ、経産省に入った頃からやりたかったことでもあるので、いろんなナレッジをためて、向き合っていきたい」
“やりたかったこと”。そう話す背景には、田口さんがもともと経産省に入ったきっかけにある。田口さんは10代の頃、家族が経営する会社の倒産を経験している。この原体験がきっかけで、経産省に入省した。金融政策に携わり、中小企業をサポートすることは、田口さんの原点でもあった。
そんな田口さんが新たに挑戦したいこと。それはもう、ハッキリと決まっている。
「先行き不透明の時代の中、これだけ多くの企業が一度にお金を借りているという、異例な状況。中小企業にとってはもちろん、日本経済の分岐点でもあります。この数年でどういった政策を行うかが、将来の経済に大きく影響してくる。数年後に振り返ったとき、コロナを契機に日本の中小企業が強くなったと思えるよう、政策面から後押ししていきたいです」
企業倒産という原体験から、経産省に入り。とある企業の挑戦と終わりを見届け。そして今、日本経済を支える中小企業の金融支援に、日々邁進している田口さん。
———きっと、田口さんの今の挑戦は、多くの企業の挑戦につながっていくことだろう。企業がニューノーマルな社会で新たな挑戦しているその裏に、ひとりの思いと挑戦があることを、ここに記しておきたい。
Fin
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【レンタル移籍とは?】
大手企業の社員が、一定期間ベンチャー企業で事業開発などの取り組みを行う、株式会社ローンディールが提供するプログラム。ベンチャー企業の現場で新しい価値を創りだす実践的な経験を通じて、イノベーションを起こせる人材・組織に変革を起こせる次世代リーダーを育成することを目的に行われている。2015年のサービス開始以降、計41社115名のレンタル移籍が行なわれている(※2020年10月1日実績)。→詳しくはこちら
協力:経済産業省、株式会社VALU
ストーリーテラー:小林こず恵
Photo:宮本七生
提供:株式会社ローンディール
https://loandeal.jp/